第3話 支持するは万雄(ばんゆう)

 そこは基地内部でありながらまさしく戦場の一部であった。巨大な地下整備庫を埋め尽くす無数のクレーンや大型機材、そしてガラティアンの兵装郡があり、その鋼鉄達が奏でる大音響に劣らぬ大声で連携しながら支援部隊員たちが動き続けている。

 それらを見下ろす位置、クレーンの頭上を越えて移動するための足場で男が全体の指揮を行っている。左竹さたけだ。


           §


 左竹は普段とはまるで異なる大声で指示を飛ばした。

「弾倉の準備はもういい!打ち尽くすころには砲身が焼けている。大砲班は予備砲の準備へ回れ。ミサイル班!今回は数より射程だ。中距離を搭載、ただし2本減らせ。積載量を落として運動性能を維持させる。機体整備班は予備部品の用意急げ!」

 自分は非戦闘時はガラティアン整備部隊の技術士官であり、戦闘体制では支援部隊の総隊長となる。口頭で指示を行いながら、首から画板の様に下げた大型端末で他の部署との連携や細かい指示入れ、チェック作業も並行している。

「待て新山にいやま!弾倉は兵装搬出口ではなく7番リフトに運べ。特務軍曹に直接受け取らせる。砲換装の際は逆順だ。それが早い。橋場はしば!準備が完了した予備部品は8番格納庫に入れろ。機体が戻って来る時はそちらを使わせる」

 矢継ぎ早に口と手で指示を送っている所へ、地下の整備庫を揺らす振動が響いた。

「主任!」

 複数の役職を兼任する自分は現場において単純に主任と呼称されている。

「ガラティアンへ攻撃が命中しました!」

 一人がこちらへ駆け寄りながら叫んだ。

「見ているとも」

 自分の大型端末には指揮本部と同様のリアルタイム映像や戦況情報が常に表示させてある。自身で直接戦況を確認し、予想される必要物資を準備し手配することが役割だ。共に戦歴を長く過ごす自分と矢引、春華だからこそ可能な運用体制である。

「では早く格納庫へお越しを。ガラティアンを修繕できるのは貴方だけの筈だ」

「落ち着きたまえ、新入り」

 相手を冷静にさせる為、普段の悠揚たる語調で話しながら二の腕に付けていたサブパッドを投げ渡して画面を見るように顎で促す。

 整備庫に再び振動が来ると同時に画面内で無傷のガラティアンが煙を吹き飛ばして現れる様が映し出されていた。被弾の赤色が消えていくのを見て新入りが息を呑む。

「これは……確かに当たったはず……」

「特異質セラミック装甲の最たる長所だよ」

 両手を一切止めずに話す。

「スポンジが水を吸うように大量のエネルギーを一瞬で吸収できる。極めて頑丈だと言えばそれだけの話だが、鉱物の様に硬いというよりは樹脂の様に割れにくいというほうが近い」

 念のために端末上のガラティアンのステータスを確認する。異常なしオールグリーンだ。

 ガラティアンの全身を隈なく覆う特異質セラミックは、衝撃が加わるとエネルギー量に応じて赤く変色する。その色が消えるのはエネルギーを吸収した証だ。

 その硬度は実はそれほど高くは無く、砲弾が当たると表層はそれなりに変形する。だが吸収したエネルギーが分散すると元の形状に復元するので全く変化していないように見えているのだ。

「吸収したエネルギーは電力に変換されて内部機関に送られる。自重による変成圧力やある程度までの熱も吸収可能だよ」

 加えて逆にエネルギーを加えると変成する性質もある。関節部は駆動時は電圧を加えて柔らかい状態になっており、ラバーの様に密着させて防護している。高エネルギー体の接触を検知すれば瞬間的に元の装甲機能に戻る仕様だ。

 非常識な説明の連続に新入りはほうけたように立ち尽くしている。

「とにかく、極超音速ミサイル直撃レベルの運動エネルギーか、金属塊を一発で焼き切るレーザーやビームでも当たらない限りは内部機関も含めてだいたい無事なんだ」

 動かない新入りの手からサブパッドをやや強めに引っこ抜いて気を戻らせた。

「分かったら不安がるのは止めて早く次の行動へ移りなさい。僕が少佐だったらもう殴られてますよ」

「はっ……はい、失礼します」

 立ち去る新入りの姿はもう見ていない。だが脳内では話の続きを思考していた。

(ああは言ったが、超高熱や化学薬品とか、分子構造その物を破壊する攻撃にはどうしても弱い。やはり戦化粧を着装出来なかったことが悔やまれるな。それにもましてガラティアンの基本機能すら知らない様な新入りまでいるとなると——)

 そこで、ふと気に掛った。


           §


「待て新入り!」

 びくりっ、新入りの背中が震えた。

「支援でも通信でも輸送でも無いな。ここにいるなら戦闘でもない」

 左竹という男は関連している部隊は他部署でも全員の顔と氏名を記憶してた。流石に基地の全員とはいかないが、ガラティアンと連携する以上それなりに顔を見る機会がある人間も多い。その場合はもちろん覚えていた。

「君、誰だい」

 新入りは寸瞬固まっていたが、直ぐに軍属特有の機敏さで振り向き敬礼した。

「この度、配膳補給部隊に配備されました毛江もうこう木治きじ三等兵であります。お聞きになられないので知っているものとおもてぃますた」

「……分かった。もう行っても良いですよ。呼び止めてごめんなさい」

「あぃっ、失敬します!」

 左竹は新入りが全速力で走り去るのを見えなくなるまで目で追い、しばし後、腿のカーゴポケットからごつごつとした通信機を取り出した。

「指揮本部、こちら左竹中尉等技官、矢引少佐と繋いでくれ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る