第2話 躍動するは巨影

 ゲートから出た頭部の光学ユニットが周囲の景色を捕らえる。南北に地面を割る大断裂を埋めるように、東西の幅100メートル、長さ1500メートルの大塹壕基地が存在する。東西に断裂した地表は地殻変動によって高低差が生じていた。7番ゲートは崖となっている西端側の地表にあり、東端よりも数十メートル高い位置で、基地とその手前、東方面に展開する敵軍を一望出来た。自分から見て前方5キロメートルに敵の攻撃戦車が横列陣で前進して来ていることが確認できる。基地側からの応戦もあるが攻撃は散発的で分散しており、足止めの効力を発揮できていない。

 右側から声が掛かった。兵装を配備する地上班だ。

明日あけび特務軍曹、こちらです」

 ガラティアンの視野は360度あり、更に基地の観測システムと管制室を通して連動しているので頭部を動かさずに全周を見ることが出来る。それは高機動戦闘で優位を得る為よりも重要な理由があった。

(基地にいる間はケーブルから供給を受けるからな)

 これは稼働電力に制約がない一方で下手に動くとケーブルを損傷する恐れがある為、障害の有無をパイロットが確認する際に必要なシステムであった。

 その視界に映るのは四十五口径120ミリ電磁投射砲だ。運搬車両に搭載された巨砲には後方の送電ハブからケーブルが接続されている。配備されていた位置はゲート横で砲撃位置につけば丁度手に取れる理想的な場所であった。

 地上班に首肯の動きで礼を贈る。彼らもまた敬礼で応じた。

「ご武運を!」

 そして指示通り速やかに退避。ゲートは開き切り既に機体は肩まで露出している。

『では、命令通り派手にやろうか』

 私は未だリフトアップ中の機体の態勢を一度深く沈め、一気に上へ解き放った。

 ガラティアンの巨体が轟音を立ててゲートから飛び発つ。

 空中に躍り出たのは全高5メートルの白い人型だ。その姿、全影は全身甲冑の騎士の様でいて、しかし白磁器に似た余分無き優美さを持っている。曲線と直線が複雑に組み合わされながらも違和感なく一体となって、精巧と簡潔の美を併せ持つ英姿を作り上げていた。

 表面の真白い特異質セラミックは光を拒むように強く反射せず、日をにじませてシルクや真珠の様に有機的な柔らかい光沢で輝く。

 跳躍の音を聞いた兵たちがその姿に目を奪われる。

 そして美しい巨躯のスケール故にゆっくりに見える降下を兵達が視線で追い、見た目の感覚にそぐわない着地の激震で我に返った。

 数十トンの重量が着地した衝撃は地面を下から突き上げ、飛び出す姿を見ていなかった者達にもその存在を知らしめる。

 ガラティアンは彼らの視線を集めながら跳ね上がった数トンの電磁砲を掴み上げ、大きく振るって右腰の兵装支持部に接続し腰だめに構えて見せた。

 照準。

 メーンカメラが映したものは敵戦車に追われながら仲間を二人引きずる味方兵だ。思わず苦笑する。助けるにしても一人で運搬する場合は救助対象も一人に留めざるをえない。それ以上を助けようとすれば逃げ切る前に全員が捕捉されてしまうからだ。しかし、兵の目は混乱で判断を曇らせたり感情で戦訓を破ってしまった物ではなく。

『意地と意思を貫徹せんとする良い眼だ……!』

 故に射撃した。


            §


 基地から兵装系の大容量二次コンデンサに蓄積された電力、その30%が一次コンデンサへと「装填」されケーブルを通じて一気に大電流を電磁砲芯へ流す。砲が強烈な衝撃波を生んで20キログラムの弾頭を秒速5キロで発射した。

 仲間を助けんとする兵の後ろに迫っていた敵戦車が木っ端微塵になった。

 巨人が続けてその右の敵を照準し、射撃する。再びの衝撃波と爆散。更に左に照準を向け射撃。三輌の敵戦車を瞬く間に撃破する。

「おおっ……」

 兵達からにわかに驚嘆の声が上がる。だがそれに応じるように攻撃を掛けたのは敵であった。反撃として敵ミサイルが次々と発射される。それらは全て一体の目標に、ガラティアンに向けられた物だ。

 数十のミサイル群がガラティアンの頭上に掛かる。しかし砲撃姿勢を維持したまま機体は動かない。その必要が無いからだ。

 空中のミサイル群が一斉に爆散した。

『管制室よりG-3へ、対空防衛が展開完了しました』

 ガラティアン3番機の識別コードへの通信内容通りの物達が周囲に出現していた。地面からは固定式の対空砲や対空ミサイルが、基地の出撃口からは自走式の各種対空兵器群が一斉に現れていた。加えてミサイルの照準を妨害する電子支援、更に強力な破壊性電波照射機も稼働している。

 これで最早、敵の攻撃は届かぬと兵らが安堵しかけたその時だ。

 無数の砲弾がガラティアンへ直撃した。敵ミサイル車両のさらに後方にいた主打撃車両群の長距離砲だった。

 大爆煙が巨人の姿を覆い隠す。兵達のからは一転して悲鳴が上がった。

 だが。

『効かないとも!』

 震脚の衝撃で粉塵を吹き飛ばし巨人が再び姿を見せる。その表面は緋色の同心円状のグラデーションが生じていた。被弾箇所だ。しかしその赤色は外周から窄むように小さくなり直ぐに消え去る。残るのは眩い白色だけだ。傷も付いてはいない。

 ガラティアンが再び砲撃姿勢をとる。

『お返事だ!』

 一際大きな衝撃波を生む射撃が放たれた。煙に巻かれていた間に充填した高電圧によって最高速度で弾頭が発射される。

 先ほど巨人を穿った車両の一つが形も残さず消し飛ぶ。金属片が紙吹雪より軽々、大きく飛び散る。着弾と撃破の轟音は遅れてやってきた。

 そしてそれが到達すると同時、今度こそ兵士達の歓声が沸き上がった。奇襲による混乱は反撃の証明を目にすることで遂に消え去った。

 更に作戦指揮本部からの通信がスピーカー塔から大音声で全体へ告げられる。

『こちらは防衛指揮官矢引だ。防衛機構の展開が完了した。奇襲部隊の攻撃は完全に迎撃可能であり、我々の反撃によって敵は今も数を減らしている』

 訓練通りに動き出した兵達に声が続く。

『対空部隊は迎撃を継続。戦車隊は前進し、負傷者救助の盾となりながら固定砲及びガラティアンと連携して敵車両群に圧をかけ続けろ。救護支援が完了次第——』

 ひと息の間。

『攻勢へ転じ、敵軍を撃退する!』



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