57/「私は魔女ですから」

 気を取り直して、本日の目的たる月麭ザルミ作りを始めます。


 生地は薄く伸ばしてから折り畳んで、またしばらく休ませる。その間に中身の用意。

 魔女は水林檎サラハン丸甘瓜チプリシュ蜜椰子ドゥマカと三種類も果物を用意してくれた。それぞれ砂糖と酒で甘く煮詰めたものを切り分けた生地に包んでいく。

 なるべく形を丸く整えてから、表面に押し型で模様をつけた。包むと中身がわからなくなるのでこれが目印になる。

 扁平な円形になった生月麭を天板に並べて、あとは竈でじっくり焼き上げれば完成だ。


「それほど難しくはなさそうですね。生地を何度も畳むのが少し手間なくらいで」

「たくさん畳むと焼いたときによく膨らむんですよ。そうすると歯応えがよくなる……って、お母さんが言ってました」

「まあ、なるほど。大事なコツですね」


 焼いている間、片付けと洗い物をしながら魔女と見習いはそんな感じでのほほんとしていた。

 そこへ店番をしていたセディッカが顔を出す。薬屋は今日も通常営業だそうなので、普通にお客さんも来るのである――というわけでお呼び出しだ。


「セディッカ、火の番をお願いします」

「うん。……いい匂いがする」

「ふふ、さすが、鼻がいいですね」


 なんとなくセディッカもそわそわしているような気がして、アリヤは嬉しかった。


 さて、今日は祝日。一般的な店はたいてい休みか、でなければ祈望祝ヤーザラーン用の特別な商品を揃えて広場の路上に露店を構えるので、普段どおりの場所と形で営業している薬屋は稀な存在だ。

 行きつけが閉まっているから、という理由で、初めてここを訪れる人も少なくない。

 恐々と「普通の薬は置いてるの……?」と尋ねてきたお客さんに、ムルはいつも温かな笑顔で応える。ついでにいえば、今日はその隣にいかにも人畜無害そうな女学生が立っているものだから、相手はすぐ安堵の表情に変わった。


 魔女の薬屋といっても、毎度そんなに特殊な相談があるわけでもない。ごく普通の、腰痛腹痛に頭痛、眩暈立ち眩み息切れ動機、疲労回復に肩こり寝不足、滋養強壮までなんでもござれ。

 一人ずつ丁寧に話を聞き、それぞれに合った薬をその場で調合するか、あれば作り置きのものを渡す。


 今回のお客さんは頭痛薬が欲しいとのことだったので用意があった。もちろん身体に合わないということもあるので、使ってみて問題があるようなら個別に調合を変えたりもする。

 しばらく話している間にすっかり魔女に慣れたその人は――ちなみに若い女性だった――自分も微笑みながら薬を受け取ったあとで、ふいに少し、泣きそうな顔をした。


「どうかなさいましたか?」

「いえ、……あの、もうひとつ相談しても、いいですか」

「もちろんです。……それは私一人でお伺いしたほうがよろしい内容でしょうか? それとも彼女が同席しても構いませんか?」

「え、っと……大丈夫です、女の子なら……」


 アリヤと魔女はそこで、おや、と眼を見合わせる。どうやらちょっと込み入った内容らしいと察したからだ。


 そこからの対応は誇らしいほどに早かった。

 まずアリヤは表に出て、呼び鈴と「しばらくお待ちください」の札を並べておく。他のお客さんが途中で入って来ないように、一応鍵も掛けた。

 同時に魔女は念話テレパシーでセディッカに通告した。良いと言うまで台所から出てこないように、と。

 それぞれがするべきことを、口頭で指示を取り合うこともなく息を合わせて実行したのだ。ここ数日は薬屋に入り浸って助手らしくしていた甲斐があったというもの。


 ちなみに相談内容は、子どもができない、というものだった。それも自分と旦那さん、両方の親から孫が見たいとせっつかれているのだとか。

 だいぶ精神的に参ってしまっているようで、女性は最後には泣き出してしまった。


「それはおつらいですね。まずはお話してくださって、ありがとうございます。

 ……残念ですが、そういった問題は薬だけではどうにもなりません」

「そ、う……ですか……やっぱり……」

「ああ、誤解なさらないで。子どもは天からの授かりものですから、地上の我々には手出しができない、という意味です。個人の健康上の問題であれば薬で対処できますが……。

 それと、ご家族のお考えは、それが各々の今の魂のありようですから、まじないで無理に変えてよいものではありません。話し合っていただくしかないんです」


 アリヤは何も言えないので、ただ女性の前に温かいお茶を出すので精一杯だ。


「ですが、今のあなたはずいぶん疲れていらっしゃいますから、改めて話し合うのもおつらいかと思います。そのお手伝いならできますよ。直接ご自宅にお伺いしてもよろしいですか?」

「えっ……い、いいんですか!? でも、あの……みんな話を聞いてくれるかどうか……」

「そのご心配は無用ですよ。私は魔女ですから」


 それは自分も経験したことなので、アリヤも隣でうんうんと頷いておく。

 今ならなんとなくわかる。魔女たちは対話の際、相手の魂を魔力で包むのだ。

 脅しではないが、言うなれば相手の顔をこちらに向けて固定させているような感じで、相手はどうしても魔女を無視できない。そうして直接魂に語り掛けるから、ただの人に同じことを言われるより何倍も説得力を感じるのだろう。……たぶん。


 女性は泣きながら頷いていた。そして、ちょうど今日は祝日のため、親戚が顔を合わせる絶好の機会なのだという。


「それなら善は急げ、ですね。さっそくお伺いしましょう。アリヤさんは……セディッカに一人で留守番をさせるのもなんですから、あの子を広場に連れて行ってもらえますか?」

「あ、はい。……なんで広場に?」

「実は今まで祈望祝のお祭りに行かせたことがなかったので、いい機会かなと」


 てっきりアリヤも魔女に同行するものと思っていたので拍子抜けだった。

 しかし、言われてみれば話し合い、というか説得の手伝いはまだできないし、ついていっても役には立てない。社会勉強にはなるくらいか。


 ともかく魔女とお客さんを見送ってから、はたと気付く。

 ……セディッカと二人きりになってしまった。



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