第13話
「はよ」
学校へ向かう駅のホームで電車を待っていると後ろから肩を叩かれた。振り向くと杉本が笑っている。一瞬で昨日のキスのことを思い出してしまい赤面しそうになったけど、慌てて頭から打ち消すと「早いじゃん。珍しい」と平静を装った。杉本といえば遅刻。遅刻といえば杉本だ。
「俺だって毎日、遅刻するわけじゃないって」
俺の心の声に応えるように笑いながら言うと、杉本が俺の隣に並んで立った。
この辺りから学校までは1時間以上時間がかかってしまうため、まだ通勤ラッシュには少し早いホームには人がまばらだ。
「そういえば髪色戻してないけど、いいの?」
「え?」
「昨日、武田先生に言われたんじゃないの?」
「ああ」
プルルルルル
『ホームに電車が入ります』
アナウンスが流れ、俺たちの会話は一時的に中断された。
轟音と共にホームに入って来た電車に2人揃って乗り込み、まだ空いている座席に並んで腰をおろす。
プシューという音と共に扉が閉まったところで「あれね、髪の毛の話じゃなかった」と杉本が中断された話を再び元に戻した。
「え?」
「なんか武センまで俺んちのこと知っててさ、おんなじ敷地内でちゃんと養育もされてるから児童なんちゃら法には引っかからないとかなんとか…まぁ髪の毛のことも言われたけどね」
「そうなんだ…」
「んで、しんどいことあるかー?って訊かれたから別にって。そしたら、その後、上條にも言われたから、なんか2人で打ち合わせでもしてたのかと思ってビビったっつーの」きひひっと笑う。
そうだったのか…。
もちろん打ち合わせなんかしていないことは本人もわかっているだろうから、そこはあえて否定しない。
「武セン、結構いいヤツな」
杉本が、俺の方とは反対の方向に顔を向けて車窓の景色を眺めながら呟いた。
俺は始業式の自己紹介のあと、武田先生に廊下で声をかけられたことを思い出していた。なんか困ったことがあったら言えよ、と。
「うん。そうだね」
俺は真っ直ぐ前を向いたまま、向かいの窓を流れていく景色を眺めながら答えた。
「上條くんて、インスタやってないの?どこにもいない」
昼休み、教室で高橋たちと昼ごはんを食べていると、相田さんともう1人(『結菜ちゃん』だ)がそばにやって来た。
「あ、うん、やってない。ごめん」
別に謝る必要はないのに謝ってしまう。やろうがやるまいが個人の自由だ。
「俺、クラスのグループに招待したからそっちにいるだろ」
高橋がパックのいちご牛乳のストローから口を離して、余計なことを言う。
「え?」
相田さんがすばやくスマホを操作すると「あ、ホントだ。最近、回ってなかったからこっちはノーマークだった」と眉をしかめた。
ノーマークって…俺マークされてるの?と、またゾッとする。
「おまえら興味本位で上條に近づくなよ」高橋が言った。キミは味方なのかそうじゃないのか…いや、俺の事情は知らずに思ったこと言ってるだけだね。
「興味本位じゃないよ。遊ぶ約束してるんだもんねー」
相田さんが放った最後の、ねー、は俺に向けられたものだ。とりあえず曖昧に笑ってみせた。
「え、俺も行きたい」
「俺も」
薮内や斉藤も次々ノッてくる。
「あ、じゃあこの6人でグループつくろ」『結菜ちゃん』が提案してきて、さっそくグループ作成し始めた。うわー、楽しいハイスクールライフが始まってしまう。いや別にいいんだけど。密かに抵抗を感じながらもスマホを取り出して大人しく招待された。この世にはびこる同調圧力というものに抗って生きていく気概なんて、俺は持ち合わせていない。
「俺は部活があるからあんまり参加できないかも」高橋がストローを齧りながら言った。そうか、この手がある!
「俺も塾、行こうと思ってるからあんまり行けないかも」
また嘘をついた。これで何回目だ?大体なんでこんなに嘘を重ねているんだ?答えは簡単。一人暮らししていることを知られたくない。その背景も。それさえなければ、カラオケだろうと遊園地だろうと、どこへでも行ってやる!
俺が一人暮らししていることを知っているのは杉本だけだ。ちらりと、そこにはいない杉本の席を見た。
そういえば俺はあいつに口止めするのを忘れていたにも関わらず、あいつは俺が一人暮らししていることを誰にも言っていない、と思う。案外、気が利くんだよな…。
「上條くん来ないならつまんないな」
相田さんがポソっと呟き「おい!」と残りの全員に突っ込まれていた。
「おかえりー」
駅の改札を出たところで杉本に笑顔で出迎えられた。あれ?キミは確かさっき仲間たちと先に帰って行ったよね?昨日、俺に絡んできた仲間たちと一緒に。
「友だちと一緒じゃないの?」
「うん。上條、待ってた」
当たり前みたいに、行こ、と歩き出そうとするので、いやいやちょっとちょっと、と腕を引っ張った。
「困るんだけど」
「何が?」
いや、本気でキョトンとするな。
「約束してないし、それに…」
それに…の後が続かない。考えるのもはばかられる。
「もしかして俺のこと警戒してる?昨日、キスしたのまずかった?」
ズバリ言われて慌てて周囲を見渡した。外でそういうこと言うな!
杉本はまったく気にしている様子はなく、そんなことよりも俺の態度に不満があるらしい。ぶー、と頬を膨らませて「そんなに俺とヤんの嫌なの?」と訴えてくるんだけど…軽いんだよ、言い方。逆におまえはどうなんだ?ホントに男の俺とヤりたいのか。
核心に触れたくなくて黙っていると「うそ、うそ。別にそういうことしたいとかじゃなくて、単に上條と遊びたかっただけ。家が嫌ならどっか店でもいいし、なんなら俺んち来てもいいよ。2人きりが嫌なら家政婦さん来てもらってなんか作ってもらお?」と提案してきた。
そこまで言われてしまうと、いやそこまで警戒しているわけじゃないんだけど、とうっかり気を許してしまうが…杉本の家…正直ちょっと興味あった。実の家と同じ敷地内にある、杉本が1人で暮らす家。友だちが利用したがる家。俺の気持ちがぐぐっとそっちへ傾きかける。
「でも、友だちはいいわけ?今日は来たりしないの?」
「あ?うん。家、改装工事するからしばらく使えないって、嘘ついちゃった」
てへへ、って感じで笑う。ふーん…意外とあっさりしてるんだね。キミの寂しさを紛らわしてくれる、大事な友だちじゃないのか。まぁ、それであっさりどこかへ行ってしまう友だちも友だちだけど。あっさり同士、気が合うって?
「じゃ、俺んちってことでいい?」
杉本に言われて、うっかり頷いてしまった。
杉本に昨日言われたことを思い出す。『俺を選べ!』って顔してたのにな。だから杉本は、友だちより俺を選んだの?
その時サワッと風が吹いて、駅前通りにある植え込みの木々の葉を揺らし、続いて杉本のレモン色の前髪を揺らした。
「『
杉本が呟いた。
俺が思わず目をみはると、杉本が「なんだよ?」と顔をしかめる。
「いや、意外と風流なこと言うんだなと思って」
薫風…風薫る5月。確か小学校6年の国語の教科書で習った。小学生ながらに、その言葉の持つ響きの美しさに心惹かれた。
「俺のことバカにしてる?」
杉本が唇を尖らせるので、それが面白くて思わず「ハハハッ」と声を出して笑った。すると、今度は杉本がびっくりしたように目をみはった。
「え?なに?」
「上條がそんな風に笑うの初めて見た」
そして、こっち、と歩き出しながら「たまには風流なこと言ってみるもんだな」と笑った。
俺はちょっと照れながら、まだ4月だよ、と、どうでもいいことを考えていた。
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