第11話
どうやら人目を避けたいらしい相田さんに連れられて、周りを生け垣に囲まれた小さな公園にやって来た。
「ここ、いっつも人がいないんだよね」と言いながら奥に1つだけあるベンチに座る。当然ながら俺も隣に座る。
滑り台が1つと砂場が1つ。遊具はそれだけ。砂場には緑のネットがかかっていて、その上には古くなった空き缶やたくさんの落ち葉が載っていて長い間ネットが開けられていないことを物語っている。こんなに魅力のない公園、そりゃ誰も来ないよ、とこっそり思う。
さて、と相田さんは佇まいを整えて「今、歩いてきてさ、『杉本』って表札、多いと思わなかった?」と、唐突に切り出した。
俺は他所の家の表札をチェックしながら歩く趣味はないので、まったく気付かなかった、と答えたかったけど、冒頭から話の腰を折るのもなんだか気が引けて「あ、うん…そうかも」と曖昧に返事をした。
相田さんは、俺の曖昧を無理やり断定に変えるかの如く、人差し指を、そうなのよ!といった感じに立てると話を続けた。
「杉本家ってさ、この辺の地主の家なんだよね。だから真咲の親戚とかみんなこの辺に住んでるんだけど、真咲んちがその大元っていうか本家なのね」
あ、そうなんだ…でも地主って税金対策とかで結構大変って聞くけど、あいつ結構羽振り良さそうにしてたよな…。とりあえず俺は黙って相田さんの話に頷いた。
「でもさ、真咲のお父さんってすごいやり手らしくて、自分で会社経営とかしてて、先祖から受け継いだ土地を切り売りしたりしなくても充分なくらいお金持ちなわけ」
はー、なるほど。世の中には恵まれた人がいるもんですな。俺は黙って頷いた。
「だからね、真咲のお父さんは、余った土地を地域貢献の為に老人ホームとか色んな施設とかに安く提供したの。それで、みんな真咲のお父さんのこと地元の英雄みたいに言ってたんだけど」
相田さんはそこで少し声のトーンを下げた。
俺も少し顔を引き締める。きっとここからが本題。
「真咲のお母さん、真咲がちっちゃい頃に亡くなってるんだけどさ」
「えっ?!」
思わず声をあげた俺に相田さんは軽く頭を振るだけの相づちを返した。そこ引っかかるポイントなのはわかるけど、本当に言いたいことはそれじゃない、と。
「うちらが小4の時に、真咲のお父さんが再婚したのね。で、相手の方に、真咲と同い年の女の子が居て」
え?ちょっと待って…まさか…
「そのお母さんが自分の娘を同い年の男の子と一緒に住まわせるのを嫌がったから」
え、そんなのって…
「だから真咲だけ別に暮らしてるんだよ」
「理不尽じゃないか!!」
思わず叫んでいた。
相田さんがびっくりして俺の顔を見たけど、すぐにムッと眉を寄せて「私だってまだ子どもだったんだよ!」と抗議した。あ、違う、今のは相田さんに向けた言葉じゃない。慌てて言い訳しようと言葉を探しているうちに「あ、ごめん」相田さんに先に謝られてしまった。私に言ったわけじゃないよね、と。
「うん、理不尽だと思うよね。でも誰もなんにも言えなかったんだよ。真咲のお父さんは、地元の英雄だから」
「でもみんな知ってるの?」
「そりゃね。途中からその子、真咲の妹になった子だけど、杉本ですっておんなじ小学校に転入してきてさ、当然、真咲と一緒に住んでんのー?って話になるじゃん。そしたら堂々と、『私が家に来たからお兄ちゃんは別に住んでるの』って」
「なんか…罪悪感とか無かったのかな…自分が追い出しちゃったみたいな」
「無いんじゃない?なんかちょっと、お姫様タイプっていうか、天然っていうか…」
言葉を選んでいるようだけど、要するに、世間知らずで人の気持ちに疎いってことね。小4の頃なんてみんなそんなものかも知れないけど、相田さんの口調にかなり棘が含まれているところをみると、あまり仲良くなりたいタイプではなさそうだ。
「高校でやっと離れて清々してると思うよ。真咲の方がよっぽど頭いい学校、行ってるしね」
私もね、とでも言いたげに肩をすくめると相田さんがベンチから立ち上がった。あ、もう話せることは終わったね。
「ありがとう。ごめんね、引き止めちゃって」
「ううん、いいよ。良かったらさー今度、結菜も誘って一緒にあそぼ」
結菜ってこの前、一緒に居た子か。あの子も好奇心強そうだな。どんな目に合わされるかと思うとゾッとしたけど、色々教えてもらった手前、断るわけにもいかない。
「うん、そうだね」
一応返事だけして、いつにする?と日にちまで決められてしまう前にそそくさと帰ろうとしたところで、「あ、真咲んちのこと私が言ったって言わないでね」と釘を刺されて「うん、わかった。それじゃ、ありがとう」と手を振り公園を後にした。
アパートへの帰り道、結局、駅を挟んで反対方向へ歩いてきてしまったので、俺はまた駅へと向かって歩いていたわけだけど、歩きながら相田さんに訊いた話を思い返していた。
話の流れで後からやってきた妹さんに杉本が追い出されたみたいな感じになってたけど、その時2人は小4だったわけで、結局は大人同士の都合 で2人の子どもが振り回されたってことか。
それにしても…あいつ、小4から1人で住んでるってことか?誰かフォローする大人はいたんだよな、きっと。でなきゃ無理だろ、子ども1人で暮らすのなんか。ていうか、そのお母さんもどうかと思うけど、父親も実の息子を家から締め出すなんてどうかしてる。俺も両親に自分の性指向を受け入れてもらえなくて辛かったけど、杉本は俺の想像をはるかに上回ってたわ。
重苦しい気分を抱えながら、丁度、駅の前までやって来ると「あっ!」という聞き覚えのある声にギクッとした。
「上條〜っ、いいとこで会った〜」
杉本が駅の改札から出てくるところにばったり遭遇してしまった。…なんでこのタイミングで会うかな…。
さっきまで俺の想像の中にいた、小4の寂しげな顔をした捨て犬のような杉本とは違い、目の前の杉本は、にへらっと笑って「今、あいつらに電話したらさー、俺が終わるの遅いからって女子たちと合流してカラオケ行ったっていうんだよねー」と言いながら近づいてくる。なんの話だ。さっきの話とのギャップがありすぎて今までが全部夢だったのかと思うわ!
「杉本も行けばいいんじゃないの?」
「えー、せっかくここまで帰ってきたのにめんどい。上條んち、行っていい?」
「…自分ち、帰ればいいじゃん」
「やだよ。つまんない」
「……」
俺の都合はお構いなしか。さっきの相田さんもそうだけど、この辺りの水を飲んで育つと押しの強い人間に育つのか?
俺はもう断る口実を探すのも面倒くさくなって「数学教えてくれるなら」と受け入れることにした。
「やった!教える教える」
杉本が嬉しそうに俺の横に立って歩き出した。
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