61/「なんで開き直ってんのこの子はぁ〜」
あれからセディッカと面と向かって話す機会には恵まれていなかった。といっても、またあからさまに避けられたりしているわけではない。
とりあえず短い秋が終わるまでは、現状維持が最適解のようだから。
だからアリヤも相変わらず学業と魔女修行の二足の草鞋で頑張っている。最近は薬に関する知識のほかに、神秘や呪術のことも少しずつ勉強中だ。
魂に作用する類の薬には魔力を練り込むので、そちらもきちんと修めなければ中途半端なものしか作れない。
「……あれ? ってことは、こないだセディくんにあげたのって失敗作だったんじゃ」
「ふふ、いいえ、そんなことはありませんよ。あの薬には、私が指導するまでもなくアリヤさんの真心がたっぷり注ぎ込まれていましたから」
「そ、そうですか……ならいいのかなぁ」
今日も彼が籠っている台所をちらちら見ながら呟くアリヤに、魔女はおっとり微笑んでいる。
「そういえば、セディッカから採集に誘ったと聞きましたが」
「あ、はい、そうなんです。さっそく次の週末に……」
「最初は近場を回るくらいですから、気楽に……
「わっ、ありがとうございます! 魔女さんのお弁当って何が入ってるんでしょう……!?」
「それは当日のお楽しみですよ」
そう言われると期待が際限なく高まってしまう。
ただでさえセディッカからの提案で、薬草採集とはいえ二人で出かける用事ができたというだけで、いろいろと気持ちが浮き上がってしまうのに。
(いいのかな、わたしがこんなにはしゃいじゃって。代わりに誰かが泣いたりしないかな)
今日も心の天秤は、幸福と憂慮を比べてゆらゆら軋む。
我ながら贅沢な悩みだ。
それにしても、どうして楽しみができると途端に時間の進みが遅くなるのだろう。アリヤが世界より急いているだけ?
毎日そわそわしているせいか、生傷の増え具合も通常時より高まっている気がしなくもない。
もう今週で何度目かわからない擦り傷を消毒しながら、もうちょっと気をつけたほうがいいかな……と自分でも思う。ひとつひとつは小さな怪我だが、あまり増えすぎると週末に響くかもしれない。
そもそもこのところ小動物を拾ってもないし、反作用で転んだりぶつけたりする理由など、これといって思い当たらない。
……もしかすると、先週の午後ずっと薬屋で働いていた分が遅れて還元されているのだろうか。
「うーん……次にラーフェンさんが来たときに相談しようかなぁ……」
「今ラーフェンさんって言った?」
独り言のつもりだったが、タレイラが耳ざとく反応した。ついでにファーミーンもこちらを見る。
彼女たちは魔力を持たないからか、魅了の魔眼の効果がまだ多少残っているらしい。
「言ったけど……あ、次いつ帰ってくるかとかはとくに聞いてないよ」
「なんだ。元気にしてらっしゃるといいけど」
「ね〜、はぁーあ。今ごろ例のお嬢さんと上手く行ってんのかな〜」
「ちょっと怪しいわね。もっと強く発破をかけておくべきだったかしら。……そういえばアリヤ、あなたとセディッカさんはどうなの?」
「どうって」
「そーそー、祈望祝でも一緒にいたじゃん、いい雰囲気でさっ。でも告白したとは聞いてないなぁ〜?」
「うん、してない」
あっけらかんとしたアリヤの返答に、タレイラは目に見えてがくりと肩を落とした。ファーミーンも溜息を吐いている。
「なんで開き直ってんのこの子はぁ〜」
「えー。……あのね、なんていうか……付き合いたいとかとはちょっと違うんだ。好きって気持ちは間違いないんだけどね」
「なにそれぇ? ファーミーンも何か言ってやんなよ」
「いいわよもう」
めちゃくちゃ呆れられたふうだ。まあ、傍目には前回と同じに見えるだろうから仕方がない。
もちろんアリヤの心境は以前とは違う。単に勇気がなくて告白できずにいるわけでも、ましてや現状に甘えているわけでもない。
そもそもセディッカとはぬるま湯どころか、どちらかというと煮え湯のような関係だった。
だからこそ一方的に気持ちを押し付けるようなことはしたくない。
それに、最近思うのだ。言葉にするだけが愛情の伝え方ではないのかもしれないと。
祈望祝の夜に魔力を結んだとき、きっとアリヤたちは心でも繋がっていた。
だから、いわゆる世間が想像するような恋人同士になる必要はない。少なくとも今はこのままでいるべきだ。
アリヤではなく、セディッカのために。
・・✴︎
「珍しいじゃんファーミーン。もっと厳しく言うかと思ったのに」
「無駄なことはしない主義よ」
いつもどおりアリヤを薬屋に残し、タレイラとファーミーンは一足先に帰路に就いていた。
傍から見れば豪商のお嬢様と金魚のフンだが、二人は幼少よりの長い付き合い、いわゆる親友である。アリヤを仲間に加えたのは女学校に入ってからで、その最たる理由は『人畜無害そうだから』。
ファーミーンは立場上、妬みややっかみ、羨望などの好ましくない感情を持って近寄られることが多い。だからこそ友人選びは人一倍慎重なのだ。
「本人がああして納得した顔してるんだもの。前みたいに手をこまねいておろおろしてるのとは違うみたいだから、見守ってあげましょ」
「たしかに穏やかだったけど。まぁ、またあとで泣かなきゃいいけどさ〜っ」
「そのときこそ叱らないとね」
最初こそ打算的な付き合いではあったが、今となってはあらゆる意味で正しい判断だったと思っている。
アリヤときたら見ているこちらが恐ろしくなるほどお人好しで、彼女こそ悪意ある人間にとっては好ましい人種だからだ。
自然とファーミーンは保護者のような立回りになった。追随するタレイラも同じくだ。
ただしファーミーンは、己の課題は自分自身の力で解決せよ、と教わって育った。助け合いは美徳だが、返すあてのない借りは負債になる。
ゆえにアリヤにもなるべく深入りはしない
――その線引きが結果的に自分たちを守っていることを、彼女たちはまだ知らない。
「だいたい人の色恋で遊んでないで、タレイラも彼氏くらい作ったら?」
「それファーミーンが言う?」
「私はいい男が見つかったら即座に捕まえて婚約させる算段だからいいのよ」
「ですよね~」
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