破城するは太槌(だいつい)(1)


 塹壕基地内、作戦指揮本部。

 矢引は室内前方の大モニターを注視する。

 ガラティアンが窮地を切り抜け、巨大な白棍を振り回す姿が写っていた。


(全く、春華め……何がプランBか)


 ようやく肩から力を抜けた。軽く開いた両手を体側に下ろし、僅かに前へ乗り出していた重心を戻す。

 そこへ、松林からの報告が耳に届く。


「ガラティアン、敵を更に漸滅中。装甲の状態も安全域まで回復しました。ふう、一時はどうなるかと……」


 片手をコンソールから久しぶりに離して額をぬぐう松林の声は、安堵を含んでいた。

 そして、大モニターが映す戦況図へ目を向ける。


「塹壕基地からの攻撃は牽制に注力して、足を止めた敵にガラティアンが側面から白兵戦による突撃をかける。これが、プランBなのですね……!」

「そんなものはない」


 思わず返答の声がぶっきらぼうになった。松林が目を剥いて振り向いてくる。


「あの状況では事前策定戦術も何もあるものか」

「で、では、特務軍曹からの伝令は一体……」

「存在しないプランB。ようするに、明日あけびのアドリブだ。ガラティアンは独断で動くので、作戦本部がそれに合わせる形をとるという意味だ」


 こめかみに皺が寄るのを感じる。

 このガラティアン運用方法は、最悪の事態に備え、指揮官の自分と整備担当の左竹、そしてパイロットである春華の三人の間で話し合って決めていたことであった。

 それは戦術教義ドクトリンと呼ぶにはおこがましい、共有意思程度のものである。


「つまり、少佐たちと特務軍曹は、何の打ち合わせもなく、先ほどまでの連携をこなしていたということなのですか……」

「長い付き合いだ。やらかしそうなことくらい、分かる」


 松林が頬を引きつらせて何かを言いたげにしていたが、今はそんな場合でもない。眉が詰まった顔で視線を向けると、慌ててコンソールへと向き直った。


「戦場のジャミング状態はどうなっている」

「物理ジャミング浮浪体はほぼ消滅しました。しかし、大気中に残存してるものや、敵車両が散発的に放射する分によって、センシング不良は完全には回復していません。また、敵は現在、電波ジャミングなどの通常ジャミング装置も使用しています」

「こちらの捕捉能力は落ちたままか。飽和殲滅攻撃の準備はどうか」

「各火器は発射準備を完了しています。あとはセンサーさえ回復すれば、即時実行可能です」

「残り時間はどれだけだ」

「予測によれば照準可能まであと――900秒です」


 春華の行動を許可したのは通信の不通だけが理由ではない。敵軍を一挙に殲滅する飽和攻撃の準備の時間稼ぎでもあったのだ。

 ジャミング浮浪体が戦場から吹き飛んでも大火力の投射を抑えていた理由は、大型火器の一斉掃射の準備に万全を期するためだった。

 装甲にダメージを受けたガラティアンに白兵戦をさせるリスクはあったが、確実に敵を潰せる攻撃を仕掛けるべきだと判断したのである。


 なぜならば、

(この敵指揮官は、何をしてくるか分からない)


 優秀だ。

 そして人の上に立つ者の優秀の形とは、人の数だけある。この敵指揮官が持つ有能さとは、臨機応変、迅速果断、そして配下の指揮を保ち続ける人望だと言えるだろう。

 また、このカリスマは暴君のそれではない。先陣に立ち兵たちを鼓舞する勇将のものだ。

 故に、防御のだけ徹する消極的なやり方はなるべく避けるべきである。士気の高さによる想定以上の猛攻や思わぬ奇策を受ける可能性が捨てきれないからだ。

 そして、その相手に対するために必要なことは、注意深く観察することである。

 眉間を指でほぐす。

 余分な緊張を抜きながら、松林へと声を掛けた。


「例の反応は検知したか」

「いえ……まだありません」

「ジャミング物質で物理的に遮られない限り、いずれかの反応はあるはずだ。戦術AIに任せきりにせず、直感の類も含めて検討せよと解析班へ伝達しろ」

「……了解です」


 思考する。

 敵の作戦行動には大きな疑問があった。一見するとガラティアンの撃破が目標のように見えて、その実は塹壕基地の攻略が真であることは間違いない。

 しかし、敵部隊にはそれを可能とする装備の類が、ここに至っても確認できていない。


(だが、予測は出来る)


 これまでの敵国が日本へ行った攻撃、各戦闘記録で見られた行動と装備、敵方の戦術AIの情報処理傾向。そして、これが最も基本的なことだが、少数精鋭で大規模な拠点を破壊可能な装備は現代科学でも非常に限られている。


(こちらにとって最も有ってほしくない事態とはつまり、敵が最も行う可能性が高い行動だ。相手の最大の弱点を最大威力で攻めることこそが、最高効率の作戦行動なのだからな)


 作戦本部室の大モニターを睨む。

 外部映像ウインドウにはガラティアンが敵車両へ白棍はくこんをめり込ませる様子が映されていた。


「ガラティアン、敵部隊Gの戦闘車両を全て撃破しました。次はおそらく隣の敵部隊Fへ――」

「いや、こちらの飽和攻撃のタイミングは想像できているはずだ。大きく移動はせず、周辺の残敵へ攻撃を向ける」

「――ガラティアン、防御車両や施設車両へ攻撃を開始。本当に以心伝心なんですね……」


 そんなものをあてにするなど指揮官にあるまじき行為だが、現状であればそれが最適であった。

 しかし、それも飽和攻撃の準備が完了するまでのごく短時間だからこそ飲み込んでいるのだ。春華にはあとで説教を受けてもらうことになるだろう。

 モニター上ではガラティアンが再び敵の車両へと近づき武器を構えている。これまでも幾度となく見てきた光景であり、その後の敵の姿もはっきりと目に浮かんで――


「松林、敵車両を解析しろ」

「はい? 了解しました。しかし、あれはもう数秒後には――」

「急げ!」

「はいぃ!?」


 大声に驚いて返事をした松林が背筋を立てて手を動かす。

 その間も自分はずっと敵の車両を見ていた。


(形状は奇妙。砲身のように飛び出した部分がなく、観測器やスモーク発射管の類も内臓化。全体的に亀のような丸いシルエットで、見た目から役割が判断しにくい。これは……)


 ガラティアンが振った棍が敵を真っ二つに押し割る。

 瞬間、大モニターが真っ赤に明滅した。


「せ、戦術AIから特級警告!」


 何人ものオペレーターがこちらに驚愕した視線を向けて来た。松林が緊張で喉を鳴らした後、告げる。


「放射性物質の反応を検知。敵は核武装を搭載の可能性あり!」



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