破城するは太槌(だいつい)(2)


「やはりな」


 作戦本部がにわかにざわつく。彼らオペレーターは開戦当時の記憶が朧げな若い世代が多いとはいえ、開戦緒撃の核飽和攻撃による悲愴の疵は植え付けられている。


 敵国のおぞましい軽率さ、傲慢、無思慮。そして戦略AIが出した最高効率の戦略的対国家軍事打撃。これらが合わさって生まれた無差別攻撃による死傷者は、一晩の量としては人類史において空前絶後となっている。その数は、当時の日本人口の1%に達した。

 その阿鼻叫喚の絵図の内にいた彼らにとっても、今や核兵器とは小型の戦術核兵器であってもその場に在ると知っただけで身が固まってしまうものである。


(だが、もはや貴様らはただ怯えるだけの存在ではいられない)


 軍服の袖を鳴らして腕を振る。

 元々緩んでもいない軍服の襟を締めなおし、各部のワッペンに触れて、袖廻りの皺を正した。

 そして、動揺してこちらを向くオペレーターたちへ強い視線を返す。

 彼らが正気を取り戻すにはそれで充分であった。

 松林が頬を両手でビンタして、前へ直る。他の者たちも深呼吸や、背筋を伸ばしたりして自身の役割をこなす体制へ戻っていった。


(そうだ。その服に手を通した時点でお前たちはもう理不尽に怯える者ではない。戦って、立ち向かう人間なのだ)


 気を張りなおした若人たちへ、内心の賞賛をおくびを見せずに指示を告げる。


「放射能反応が即、核兵器ということもない。汚染化学兵器か、あるいはダミーの可能性もある。先ずは詳細を分析せよ。だが念のために全基地へ深層三階への退避を準備させろ。特に収容したばかりの戦車訓練隊はいまだ入出準備構内で応急手当て中だが、これを落ち着いて急がせろ」


 幾人かのオペレーターが素早く端末の操作と通信を始める。


「火砲による攻撃は汚染拡大の可能性を考慮し、放射線を検知した車両と同型の敵への直接照準を禁止。放射線の影響を受けないガラティアンに攻撃を続行させる。整備部隊へは帰還時の対化学汚染プロトコルを指示。――これらを追加した上で、敵部隊を牽制しつつ飽和攻撃の準備を継続せよ」


 言い切ると同時に全オペレーターは行動を始め、こちらの状況は再開された。

 それを背後から見つつ、自分も腕を組みなおして軍靴を履いた足をしっかりと床に踏む。


「松林、飽和攻撃までの残り時間は何秒だ」

「飽和攻撃発射まで……残り300秒です」


 力みつつも怯えはない声だった。


「把握した」


 返答しつつ、右鎖骨の位置に着けた武骨な無線機のスイッチを押す。

 右手で覆った口元を近づけて問いかけた。


「左竹、貴様の所感で答えろ。敵が最大数6発の戦術核を使用した場合、我が方にどの程度の損害が出る」

『新型の10キロトン級が地上で炸裂したとして――表層の2メートルまでが蒸発から融解。衝撃による影響が表層一階に中程度及ぶだろう』


 それはただの強化コンクリートで作られた要塞であれば、あまりにも軽度だ。


 その理由は、

『塹壕基地の建材は特異物性を付与された半固体流体だ。変動固有振動によるエネルギー非伝導と自己崩壊変性時の遮断効果は絶大だ』


 固く、同時に柔らかい。矛盾を実現したこの素材は、ガラティアンの装甲である特異質セラミックと同様の、標準物理を半歩はみ出した特異性物質だ。

 重力変動の絶えない大断裂内部に短期間で巨大要塞を建造できた要諦は、まさにこの特殊建材にこそある。


『耐熱核兵器性能に関してはむしろ強靭にできている。威力が戦略級であっても大して損害は変わらないよ』


 迷いのない声だ。


『こちらが把握していない新技術などを用いていたとしても、予測される核反応物質の量では結局、表層部を突き破るための総エネルギーには足りない。深層部まで影響が出ることはまずありえないだろう』

「――了解した。作業に戻れ」


 通信機から手を離す。

 戦術AIでも計算可能なことを、この基地で最も工学の知見に富んだ左竹へ訪ねたことにはもちろん理由があった。


(戦術核を持ち出したところで、塹壕基地の特殊建材は破壊しきれない。それは奴ら自身の方がより詳細な計算結果を持つところであろう)


 だとするならば、

(表層部の隔壁を突破して確実に内部へ侵入する手段を持っている。あるいは、防御閉鎖した表層部ごと貫いて深層部にダメージを与えるなんらかの方法を隠している)


 可能性が高いのは前者だ。ガラティアンを排除し、物理ジャミングに紛れて基地に接近しようとした今までの戦闘と符合している。

 そしてこの場合、問題となるのは相手が隔壁を破壊する手段だが――

 再びごつごつとした武骨な通信機を、今度は肩から外して右手に持つ。

 そして、側面部からイヤホン状のパーツを引き出す。本体とつながれたコードが古い掃除機の電気線のように伸ばされた。

 脳波伝導入出力装置だ。

 それを耳に嵌めて声を出すことなく通信を送る。


『督戦隊、青柳。応答せよ』

『こちら青柳……どうぞ』


 返答の声は同様に音波となることなく伝わってきた。

 それはどこまでも無表情な男の声であった。

 まるで一度描いたキャンバスを塗りつぶして、白々しく最初から何もありませんでしたよと、そんな風に強いて示しているような感じだ。

 最近よく聞く声を確認し、自分と同じく基地内部で任務中の相手へと問う。


『そちらの状況はどうか』

『マルタイの動きに変化は見られず。マルタイは依然……滞りなく

『貴様の目を以てして異変は見えず、ということだな?』

『肯定です。何か懸念がありますか』

『……いや、問題ない。命令を続行せよ』


 通信話ボタンを押し込む指を離そうとした寸前だった。

『少佐様。もしも……懸念があるのでしたら』


 平坦な声が止める。


『既に幾度も愚申したことですが……今すぐ皆殺しにした方が賢明かと』


 やはり何の感情もない台詞であった。

 内心苦笑しつつ応じる。


『マルタイの動きは全て判明している。外の敵とも連絡は取っていない。ならば、マルタイが結集して行動を起こした瞬間に一網打尽にする方がむしろリスクは低い。そして貴様ならばそれが可能だ』


 理由はそれだけではない。


『そもそも督戦隊は基地司令部直轄の独立部隊だ。上層部の立場を損ねるような派手を、たかが代理指揮官ごときの俺が独断命令でやらせていること自体が本来はありえないことだ』

『我らの方から望んだことです。見えもしない相手に従うのはもう……二度と許せないので』

『ありがたいことだが、その意気を発するのはこちらの指示ある時にしろ。それまでは、あまりにも優秀でいてくれるな――バレる』

『……肯定』


 軽く横道に話がそれて、今度こそ通信を切る。

 基地内部を監視している督戦隊との報告を合わせて再び思考する。

 やはり敵の狙いは内部へ突入し爆弾を起動させることである可能性が強い。


 だがそれは敵にとってみれば、

(捨て身だ。そうしなければ我々に起爆を止められる。やるなら自爆以外にない)


 ――だが……この敵指揮官は、そんな人物であろうか。


 この大要塞に少数でかかる勇気と、部下の被害を最小限に抑える戦術や人望を持ちながら、最後には結局何もかも台無しにして、支配者に手柄を奪われる。

 そのような、自暴自棄で人命を無駄にするような人物像は、戦場を通して見えてくる性格と合致しなかった。


(何かが誤魔化されている。隠されている)


 そう予測しながらも、確証は得られない。

 そして、それを確かめる暇もなく戦場は動き続ているのである。


「ジャミング強度の閾値下回りを確認。各種センサー、必要性能を確保。少佐、飽和攻撃準備完了しました!」

「特務少尉からガラティアンへ伝令を送らせろ。返答は確認しなくていい」


 量子通信であれば攻撃タイミングを敵に傍受されることは絶対にない。


「全基地へ通達。30秒後に飽和攻撃を実施」


 敵に隠し札があるとしても、それが防性のものでなければ、先に殲滅攻撃を放って潰すのが正道だ。

 壊滅させてしまえば想定内、想定外にかかわらず攻撃を受けることは最早なくなるのだから。

 松林が命令を各部へ一斉に伝達する様子を見ながら、指揮台に手をつき、両手足で体を固定して衝撃に備える。


「飽和攻撃開始まで、あと10秒」

「作戦本部総員、衝撃備え」


 オペレーターたちが手を止め、自分と同様に、コンソールや椅子をしっかりと掴む。

 松林がカウントダウンを進める。


「5秒、4、3」


 言葉は食いしばりで止まり、代わりに三本の指が立てられた。

 カウントはシステム音声に渡る。


 ≪:飽和攻撃まであと 3秒 です≫


 そして直ぐに一本の指が折られる。

 残り二本の指は、正確な秒数で閉じられた。


 ≪:飽和攻撃発射≫


 しかし、そのシステム音声は、誰も聞き取ることが出来なかった。

 基地からの攻撃音のせい、ではなかった。

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