機滅するは剛力(10)
車両の外では、発泡体の中でガラティアンがもがいている。
その周囲では戦場を包み隠していたジャミング浮浪体がいよいよ晴れようとしていた。南側へ視線を向ければ、そこにはぼんやりと別部隊の影が現れ来ている。
第九班の南側、一つとなりに布陣していた第七班の姿である。
その構成内容は第九班とほぼ同様だ。
ただ一点を除いて。
銀の薄霧の向こうには、明らかに他とは違う一台が存在していた。徐々に姿を露わにしていくその姿は、通常の主力戦車を、全長を二倍にして二段重ねたような異形。
レーザー攻撃車両である。
砲塔部である車両上側の三分の二には直径二メートルの黒々とした砲口があり、ガラティアンへ指向されている。
この一台だけではない。他のレーザー攻撃車両も動きを止めた目標を完全にロックオンしているはずだ。
(ああ、素晴らしい……)
部隊長の感嘆が思考にこぼれる。
影狼のカリスマは闇の中にあった隷従民兵士たちを力強く導き一つに纏め、高度な戦術はとうとうガラティアンを追い詰めたのだ。
それは戦場で輝く魂が兵士の心を照らすことで引き寄せた劇的な成果である。
ようやく掴んだこの絶好の機会に、第九班の部隊長から合図を受けた影狼は、
『お前、何故脱出していない』
静かに、だが強く叱責を返した。
当然だ。
今、レーザー砲の斉射を放てば確実に味方車両と搭乗者を巻き込む。
『構いません、攻撃してください』
『駄目だ。早く逃げろ』
『構わんと言っているだろうが!!』
大罵声に影狼は沈黙で理由を問う。
『……もういいのです。一族は全て統制民の苛政に殺された。勝敗がどうあれ残るものはもう何もない。ならばせめて、せめて敵も道連れだ。巨人も、塹壕基地も、日本国の残骸も同じ目に合わせてやる』
声はノイズと聞き訳が付かないほど弱々しかった。しかし、もはやそれ以外の選択などないことを明白に訴えていた。
『影狼総隊長、貴方の一族の決め事は想像できる。味方を殺せないというのだろう』
『……お前には関係のないことだぞ』
『しかし、私を必ず生かさねばならない理由にもならない』
返事はなかった。
『現代戦で信念を曲げずにいられることはない。既に幾度も経験したことだろう。生きるためには歪めてはならないものを歪めるしかない。だから―――撃て』
『…………』
『撃って、敵を殺せ! この戦争を終わらせろよお!!』
管制車の内部、第九班隊長は鼻汁で顔面を汚し喉を裂きながら叫ぶ。
ほんの一瞬の時が置かれた。
そして、再び言葉がくる。
『―――第九班隊長、その場を死守せよ。総隊長命令だ』
「第九班、了解……」
通信が切れる。
管制車の車内から声が消えた。
座席にもたれかかった第九班の隊長は、指先を震わせながら安堵の息を吐いた。そして目の前のパネルを見る。30という数字が表れた。
直後に29へと減る。
レーザー攻撃車両群による統制射撃のカウントだ。
ガラティアンは未だに拘束から抜け出せていない。
影狼が持つ天性の才と力は、不可能に等しい戦術ですら現実のものに出来てしまう。
だがそれをもってしても、地獄の戦場という無慈悲な現実は犠牲を生み出させる。
(しかし、最早それでいい。所詮、我らは既に人の権利を奪われているのだ。理想の
想いを終え、再び巨人へ向く。
―――ざまあ見ろ
そう言おうとして、
「……何をしている?」
別の言葉が思わずこぼれた。
赤外線カメラが捉える巨影が、こちらへ近づき手を伸ばしてきたのだ。
自ら発泡体の中へ身を沈めているということである。ゆっくりとであれば動けないことはないが、拘束体の内部に自ら入る理由はなんだ。
思う間に巨影は近づいてくる。
「うっ……」
既に覚悟を決めた身にも関わらず、その姿に圧迫される。
そして、車両に振動が来た。
「こ、これは……車体を掴まれた、のか」
形だけの巨人はこちらを包むように両手を伸ばしている。その頭部は仔細が見えないのにこちらを見下ろしている気がした。
次の瞬間、車内全体がぐらぐらと揺れた。部隊長は慌ててバーを掴み体を固定する。金属の金切り声が響き、どこかでボルトが断裂する高い音が幾度か鳴り、固定が外れた部品が騒がしく音を立てる。
何が起きているのか、理解できないままモニタを見ると、巨人の頭部がこちらを見下ろす位置から少し高さが近づいていることに気づいた。
「まさ……か。持ち上げ―――」
そんなはずはないと、そう思いたいという考えが巡る。しかし、それを否定するように通信感度を示す表示が色を消した。故障ではない。ネットワークから切り離されたのだ。
車体が、地面から浮き上がっている。
「この車体は……42トンだぞ……」
呆然と呟く最中にも、車内へは揺れが伝わってくる。そして、部隊長は車両の姿勢が水平から前へ傾いたことを、座席からずり落ちそうになることで感じ取った。慌てて右足を目の前のモニタに踏ん張り体を固定する。
モニタに映ったカウントダウンは残り10秒だ。
ずりずりと、何かが地面と強くこすれながら動く振動を手足から感じる。
巨人が摺り足で、機甲車両を持ち上げたままゆっくりと動き続けているのだ。
部隊長はその目的を悟る。
そして、カウントダウンのみへ意識が狭窄した。
自分の荒い吐息と冷たい汗の感覚が遠のいていく。
―――あと5秒
視野が黒く狭まり、筒から除くようにカウントダウンの数字だけしか見えなくなる。
―――あと3秒
異常に早い心臓の音だけがはっきりと聞こえ、うるさい。
―――あと1秒
瞬間、車内に強烈な慣性がかかった。部隊長の肉体はゴムまりのように跳ね回る。全身の骨が折れる音と激痛を他人事のように感じながらも、モニタから目が外れることはなかった。
そこには巨人の全身像が写っていた。両手には何も持っていない。そして、全身が見えているということは彼我の距離が離れたということである。
つまり、拘束を力ずくで押しのけてこの車両を放り投げたということであった。
その方向は、巨人へ向いたレーザーの射線だ。
「この……化けも――」
――0秒。発射
紫光が戦場を貫いた。
10本のそれは南から北へ狙い違わず走る。
ただ一点、ガラティアンへ向けて発射された。
だが、目標の直前で障害物へ当たる。ガラティアンによって投げ放たれた車両だ。
レーザーは42トンの金属の塊を瞬時に蒸発させ、ガラティアンへ命中した。
着弾は強烈な閃光となって数十キロメートルの戦場を煌々と差す。熱に焼かれ膨張した大気が破裂し、無音のレーザーに代わって落雷のごとき轟音を立てた。
光と音は一瞬で、かき乱された空気が逆巻いて暴威の余燼を漂わせる。
ジャミング浮浪体はとうとう消し飛ばされた。砂嵐が納まれば結果が見える。
重い砂塵は直ぐに降りていく。
南方向の隣接した部隊、第七班の観測車両がその様子を確認していた。
そして、レーザー砲斉射の着弾点には、
「……なんで生きてるんだよ!!」
五体満足のガラティアンが立っていた。
その表面に最早美しい白磁の輝きはなく、炉に入れられた鉄のように高温発光している。しかし、エネルギー飽和を起こして崩れた個所はなかった。
理由は単純だ。
本来であれば特異質セラミック装甲を破壊するに余りある威力であったレーザー砲斉射は、しかし障害物に遮られたことで、僅かながらも威力を減じさせられたのだ。
レーザーとはつまるところ収束させた光であり、何かに当たるとそれにエネルギーを奪われるだけでなく、コヒーレンスを乱れることによって大幅にエネルギーの伝導性を損失する。
画竜点睛の一撃は、その機会を作り出した部隊長が乗る車両を盾にされて防がれたのである。
「ちくしょう……!」
観測車両の中で、兵士が拳を鋼板に叩き付ける。
『まだだ!』
『奴はもう限界まで追いつめられている』
『通常砲弾の一発でも当たれば倒せるぞ』
『武器も盾もない。動きだって鈍いはずだ』
『第七班全員、迎撃態勢を取れ!』
無線に威勢の良い声があふれる。それに呼応するように第七班の戦車が砲塔をガラティアンへ向けた。
そして砲弾が放たれようとして、
『総員、防御陣形を取れ!』
影狼からの優先通信が有象無象の言葉を潰す。
直後、九個に減った機動攻撃部隊の全てへ多数の砲撃が叩き込まれた。
『――、ガッ――』
多連装大口径砲の直撃を浴びたいくつかの防盾車が独楽のように回転して吹き飛ぶ。
攻撃部隊は慌てて影狼の命令通りに防御を固める体制へ移った。
『しまった。塹壕基地の攻撃か!』
ジャミング浮浪体による視界不良とセンサー妨害はレーザー砲斉射の余波で吹き飛んでいた。であれば、攻撃が再開されることは当然である。
状況は再び初期に戻ったように見える。だが、決定的に違う部分があった。
塹壕基地の盾であり矛であったガラティアンは以前、赤熱したまま動かずにいる。
第七班の部隊長はその様子を見て、
『総隊長、今ならやれる! 巨人を攻撃するべきです』
『否だ。第七班は第九班の残存車両の収容を急げ』
『何故ですか!』
『直ぐにでも塹壕基地から飽和攻撃が来る。防御を固めなければ凌げん』
第七班の部隊長は内心で毒づいた。そして、自部隊に対してのみ通信を送る。
『攻撃用意。目標、巨人。この機会を逃す理はない!』
命令違反を強制する指示に対し、しかし第七班の戦車は従った。再び砲塔がガラティアンへと指向される。
『発射準備良し!』
砲弾が自動装填され、戦闘AIの警告を押し切って照準が定められる。
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