49/「要するに物々交換ですね」
異例の早さで補習を切り上げたことには友人たちにも驚かれた。もちろん、休憩時間もすべて復習に充てていたことは彼女たちも知っているから、そのこと自体よりアリヤの胆力にびっくりした風だ。
「なんかさ、……大丈夫?」
「……うん? なんでわたし心配されてるの?」
「だって今のあなた、なんていうか無茶苦茶なんだもの。……こういう言い方はなんだけど、生き急いでるみたいで……」
「あはは。修行とか、やりたいことがいっぱいあるから、早くそっちに集中したかっただけ。それより薬屋さんに行こ!」
たしかに全身全霊で奮闘している姿は、そう捉えられてもおかしくはないだろう。我ながら無茶したなぁ、と自分でもやや呑気ながら思うくらいだし、傍目からはもっと危なっかしいのかもしれない。
けれどもそんな無理無謀は昨日まで。
今日からは魔女修行に戻る。今度はそちらで成果を上げなくては。
少し前までは「魔女の弟子としてセディッカに認められたい」という、漠然とした、目標というよりは願望に近い思いを抱いていた。
もうそんな段階ではない。というか、今見据えるこの壁を超えないかぎりは認められるもへったくれもないとわかっている。
つまり、こうだ。
「魔女さん。わたし、作りたい薬があるんです」
端から雑談の輪には加わらず、アリヤははっきりとそう宣言した。魔女はきょとんとしてこちらを見つめ返す。
タレイラとファーミーンも、今度はいったい何が始まるんだ、という顔でアリヤを見た。
ちなみにセディッカの姿はない。店に出ていないのではなく、この建物内のどこにもいないのだと、今のアリヤにはわかる。
彼の魔力は瞳と同じ蒼碧色で、それがどこにも見えないから。
元はどれも同じようにラーフェンから与えられたものなのに、ムルもアリヤもそれぞれ違う色を持つらしい。理屈や理由は知らないけれど、魔女のそれは淡い
「薬、ですか?」
「はいっ。もちろんまだその段階じゃないのはわかってます。けど……ひとつだけ、今すぐ作り方を覚えたい薬があるんです。
ところでセディくん、今日はちょっと遠出してるんですか?」
「……あぁ、そこまで感じ取れるようになったんですね」
魔女の言葉に黙って頷く。集中して探れば、店内どころか街の中にも彼の気配がないのがわかる。
いつかはもっと遠くまで感知できるようになるんだろうか。ラーフェンが、外国に連れ去られたムルを見つけられるように。
「動物由来の素材を仕入れに出ているんです。少し遠いところなので、戻るのに三日はかかりますが……あの子にご用ですか?」
「いえっ。むしろ、しばらく居ないなら、ちょうど良かったかも」
会えないのは寂しいけれど、その間少しでもセディッカの心が穏やかでいられるのなら、それはいいことだ。
むしろこの焦がれる想いこそがアリヤを突き動かす原動力になる。恋が満たされないから、飢えているからこそ、途中で足を止めずに走り続けられる気がする。
アリヤが苦しんだ分、
こちらの決意を感じたのだろう、魔女はまっすぐにアリヤを見つめて、静かに頷いた。
あるいは自身を滅ぼしかねないほど深く苛烈な愛情について、彼女自身にも覚えがあるからだろうか。
お互い、届くことのない相手に恋をした。ムルにいたっては愛することすら許されていない。
きっとこれは特異点の宿命で、自分たちは人と同じ幸福を得てはいけないのだ。だから痛みに鈍く生まれた。
でも、それは不幸なんかじゃない。
そもそも特異点であるなしに関わらず、人はみんな違う。顔も、生まれや暮らしも、好きなものも。
それならこの手で抱き締める喜びの形が、周りと同じものである必要は初めからないのだ。
その日からアリヤの修行には新たな目標が設置された。
基本的には前回までと同じく薬草の下処理の続きだが、セディッカが帰ってくる三日後に向け、ある薬の調合法を覚える。本来ならまだアリヤが手を出せる段階にはないものだ。
奇しくもその材料の一部は動物由来。というか、だからこそまだ薬草しか扱いのわからないアリヤには早すぎるのだが。
ともかくセディッカが帰ってこなければ薬は完成しない。
薬や素材の中には加工してから短時間で変質してしまうものもあるが、幸い今回はそうではないらしいので、少しホッとした。まだ薬の調合自体が不慣れなのだし、落ち着いて取り組めるに越したことはない。
「ところで動物素材って、セディくんが狩りをするんですか?」
「いえ、今回は
欲しい素材によって取引する相手が変わるんです。アリヤさんが正式に魔女になったら、一度ご挨拶に回りましょう」
「はいっ。……想像すると、ちょっと緊張するかも……」
「ふふ、大丈夫ですよ。ご親切にしてくださる方ばかりですから」
思えば薬草だけでもものすごくたくさんの種類があって、とてもこの近辺だけでは集められないだろう。ただでさえザーイバの周囲は砂漠地帯だから植物に乏しい。
取引相手が遠くにいるなら、翼を持つセディッカはうってつけだ。
空を飛べるのってどんな気分なんだろう。いや、彼の場合はそれが当たり前だから、人間の姿になった途端に身体を重く感じたりするのだろうか。
でもあの小さな身体では、あまりたくさんの荷物や重いものは運べないだろう。そういうときはどうするんだろうか?
いつかラーフェンがやっていたみたいに、服の袖にすべて収納してからコウモリに変身できるのだったらいいけれど……なんとなく、あれは魔神だからできる特別なことなのでは、という気がする。
……なんて。
結局、セディッカがいなくても、なんだかんだで彼のことばかり考えてしまうのだ。
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