ガラティアの娘は血を燃やす

底道つかさ

第一巻 燃る少女と白の巨人

第1話 出撃するは白

 厳冬の夕刻に至らぬの陽光の下、大地に底見えぬ大断裂があった。南北に地の果てまで続くそれは、一部にも拘らず長大となる範囲が灰色の人工物で埋められている。

 そこでは今、砲弾と爆撃が吹き荒れていた。


「奇襲ー! 奇襲だ! 総員退避!! 塹壕基地まで逃げ込め!!」


 大塹壕基地。

 大断裂を全長1500メートルに渡って埋め立て造られた大要塞が人工物の正体だ。

 だが基地の防衛戦力は次々と撃破されていた。

 一人の兵士が負傷した仲間を二人も引きずってトーチカへ逃げ込まんとする。


「まだか……!」


 だが歯を食いしばって安全地の目前まで来た時、後ろから地鳴りを響かせる敵戦車の進行音が近づいて来た。


「まだ来ないのか……!」


 死を目前にしながらもしかし最後まで目は閉じない。手は離さない。


「ちくしょうっ……!」


 その瞬間だ。

 敵戦車がち抜かれた。

 衝撃と粉塵に瞑った眼を開いた先、西の断崖上に立つそれを兵士はを見た。

 戦場の煙で鈍る日の下で、なお燦然と輝く白の巨躯。小銃の様に120ミリ砲を悠然と構えるその姿。塹壕基地、ひいては西日本の最終防衛線の絶対守護者。

 そのは。


「ガラティアン……!!!」


            §


 敵襲開始直後。

 塹壕基地内、地下50メートル、第一深層階。

 この時、まだガラティアンとパイロットは眠っていた。



 まどろみの中で目覚ましの爆音が響いてくる。

 でも私はまだ起きない。起きたくない。良い夢を見ているのだ。かつての、友人達と彼氏や化粧の話で笑い合うことが出来ていたあの日を。

 だがそこへ現実から声が入って来た。


明日あけび! 明日春華はるか特務軍曹!」

「待ってくれ小佐っ。先日負傷したばかりだ。まだ完治していない」


 白く長い廊下に響く二人の男の怒鳴りながらのやり取り。

 私はその姿を思い浮かべる。若い印象を削ぎ落とす少佐のいかめしい顔。高い身長から貫く眼光を放つ、黒鉛色の鋭い髪持つ鋼の男。

 そしてもう一人。背は同じでも印象は真逆。やつれてなお優しさと強さが抜けない瞳と表情、柔らかい黒の短髪を後頭部に短く結ぶ姿。

 今はまだ目に入らない彼らを想像しながら声を聞く。


「報告は見た。9割完了なら十分。出撃可能だ」

がまだなんだ。化学弾頭だけじゃなくナパームでも、下手をすればRPGですらやられてしまう! そんな状態で彼女を出すわけには——」


 壁の向こうから鈍い振動が伝わる。襟でもつかんで壁に押し付けたのだろう。


「左竹中尉等技官。それは貴様の私情ではあるまいな」

「ち、違う……そんな事は……」

「解析速報では大軍に反して化学攻撃車両は少なく、かつ後方に控えている。敵もこちらを警戒しているのだ。時間をかければが出で来ないものと思ってそれこそ全戦力を前面に出してくるぞ。出撃だすなら今しかない」


 私には何も見えていないが、中尉は少佐の銃口のような圧で刺してくる視線に固まっているはずだ。この技師は優秀だが優しすぎる男なのだ。本来であれば戦場にいていい人種ではない。

 中尉はなおも抗弁しようとする。


「それは春華の命を無理に危険にさらす程か。あの子だって残された日本の大切な一部で――」

「我々が敗北すれば日本は完全に消滅する。塹壕基地は最終絶対防衛戦であり、明日特務軍曹は日本軍の兵士だ。今、ここで戦う責任と、力があるのだ!」


 声は厳しく、そして私の選んだ在り方を後押ししてくれている。

 そうだ。

 私には義務がある。残されたものを守護する務めだ。


「俺も、お前も、にですら、この戦争に勝つ義務がある!」


 中尉は呻くような吐息を絞り出しだ。


「論理的な反論があるならば言え。無いなら承認を入れろ」

「……そうして春華を犠牲にして生き延びることで、逆に戦争が終わらないとしたら、春華の想いが報われることは永遠に――」


ああ、これはいけない。

軍属が口にしてはならない事だ。

その間違いを正すために、少佐は拳を振り上げているはずだ。


『そこまでにしてやって下さい矢引やびき小佐』


 つい私は声を挟んでしまった。聞いていられない。


「春華っ……特務軍曹。君は……」

『小佐は厳しいし理不尽だが、戦術に関しては間違った事はおっしゃらない。小佐が出撃する時だというならそれが正しいのです』


 一息を飲み込む沈黙。


 そして、

「分かった。小佐——」

「こちらは既に承認済みだ。急げ!」

「……了解」


 がいる部屋に電子音が響く。


 ≪出撃要請 -> ガラティアン3番機:出撃承認 -> 矢引小佐, 左竹中尉 -> 承認を確認≫

 ≪全安全制御解放 -> 戦闘状態へ移行:電源出力上昇 -> 初期設定開始≫


 私の視界が開いた。そこは基礎建材と鉄に囲まれた出撃抗の最下部。

 そこに在るは私を内包する乗機。

 直線と曲線が複雑に形取りながらも繋ぎ目なく一体となった白い巨人。

 その体に、手脚に力の源が巡る。


 ≪起動シーケンス完了:出撃シーケンスへ移行 -> 周囲の人員は直ちにセーフティールームへ移動してください≫

 ≪7番リフト上昇:管制室と接続≫


 上昇感と共にノイズ交じりの交信が入って来る。


『——ら管制! ガラティアン3番機応答してください! 特務軍曹!』


 慌てふためいた声だ。


 故にまずは、

『——落ち着け!!!』

 スピーカーが音割れするほどの大出力で返信を送る。


『ぐあっ……すみません。こちら管制室です。通信状態に異常はないでしょうか』

『感度良好。問題なし。奇襲で慌てる癖はいつまでも治らないな松林』

 あはは、と苦笑が聞こえる。笑えるくらいには落ち着いたらしい。

『爆撃はどうなった?空襲が無いならさっさとゲートを開けてくれ』

『こちら矢引だ。敵空中戦力は一時撃退したがミサイル車両が前面にいる。対空防護の展開は貴様の出撃と同時になるだろう。ゲート開放は直前まで待て』

『挟み潰さないで下さいよ少佐』

『その時は自分でこじ開けろ』

『えええっ。ちょ、少佐、軍曹、それはっ』


 松林がまた慌てだした。


『冗談だ』


 少佐と私の声が重なった。松林の変な声が聞こえる。落ち着けと言っているのに。


みなまだ浮足立っているのですか、少佐』

『貴様も含めて前回の被害は大きかった。戦場慣れしていないのも大勢補充せざるを得なかった結果だろう。故にまず貴様がすべきは』

『目を回している連中を引叩ひっぱたいて覚まさせる、でしょう?』

『その間の安全は保障する。派手にやれ』

了解ウィルコ


 リフトの上昇を待つ間に続けて簡易ブリーフィングを済ませる。最低限の指示を受け取り終えた時だ。


 ≪リフト地上近接 -> ゲート未解放 -> パイロットは出撃に備えてください≫

『軍曹、地上班の動きに合わせて手動にてゲートを開きます。被弾の隙を作らない為にギリギリのタイミングで解放となりますので備えてください!』

了解ウィルコ。地上班に私が肩まで出たらさっさと離脱しろと伝えてくれ』

『は? はい、了解しました。少佐、出撃準備完了です!』


 号令を少佐が放つ。


『明日春華特務軍曹、ガラティアン3番機出撃せよ!』


 頭上のゲートが開いていく。

 それは絶望の蓋だろうか。あるいは地獄の底なのだろうか。

 私という戦力が滅亡から守り続けることを支え、だが同時に戦争が終わることなく犠牲を増し続けている、それは真実なのかもしれない。その矛盾に対する苦悩は、いくら考えても答えは無いのだと分かっている。

 だから、私が為すべき事はただ一つだ。


『生きる為に。守る為に。力の限り敵を討つ……!』




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