間接キス

 俺のアパートの部屋は『2DK』なので、そこそこ広い。二人で暮らすには申し分ない。寧ろ、スペースが余っているというか。これで家賃四万。ペット可である。


「こ、これが天川くんのお部屋……シンプル!」

「あぁ、あんまり散らかすの好きじゃないんだ」

「これでは整理整頓が出来ないじゃないっ」


 なぜか悔しがる比屋根。

 なぜかと聞くと「えっちな本とか探せないから」だった。おいおい、今時はスマホで事足りるから、そんなエロ本なんてあるわけがない。


「残念だがアダルトなもんは無いよ」

「そんなぁ……」


 なんで肩を落とすのかなあ!?


「それより、比屋根。ずっとメイド服のままなのか?」

「うん。だって天川くんのメイドだもん」

「そ、そか……」


 こうして向き合うと……なんだか照れくさいな。比屋根はずっと微笑んでいるから、なんだか心が和やかになる。


「ねえねえ、部屋って二つあるんだね」

「ああ、洋室がふたつ。片方が俺の部屋で、もう片方はサクラの部屋。でも、比屋根が使うといいよ。サクラは俺の部屋で寝かせるから」


「いいの? わたし、天川くんと同じで部屋でもいいけど」


「――なッ!!」


 それはまずいだろう、いろいと。着替えとか見えちゃうし! けど、ちょっと見てみたい気も……いや、ダメだ。俺の身が持たない。


「冗談、冗談。まだ色々恥ずかしいもんね?」

「そ、そうだ。その内でいいだろ!」


 お互い、顔を真っ赤にして妥協した。……まったく、比屋根も気が気じゃない状態じゃないか。あぁ、もうっ!


「の……喉乾いちゃった」

「ああ、取ってくるよ」

「天川くんは、そこにいて。冷蔵庫あれだよね?」


「あ、ああ。さっそくお世話してくれるんだな」

「うん、任せて」


 感動的瞬間だ。

 比屋根が給仕を……なんだかイケナイ世界に踏み入れている気がするぞ。だけど、なんだろう、この光景……良い。


 後姿の比屋根を見ていても癒される。背中とかお尻とか……全てが可愛い。



「冷蔵庫に缶コーヒーがあるから、それを二本頼む」

「これねっ」


 中から『W缶』を取り出し、持ってくる比屋根。しかし、そこには一本しかなかった。


「あれ、一本しかなかった?」

「うん、これしかなかった」

「そうか。じゃあ、比屋根が飲むといい」

「あ、ありがと」


 蓋を開け、比屋根は缶コーヒーに口をつけた。ごくごくと喉を潤し、満足気。だけど、そこで終わらなかった。


「ん、比屋根?」

「は、はい……どうぞ」


 比屋根は、さっき口を付けた缶コーヒーを差し出してきた。こ、これって……間接キスじゃないか。


「で、でも……」

「半分こしよ。天川くんも喉乾いているでしょ? わたしは救急箱持ってくるから、どこ?」


「レンジの下にある棚だ」


 場所を教えると、比屋根は恥ずかしそうに席を立つ。俺は……俺は、缶コーヒーを持った。飲み口に近づけていく。


 ……やば、手が震えてきた。


 でも、せっかくの比屋根のご好意だ。無視するわけにはいかない。


 ゆっくりと口をつけ、俺は缶コーヒーを味わった。……うまっ。


 気づくと、比屋根が見つめていた。救急箱を持って。



「……か、間接キス、だね」

「お、おう。ありがと」



 そうして、俺は間接キスと頬の手当を受けた。



 * * *



 今日の晩飯は、カップラーメンにしておいた。料理している時間もなかったしな。



「みんな大好き、カレーラーメンだ」

「うん、これ好き。お手軽よね!」



 32型テレビに映し出されているバラエティ番組を見ながら、比屋根とご飯を食べる。なんて幸せな一時なんだ――!

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