おやすみのキス
比屋根とお風呂タイムは続く。体を流し終え、俺は湯船へ。さすがに俺から比屋根の体を洗うという行為こそなかったが、十分な幸福を得た。
「今更かもしれんが、比屋根はなんでこんなに優しくしてくれるんだ?」
「答えは簡単。天川くんのメイドだからよ」
はぐらかされた気もするけど、なんであれ比屋根は俺のメイド。それで理由は十分だった。
湯船に浸かっていると、比屋根が入ってこようとした。
「ちょ、比屋根!?」
「い、いいじゃん……だめ?」
「水着とはいえ、ほぼ肌が触れ合うけど……」
「ちょっと背中を預けるだけだから」
足をつけ、比屋根が背中を預けてくる。華奢で抱きしめたら壊れてしまいそうな身体だ。さすがにこの距離となると興奮する。
いっそ、背後から抱きしめたい。
そんな悪魔的衝動に支配される。
だが、俺は理性を押さえた。
ここで襲うような行為を働けば、比屋根はメイドを辞めてしまうだろう。それだけは回避したい。
余計な事を考えないよう、話題を出していく。
「なあ、比屋根。二人で生活するって楽しいな」
「天川くんは、一年からずっとアパート暮らしなんだ?」
「そうだ。親がうるさくてな……生活費は出してやるから、一人で暮らせとさ。で、成人したら一人でやっていけと」
「厳しいね。でも、もう一人じゃないよ。わたしがお世話するもん」
「そうだな。今は比屋根とサクラがいる」
今はもうひとりぼっちではない。
メイドと猫(嫁)がいる。
「ていうか……」
「ん?」
「そろそろ、名前で呼んで欲しいな」
「それを言うなら、比屋根だって俺を名前呼びじゃないだろう」
なんて突っ込むとしばしの沈黙が訪れる。お互いにドキドキしている。こんな状況ですらやばいっていうのに、名前か。
比屋根の名前……確か『
けど、苗字はともかく、女の子の下の名前なんて呼んだ事ないぞ、俺。
「じゃあ、天川くんから!」
「俺からかよ。し、仕方ないな……
かなり緊張するが、俺は思い切った。
「ちょっと声が震えてる」
「う、うるさいな。愛こそ、早く俺を名前で呼べよっ」
「うん、
「あぁっ! ずるいぞ!!」
「だって、わたしはメイドですから」
ちくしょー!!
メイドの特権だな。
けど、愛はラインの友達リストは『竜くん』と名前登録していたな。まあ、あの事実を知っているし――ヨシとしよう。
「分かった。降参する」
「そかそか。じゃあ、ご主人様……イイコトしよっか」
「イ、イイコト!?」
* * *
――風呂を出て、まったりとした時間が流れた。メイド姿の愛と共に送る日常生活。悪くない、いや、幸せ過ぎる程に贅沢だ。
こんな時間がいつまでも続けばいい。
「今日はゲームしよっか!」
「いいね、カタナで無双して変異体ゾンビを倒すゲームがあるんだ、それでもやるか。オンラインで遊べるし、一緒にやろう」
「なにそれ、面白そう~」
最近配信されたアプリだった。
キャラクターを作成し、愛とプレイしていく。
そうして夜は更けていった。
就寝となり、愛は寝間着に着替えていた。俺のベッドに入ってくる。ちなみに、折り畳みベッドなので、あんまり広くはない。
「ま、愛……」
「いいでしょ? ご主人様と一緒に寝たい」
「……お、おう。分かった」
シャンプーの良い匂いがする。
これだけで頭がどうかなりそうだった。
頭が真っ白になりかけていると、愛は唇を突きだした。
「ご主人様、おやすみの……キス」
「なッ! だ、だけど……」
「おやすみのちゅーして」
しないと出て行かれる気がして、俺は観念した。そもそも、愛が誘ってくるんだから……いいんだよな。
身を寄せ、俺はそっと愛にキスした。
俺たちの生活は続いていく――。
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ここまでとさせていただきます。
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