機滅するは剛力(11)

まさにその時であった。


『ぐあっ、なんだ一体!?』


 無数の黒いコンテナが周囲一帯に降り注ぐ。直撃したいくつかの車両は凹んで搭乗者は衝撃を受けた。

 射撃体勢を崩された第七班の兵士はそれを見る。

 単純な直方体から棺のような変わったものまで無数に地面へ刺さった黒鉄は、大雑把に捉えるとどれも底の面積に対して縦が長い。

 彼らはそれをこの戦闘で一度見ている。


『まさか……』


 黒いコンテナたちのロックが解除される音が一斉に鳴った。そして二つに割れて収容物をさらす。

 現れたのは白磁色に光を染み込ませる、工芸品のように洗練された機能美の形。

 ガラティアンの武装である。

 巨人が無眼の顔を上げる。

 そして、最も近い地面へ立っている装備へと走り出した。


『くそ、撃てえ!』


 黒鉄と白い武器に照準を遮られた戦車が、後退して位置を変えながらそのまま砲撃する。

 弾は着弾した。

 しかし、その場所は巨人の体ではなく、すんでに持たれた武装であった。

 それは幅広の長剣で、看板でも持つように両端を掴み、側面が盾のように向けられていた。

 ガラティアンは一撃をしのいだ。

 そして、武器を手に戦車へ向かって走り出す。


『飛んで火に入るだ!』


 戦車兵はひるむことなく僚車と連携し、交互に砲撃する。

 装甲に蓄積したエネルギーが機能へ障害を及ぼしているのか、真っ赤に赤熱する巨人は、衝撃に足元がわずかに揺らいだ。

 二撃目。

 三撃目。

 そこで白い武器を構える手元が弾かれた。完全に手放したわけではなく片手に握ったままではいるが、正面位置からはずれて巨人本体正面を再び戦車の照準にさらしている。


「これで……!」


 声が響いたのは主力戦車の窮屈な操縦席だった。

 兵士は照準に巨人を捉える。そして、発射ボタンを押そうとした。


 だが、

「ぐあっ!?」

 轟音と衝撃が車体を揺らした。


 モニターの照準ウィンドウが激しくぶれて巨人を見失う。

 戦車兵はぶつけた頭を手で押さえながら、味方からの通信を聞いた。


『砲撃だ! 塹壕基地!』


 それは、戦車の前側で防御に当たっていた防盾車からであった。


『防いだが押されてそっちにぶつかった!』


 状況を把握した戦車兵は、一度かぶりを振って意識を張り直し、再びモニタをにらむ。


「ぬう、巨人はどこへいった」


 照準器の視界を見るウインドウは、レティクルだけを残して物を捉えていない。

 そのウインドウを右へスワイプしてどかす。

 ズームアップしていた視野の倍率を戻せば、その姿はすぐに再発見できた。


「走ってくる!?」


 巨体が地響きを鳴らしながらこちらへ向かって疾走していた。

 それは、槍を振り回していた時の非常識な速度ではないが、一般的な戦車と同程度ではある。足取りもしっかりとしていて無理に動いている様子でもない。


 ――このままでは肉薄される


 額から汗が伝うのを感じながら、兵士は再び砲塔を巨人へ回す。


「あと一発。それで終わりなんだ」


 照準ウィンドウが再度表示され、レティクルが白い巨体を収めた。

 砲撃。

 しかし、それは巨大な剣に防がれる。右手で柄を握り、左手に刀身を持った構えは野球のバントに似ていた。

 砲弾の入射角に対して角度をつけた刀身は、被弾経始と同じ効果をもたらし、巨人が前進する勢いを減じさせない。

 すかさず僚車が二撃目を発射するが、同様に受け流されている。

 轟音を立てて地面を揺らす足音はますます早くなってきていた。


「なぜ運動性能が回復している。蓄積したダメージはどうしたというのだ」


 疑問を吐いた戦車兵はその答えをすぐに見つけた。


「巨人の武器が、赤色に?」


 当初、特異質セラミックの独特な白色をさらしていた大剣は、今見ると薄紅色に変化していた。逆に、装甲を染めていた赤色は弱まっている。

 蓄積されていたエネルギーが減少しているということだ。

 それから推測されることは、


「まさか、武器に熱を移して本体を冷却しているのか……?!」


 その予想は正解であった。

 ガラティアンが手に持った大剣は、攻撃能力を犠牲にして特殊な機能を付与されていたのである。それは、鋼を裂くには向かない特異質セラミックをあえて部材とすることで、ガラティアンの装甲に蓄積したエネルギーを吸収することができる物であったのだ。

 そして、その恩恵によってガラティアンは今、機能を回復しつつあるのである。


「うう、せ、迫ってくる……!」


 砲撃は続けている。

 しかし、巨人の走りは防御の衝撃にぶれることもなく速度を上げてこちらへ向かっていた。

 暑苦しい車内の空気の中で、冷たい汗が背筋を伝う。


『怯むな。見ろ、限界が来ているぞ』

「武器が真っ赤に……これは」


 僚車の通信を聞きながら見た巨大な剣は、巨人の表面と入れ替わるように赤みを強くしていた。

 もし、巨人の白い特殊な装甲と同素材であるのなら、エネルギー蓄積の限界を超えれば崩壊するということだ。

 戦車兵は無心になって必死に砲撃を繰り返した。僚車との交互の射撃で間隙を置かない着弾は白い武器をますます赤熱させていく。

 とどまらない連射。

 そしてついにその瞬間が来た。


「武器が……!」


 砲撃を受けた白剣がカッと光った。そして、灰燼となって霧散する。

 照準ウインドウの中に残るのは無手の巨人のみとなった。


「終われ巨人……!」


 止めの攻撃を放つ。

 戦車兵は砲弾を浴びて武器と同様に崩壊する巨人を見る、はずであった。


 しかし、

「消え……?!」

 照準が巨影を失う。


『上を!』


 全周モニターの上方を見ると、それほど高くもなく巨人がいて、なおかつこちらへ向かってきている。

 走り幅跳びのように跳んだのだ。


「だがそれは愚行だったぞ!」


 戦車兵は口角を上げて、勝利を確信する。

 空中に飛び上がればもはや運動を変化させることは出来ない。完全な的だ。


 対するガラティアンは高い視界から下を見た。

 地面には複数の戦闘車両がいる。

 対空車両が一斉に全門をこちらへ向け、主力戦車も最大まで仰角を取って砲身を会わせていた。

 一斉射が来た。

 無数の砲弾が一挙に押し寄せる。

 だが、それらが着弾する直前、その間に飛び込むものがった。

 砲撃の波濤が弾かれ、大花火のように膨大な雷花が迸しった。攻撃は防がれてガラティアンを守る。

 それは白い武器であった。

 塹壕基地から支援射出された、新しい武装だ。

 その姿は剣というにはあまりに広く、太く、先端は平坦であった。

 棍だ。

 純粋に重量で敵を叩き潰す、素材の先端性に反するような原始的暴力器具である。

 ガラティアンは打ち出し渡された武器を手に掴む。

 棍棒の柄を握り、頭上へと掲げた。

 そして、跳躍の機動は頂点を過ぎて落下へ向かっていく。その先にいるのは、敵戦車だ。

 未だこちらへ砲身を向けたたまま動かない相手へ、瞬く間に近づいていく。

 刹那、白の巨体と黒鉄の車両は至近となった。

 ガラティアンが大上段から大剣を振り下ろす。だが、敵に向けたのは細い打面ではなく幅広の側部であった。

 ガラティアンの巨重と落下速度を乗せた特大の棍が、音を置き去りにして剛腕で叩き付けられる。

 壊音。

 多量の潰滅は同時に聞こえるほど寸瞬。

 戦車が、ぺしゃんこに潰れた。

 棍棒の平面と地面の間、50センチメートルの隙間から、炎と黒煙が立ち上った。


 それを見ていた者がいる。

 第七班の隊長だ。

 管制車両のハッチから目線を出して覗き、眼球を固まらせている。


『き、来た、巨人が来た!』『撃て、いや逃げろ』『ダメだ、近くて』『―…、ギ、オ゛――』『またやられたぞ!?』『隊長、指示を! 隊長、隊長おー!』


 部下たちの錯乱した声が無線を埋め尽くしている。

 巨人は走りもせず、悠然と歩いて僚車たちを潰して回っていく。

 隊長はその光景を呆然と見ているだけの案山子であった。第七班の末路は見る者に明らかだった。

 しかし、そこへ光明が差す。


『第七班へ。対空車両全車と防盾車半数を無人制御へ移行、牽制行動を実施。巨人を留めろ。他は全速で離脱し第五班と合流せよ』


 影狼だ。


「りょ、了解しました。しかし……」


 しかしである。


「『アレ』を破壊することなど、本当に可能なのですか……」


 その震え声は、成否の可能性を疑うというよりも、山を割り海を裂けるかというような、人知を超えた現象に挑もうとする人間への不信に傾いていた。


 その問いに対する答えは、

『是成り』

 ただ一言、断言によって肯定を示した。


『だがそれは第一目標ではない。本作戦の目的はあくまで塹壕基地の無力化にある。そのために今、貴様が成すべき行動は、ただちに撤退し部隊再編に従うことである。断じて巨人と交戦することではない』


 影狼の声が頭に圧し掛かる。言外に独断行動で兵を喪失させたことを咎めていた。


『特務部隊はあと12分で予定地点へ到着する。なんとしてでも堪えろ』


 塹壕基地からの攻撃は続き、白い巨人が仲間の車両を叩き潰している。第七班の隊長にはここからの勝ち筋は想像もできない。

 だが、影狼は断言する。


『特務部隊の合図と同時に作戦をフェーズ4へ進める。そうなれば――我らの勝利だ』



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