エピソード1-4 青年《なにもの》
「させるかァ!!」
カロヤンが咄嗟に両手にツインダガーを構えて飛び掛かる。しかし青年はこれを難なく前方に蹴り返し、小柄なカロヤンは少し床を転げて悶絶した。
この間不思議なことに周囲を囲んでいた魔族の者達は、明らかに青年らに敵意を見せていたものの、何かを察したのかカロヤンと同時に攻撃を加えてくることはなく、むしろ皆一歩ずつ距離を取っていた。
カロヤンを撃退した直後、青年は一瞬このことを疑問に思ったが、すぐにその答えはわかった。
ズッガアアアアンッッッッッ!!!!!
倒れたカロヤンの更に向こう側から、ひと際体躯の大きな魔族の男が躍り出て、手にした出縁付きの巨大な棍棒を青年の立っていた箇所に叩きつける。当たった箇所の床はたちまちひしゃげて崩れ、少女の開けた穴を3倍の大きさに拡大した。なるほど、カロヤンの攻撃は牽制に過ぎず、周囲の(相対的に)雑魚魔族達が距離を置いたのは味方の攻撃に巻き込まれないためだったのだ。
「躱シタカ.........。素晴ラシイ実力ダ、コノ魔王軍潜伏部隊筆頭“ハリール”ノ相手ニトッテ不足ハナイ。イザ、討チ合ハン!」
青年はこのハリールと名乗る者のこの一撃を寸前で察知し、すぐさま少女の手を引いて一歩下がることで躱していた。
「散々イカサマしてきた奴らがよりにもよって一騎討ちとは。まあ悪いが俺は“自己中のクズ”なんで―」
青年にはハリールの誘いに乗る義理等微塵もない。
「眩き光の精よ、天則に従いて我が力に呼応せよ、ルーメン!!」
一瞬、辺り一面が光で真っ白に染まり、何も見えなくなった。
当然というべきか、ハリールたちの視界が元に戻る頃にはそこに青年と少女の姿はなかった。
「慌テルナ、賭場ノ出入口ハ一ツダケダ。キットソコノ番ガ時間ヲ稼グ、ソノ隙二追イ付ケバイイ」
ハリールは、動揺する下っ端たちを冷静に取りまとめ、すぐさま追跡に入った。
青年と少女は一目散に賭場の出口の方に走っていた。二人の様子にここが人に変装した魔族の運営する賭場だと一般の博徒達も気付きはじめ、辺りはパニックで騒然としていた。
「あんな危険なの、憲兵に捕縛を任せて大丈夫なの?」
逃げながら少女が聞く。
「考えてもみろ。ここにいる兵力で憲兵と総力戦やって勝てるのなら、奴ら地下街で人に変装してコソコソしてる必要あるか?」
青年の説明に「それもそうね」と、少女は納得した。
賭場の出口の前には既に人の姿の変装を解いた魔族の番が一人立ち塞がっていた。その右手には先割れの槍が握られ、ハリール程ではないがなかなか屈強そうな見た目をしている。
青年は少しも動じず、走りながら番に向けてまた右手でピストルを撃つようなジェスチャーをしてみせた。
すると番の魔族は槍で青年の指から放たれた衝撃波を受け止め、その場で踏ん張ろうとしたものの、これを受け止め切れずにひっくり返って伸びてしまった。
「弱くて助かる」
ものの1秒も稼げずにダウンした番の背中にそう吐き捨てると、青年は少女を連れて店の外にそのまま飛び出した。
まだ安心はできない。奴らは地下街を抜けるまでは追ってくるだろう。
4つあるうちのここから最も近い地上への出口—先刻入った北西口へは、直線距離にして約7.2スタディオン(長さの単位。1スタディオンは約190m。)程あり、一般的な道のりでは、まず東に2.5スタディオン程進んでから左折し、地下街の南北を貫く大通りを7スタディオン北上、その後左折して西に1スタディオン程戻って着くことになる。
行きは急ぎではなかったため特に距離を意識しなかったが、こうして改めて考えると人混みの中連れと共に逃げるには煩わしい距離である。
「(無論今度は逃げる為、入り組んだ路地裏やらも通って行きと同じ経路にはならないだろうが)」
具体的な経路を思案しきる前に、青年の体は少女の腕を引いて既に東へと走り出していた。
再度触れるが、地下街は人が密集している。青年達が今走っている通りも、無数の棒手振りの魚売りや客引きに勤しむ娼婦達が絶えず往来している。しかし地面が人で埋め尽くされて全く見えない程ということは稀で、落とし物にも気づきやすい。
が、今日は少し事情が違った。賭場から1スタディオン程東に進んだところに分厚い人の壁とでも形容すべき非常に密集した円形の人だかりが横たわっていた。
「ジョルジ、悪いがこの
青年は通行の邪魔だとこの群衆を忌避するどころか、むしろ追手を撒くのに最適とばかりに歓喜した。そしてこの群衆の中に突入し、これを縫うようにそのまま進んでいった。
「おいちょっと待てラ...、っておい、なんでここに魔族がいやがる!?あの野郎が連れて来たのか!?」
人だかりの原因であった赤い鎧を纏った若い男、ジョルジは青年の来た方を見て驚嘆した。そこからは肩に棘を生やした浅黒い人型の魔族が2体程、青年の後を追って走り来ている。
普段から因縁のあるあの青年との関係は気になるが、兎も角王都一の冒険者として名高い自分の凱旋を祝して集まってくれた人々を危険に巻き込むわけにはいかない。
ジョルジは巻き込まれないように周囲の群衆に道の脇へと離れてもらうと、すかさず背負った戟を構え、タイミングよくこれを八の字に薙ぎ払った。
バジュウウウーーーン!!!スパーン!スパーン!!
追って来た二体の魔族達の体は、的確に真っ二つに切断された。その他の通行人には一切被害を及ぼしてないところが彼の腕前を表している。
「あの野郎なんのつもりだ...?後で絶対問い詰めてやる...!」
折角の晴れの舞台を邪魔されて、ジョルジは立腹していた。
その頃青年と少女は追手を撒くため、入り組んだ脇道に入って北上をしていた。
道は地下街に慣れている青年自身ですら迷いそうになるほど複雑なのだが、魔法でも使われたかそれでも的確に経路を辿って来る追手もいる。
「うわあ!バケモノだ!!」
「何故街中に魔族が!?」
すれ違う人々はその存在に気付いた者から、二人の後を猛追する見慣れない異種族の者に口々に喚きだしている。
「おっと、脚が滑った!!」
そう若干わざとらしく言うと、青年は目の前にいた太った野菜売りの土手っ腹に勢いよくぶつかる。
「ぶっ............うわああああああ!!!」
野菜売りの持っていた籠からは雪崩を打ってオリーブの実がこぼれ落ち、辺りの路地一帯が躓きやすいオリーブの実とそれが潰れて出た油で通行しにくくなった。
「おいこらぁ!弁償しやがれ!!」
野菜売りは青年に向かって怒鳴る。当然の請求である。
が、青年は辺りの喧騒にかき消されて聞こえない振りをしてこれに一切耳を貸さず、そのままひたすら走り続ける。
「いいの?あれで」
手を引かれながら、少女が青年に問う。
「ああ。これで追っ手の通行妨害ができるはずだ」
「いや、そうじゃなくて―」
「生憎ここの地下街は治安が悪い。こういったことは日常茶飯事過ぎて訴えても取り合われないだろうし、あのおっさんなら散らばったオリーブを盗みに来るごろつき共の対処に手いっぱいで俺のことなんかすぐ忘れる筈だ。それに俺は自分の目的の為に奴がいくら損害負おうが興味ない―」
「自己中人間、だからな」
少女にはそういった青年の眼が、一瞬どこか虚しさを映してるようにも見えた。
「いたぞ!あそこだァ!!」
前方から猛々しい追手の声。おそらく追手の一部に先回りされたのだろう。
振り返れば、散らばったオリーブ等で若干足止めを喰らったとはいえ、尚も追跡を続ける後ろからの追っ手達もどうやら健在のようだ。
「(囲まれたか‥‥‥)」
青年は舌打ちして、一瞬溜息をついた。そして思わず彼の顔を覗き込む少女に向けて言う。
「おい、じたばたするなよ。黙って身を委ねろ」
「え、.........」
言うなり青年は、戸惑う少女の体勢を崩し、その背中と膝裏に腕を通して彼女を抱きかかえると、すぐ横にあった粗末な建物の屋根へと一瞬で飛び移った。そしてその
建物から隣の建物の屋根へと、屋根から屋根に飛び移って北上していく。
「.........//!、こんなことができるならどうして最初からそうしなかったの!?」
少女が尋ねる。
「無駄な体力は使わないに越したことはないからな。それだけだ。」
「............」
異性に抱きかかえられた故かスリル故か、少女の心音は大きくなっていた。
もう地下街の出口まではあと1スタディオンというところまで来た。
青年は屋根伝いの移動を止めて地上にふわりと着地し、少女を下す。
「立てるか?」
青年は未だ上の空が抜けきらない少女を少し気遣う。
近くに追手の気配はない。もう一安心だろう。
あとは少しばかり歩いて地下街の出入り口に向かえば―
「(——、!?)」
その時だった。
青年の死角から円盤状の薄い歯車のような刃物が勢いよく飛んできた。
キーン!!
青年は流石というべきか咄嗟にこれを察知し、左手でこれを側面から叩き落とした。
「―ッたく、不意打ちは効かないと示したんだが…!?」
しかし、青年の脅威は去っていなかった。
彼の左脚の感覚がなくなっているのである。
見ればその左脚の足首に、なにやら矢のようなものが突き刺さっている。
「(—っ、まさか......)」
イカサマと同様、不意打ちも二段構えであった。円盤で牽制し、そこに注意が向いた隙に敵は麻痺毒を塗布した矢を打ち込んでいたのである。青年はこの術中にまんまとはまってしまったのである。
「ゴキゲンヨウ。ヨクモ今マデ振リ回シテクレタナ。ココデ落トシ前ヲツケサセテモラウ...」
更に青年に悪いことに、聞き覚えのある声をした巨体が、のっしのっしと近づいて来た。
ハリールは青年が脚に矢を受けて動けなくなっていることを確認してニヤリとほくそ笑むと、お馴染みの出縁付き棍棒を振り上げ、青年を殺す構えに入った。
周囲の人達はこの魔族の親分格に恐れをなし、一目散に散り散りになってその場を離れていった。
この一撃を回避しようにも左脚が動かない状況では厳しいし、先に攻撃して攻撃を喰らう前に相手を倒してしまうにも、この間合いですぐに繰り出せる技でそこまでの威力が期待できるものはほとんどない。ならば.........
とうの青年は意外にも冷静に状況を分析すると、さっと両手を顔の前で近づけ、くるべき一撃に備え全神経を前方に集中する。
―カウンター...。左手の薬指と中指を右手の中指と人差し指で挟むように印を切ることで、印を切ってから0.07秒の間あらゆる攻撃を無効化し、かつ跳ね返す無敵状態となる技—。ただし一度使用すると一定時間の間隔を空けるまで使用できず、その使用には相手の攻撃に寸分狂わずタイミングを合わせる必要がある...!!
ハリールの得物が、客観的には勢いよく、青年の主観の内ではゆっくりと、殺意に躍り出す。
「(まだだ.........まだ...—今!)」
「(もしかして今なら―)」
青年が印を切ったのと同時に、彼はまた異変にも気が付いた。
背後から、殺意を感じ取ったのである。
それは未知のものでも、賭場からの追っ手達のものでもない―ここに来る前、図書館で感じたものだった。
ギシャアアアアアアア!!!!!
殺意の正体—白い蛾竜は大きく口を開いて背後から青年を喰らおうと襲いかかる。多分その牙が彼に到達するのは0.1秒後になるだろう。
カウンターが解けて再度使えなくなっている間に、左脚の負傷で動けなくなっている青年をこの口が飲み込む。青年の最期は、端から見れば必至というよりなかった。
―が、
「なるほどな―」
青年は白い歯を見せ、そうぼやくだけだった。
「ブウ“ウ“ェ”ッッ!!!」ドシュン‼
自分で付けた得物の勢いを止められず、ハリールはモロにカウンターを喰らって吹き飛んだ。
バグッ!ガチンガチン!
それから一瞬遅れて、白い竜は勢いよく青年のいるであろう箇所で口を閉じた。しかし全く何も感触はなく、口に入れられたのは空気だけだった。
見ればそこから左に少しそれたところに、地面から僅かに浮いて青年が立っている。
「誰も脚使わなきゃ移動できないとは言ってないからな。浮遊・飛行すれば脚の筋肉使わなくても緊急回避ぐらいできる」
青年には少しの間浮遊・低空飛行する技が使えた。
「な、何...なの.........」
白い竜は霧を放ちながら銀髪の少女の姿に戻り、呆然としながら青年を真っすぐ見つめていた。
「チッ...殺し切れなかったか.........」
その様子を物陰から見ていた小柄な男、カロヤンは舌打ちした。青年を襲った円盤と矢は彼が放った飛び道具であった。
大体、青年の能力が規格外過ぎた。予想外であったあの少女の裏切りがあってさえ、彼は平然と息を保っている。あのような傑物は自分がかつて冒険者ギルドに所属していた自分でさえ目にかかったことは.........
「よう、久しぶりじゃねえか。謀反人」
そのとき、突然カロヤンの肩が背後からガシッと掴まれた。恐る恐る彼が振り返ると、そこには赤い鎧を纏った背の高い若い男が立っていた。
「な、何故ここにいる!?ジョルジ!!」
「いや、俺も奴に用があってな」
「そ、そうか...では手を組まないか!?一緒に戦えばきっと互いに目的も達せましょう!!」
カロヤンは青ざめつつも必死に懇願した。
ジョルジは王都一の冒険者として知られた男。彼と組めばきっとあの青年にも勝てるであろう…
「はあ?何を言ってるんだお前?途中で気が変わったからお前に絡んでんだろ?」
カロヤンの瞳が目まぐるしく泳ぎ出す。
「俺が誰よりも悪を憎み善を尊ぶ男だってことは、お前もよくわかってるよな?俺はなあ、確かに奴も許せねーが、宝箱横領の罪でギルド追放されて挙句の果てに魔族と結びやがった薄汚い小悪党の方がぶっちゃけ許せねんだわ...」
「ち、違う‼何度も言っただろ!あれは冤罪だ!それに魔族連中だって、路頭に迷った俺を助けてくれて、本当はいい奴らなんだよ...」
カロヤンは震える声で必死に自己弁護を試みつつ、後ずさりしてジョルジの間合いから外れる。が、.........
ズシュッ!!
間合いから僅かに外れた筈の彼の身体は、突如ジョルジの戟の貫くところとなっていた。貫かれたカロヤンの下腹部からは、累々と鮮血が滴り落ちている。
「俺はいつだって正義の味方だが、自分の思う正義にしか興味はない」
ジョルジは冷徹に亡骸の浮かべる苦悶の表情を見下ろしていた。
「さーて、アイツにはまた後で言いがかりつけて突っかかってやるか......」
青年と少女は、そんな二人の攻防を知ることなく向かい合い続けていた。
「積もる話は後だ。取り合えず行こう」
青年が呼びかける。
裏切るタイミングが土壇場過ぎることから察するに、少女の裏切りは賭場の連中と示し合わせてのものではなく彼女自身の衝動的なものなのだろう。ならば幸い、わざわざこの少女を懲罰して他の証人を探さずとも、彼女を落ち着かせさえすれば、これを証人にする目論見は変更しなくて良さそうだ。やはり放置してもそこまで脅威にならない以上、今更余計な手間のかかる選択肢は取りたくない。
「ねぇ、.........君何者なの?」
少女が問いかける。
「そうだな.........通りすがりの元勇者とでも言っておこうか——」
明後日の方向を向いて少し考えた後、青年はそう、自嘲するような、黄昏るようなトーンで答えた。
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