47/「いなくなっちゃうなんて寂しい〜ッ」

「おはよ、……うひゃっ!?」


 全快したアリヤが久しぶりに登校すると、のっけから友人たちがいきなり無言で突進してきた。

 二人がかりで両側から抱き締めるというか、組み付きに近い状態で、正直ちょっと痛い。驚いてぽかんとしていると、まずタレイラが叫ぶように言う。


「アリヤのばかぁ! 心配したぁ〜!」

「え、あ、ごめん……?」

「なんで疑問系なの!」

「だ……だって前回の、黙って二週間もいなくなってたのよりはマシかなって、思ってたから……」

「もちろんそのときだって心配したわよ! でもそれはそれ、これはこれでしょう!!」


 ファーミーンに耳元できゃんきゃん吠えられて頭がきーんとしたが、これも罰というか反作用なのかなぁ、と思って我慢した。

 両親やセディッカだけではない。アリヤが危険に身を投じることを恐れる人たちは思ったよりも大勢いるようだ。

 これからは、その全員を安心させられるようになりたい。ならなくてはいけない。


 そして予想どおり、今回も欠席分を取り戻すために放課後の補習が決定した。覚悟はできていたし、なんなら前より短い期間で済みそうなので、とくに悲しいとも思わない。

 それどころか、むしろ少しホッとしていた。


 なんというか……回復してすぐセディッカに会うのはさすがにアリヤも気まずかったのだ。

 これで薬屋に行けない対外的な理由ができた。


 もちろん逃げ続ける気は毛頭ない。もっともっと成長しなくちゃいけなくて、そのためにやるべきことは山積みなのだから、できるだけ早く修行に戻りたいと思う。

 何より、好きな人に会いたくないわけがない。

 でもそうしてあれこれ焦がれているのはアリヤだけで、彼にとっては負担になってしまう。だから今は逸る気持ちを堪えて、セディッカのために、ほんの少し時間を置くべきだ。


 ……と、思っていたのだけれど。


「あ、ねえアリヤ、今日ラーフェンさんが帰っちゃうって話はもう聞いた?」

「へ……そうなの!? 初耳だよ」

「え? お休み中に何も連絡なかったの?」

「うん……お薬は届けてもらってたけど、わたしは直接会ってないし……」

「えーっ何それ」


 あの特製の増血剤、作ったり届けてくれたのは恐らくセディッカだ。彼も気まずかったのだろう――アリヤに対してはもちろん、生真面目な彼のことだから、薬を受け取った母に対しても。

 たぶんアリヤの母が知っていて黙っていたわけではない、と思う。


 それに倒れたのは魔女も同じだから、セディッカはムルの看病で忙しかったはず。

 どのみち友人たちが知ればアリヤにも伝わるし、現に今まさにそうなっているのだから、これといって問題はない。

 もちろん蚊帳の外にされた寂しさはある。けれど、アリヤが彼を傷つけたせいもあるのだと思えば、とても文句など言えなかった。


 まあともかく、補習のあとで薬屋に行くことが決定してしまったのである。



 店先には休業中の札が出ていた。セディッカ一人で手が回らないから、今は日中のわずかな時間しか開けていないらしい。

 アリヤたちも店内には入らず、裏手に回った。

 勝手口から顔を出したラーフェンは、まずアリヤを見て微笑んだ。大丈夫そうだね、の一言に、彼も心配してくれていたらしいと感じながら、アリヤも笑顔を返す。


 やっぱりこの魔神は優しい。たまたま魔物の性を生まれ持ってしまっただけで、誰かを傷つけることを悦ぶような心の持ち主ではないのだ。

 そうでなければ、ムルのような優しい人から愛されるはずがない。


「みんなわざわざ来てくれたのかい、ありがとう」

「当たり前ですよぉ! も〜、ラーフェンさんがいなくなっちゃうなんて寂しい〜ッ」

「きっとまたいらっしゃいますよね? ねぇ?」

「はは……うん、まあ、そのうちね」


 タレイラたちがしがみつくようにして名残を惜しむのを、魔神は苦笑しながら応対している。アリヤはその肩越しに室内を窺った。

 魔女は卓に着き、おっとり微笑んでこちらを眺めながらお茶を飲んでいる。見たところは彼女ももう快くなったようでひと安心だ。

 そしてその傍に立っているセディッカは、じっとアリヤを睨むように見つめていた。


 眼が合った瞬間、アリヤの胸はぎゅっと震える。

 反対にセディッカは捨て去るような風情で顔ごと逸らした。髪留めの硝子玉が揺れてちらりと光ったのが、まるで涙が散るようにも見えた。


 ぐっと、息を呑み込む。


 傷つけたことは当然わかっていた。そのうえで、それでも自分の選択は間違っていなかったという確信もあったから、今日までちゃんとこの足で立っているのだ。

 けれど目の前でこんなに辛そうなセディッカを見てしまうと、アリヤの意志を支える柱に亀裂が走ったような心地がした。


 今のアリヤには魔力が視える。各々の魂から溢れ出ているその色は、感情によって輝きが変わる。

 だからセディッカのそれが、心の苦痛と悲しみにひどく濁ってくすんでいるのが、はっきりわかってしまった。


 母の言葉が脳裏に蘇る。

 ――どんなに立派なことをしたとしても、心から誇ってはあげられない。それ以上に悲しくてつらいから……。


(お母さん、……わたしにもわかったよ)


 他の全員を救えても、たった一人を取りこぼしてしまうなら。他ならぬセディッカを苦しめるなら、世間一般の正しさなんて、なんの意味もなかった。

 偽善ぶった「いい子ちゃん」で良いや、だなんて思えない。思いたくない。


 それでも向かう道を変えられないなら。

 意味がないなら、作るしかない。どうしても傷つけてしまうなら、それより多く救って、癒せるようにならなくてはいけない。

 これからアリヤがなるべき「魔女」は、そういう存在でなければならない。


 立ち止まっている暇なんて、ないんだ。



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