第六幕 ✴︎ 悪霊の黄泉還り
39/「絶対、避けられてます」
ふたたびアリヤの魔女修行の日々が始まった。
薬草の種類を把握したら次は下処理だ。より実践的な内容に、一歩進んだ、という実感が湧く。
刻んだり
それにただ文字を追いかけるより、実物に触れるほうが早く覚えられる気がするのだ。
何もかも順調――と、いいたいところだが。
「あら、今日もセディッカさんはお休みなのね」
「夏だってのに風邪でも引いたのかね〜?」
ドンマイ、と友人に肩を叩かれる。
そう、このところセディッカはあまり店にいないことが多くなった。
奥に引っ込んでいるだけで、そこまで具合が悪そうには見えないし、ときどきは顔を出す。それに帰りも一応、以前と同じように送ってくれている。
だから病気というわけではないらしいけれど、心配なことには変わりない。
「ふむ、このままだと僕も向こうに帰りづらいな」
「え〜! ラーフェンさん、ずっとこっちにいてくれないんですかぁ〜!?」
「はは。そう言ってくれるのは嬉しいけど、ムルの怪我もだいぶ快くなったし。僕にも都合があるんだよ。待たせてる人もいるしね」
「……あっ例のお嬢さん……」
「あっ……くうぅ……そういうことなら私たちも身を引かなくては……っ!」
そんな会話を横目に、アリヤはそっと奥、つまり魔女たちの生活空間へ続く扉を見やる。戸板に刻まれた、何かの呪文らしい文字や記号の意味はまだ習っていない。
セディッカが顔を見せる気配がないまま、時間だけが過ぎていった。
「――あら、もうこんな時間。そろそろ帰りませんと」
「きみんちは門限が厳しいんだっけ?」
「ちょっとでも遅れたら一週間は外出禁止になるんですよ〜。さすが大商家のお嬢って感じ」
「貴族でもないのに堅苦しすぎよね。ともかく、皆さんご機嫌よう」
「アリヤはまだ残って修行だよね、頑張れ〜」
「うん。二人ともまた明日、学校でね」
帰っていく友人たちを見送りながら、アリヤは小さく溜息を吐いた。
二人が一緒に残ってくれたら、帰りに暴漢に出くわすこともセディッカと気まずい時間を過ごすこともない。けれど今言っていたようにファーミーンは家の決めた門限が厳しく、彼女がひとりで危ない目に遭わないよう、タレイラも一緒に帰る。
アリヤもそれは仕方がないことだと思う。
修行のために居残るのは、自分で決めたこちらの都合で、友人たちを無理に付き合わせてはいけない。
わかっているから引き留めたりはしないけれど。
タレイラとファーミーンが帰ると薬屋は一気に静かになる。恐らくそれを見計らって、しばらくするとセディッカが顔を出す。
言葉どおり頭だけを扉から出して店内を見回し、アリヤが残っていることを確認すると、彼はようやく中から出てくる。
けれど一言の挨拶もなしに、すぐ脇の台所へ引っ込んでしまうのだ。
修行は魔女との
でも、そうでないことはすぐにわかった。
「セディッカ、煮出しをするのでお湯を半量沸かしておいてください。
さてと……では、アリヤさんには、私が指示した薬草を棚から取り出してもらいますよ」
「はいっ」
言われたとおりに材料を揃えて分量を計り、それを抱えて台所へ。店内に
セディッカは椅子に座って火の番をしていたが、アリヤが入ってくるなりぎょっとした表情になって立ち上がる。
そしてそそくさと出ていくのだ。店のほうに行くこともあれば、また奥に引っ込んでしまう日もあり……どうやら今日は後者らしいと、扉を閉める音を聞きながら思う。
このところ、ずっとこんな調子だ。
毎日のように薬屋に通っているのに、ほとんど顔を見られなければ、ろくに会話もできない。そのうえ明らかにおかしな反応、態度。
「……わたし、またセディくんに何かしちゃったんでしょうか……?」
「え?」
「なんか最近ものすごく避けられてる気が……っていうか絶対、避けられてます、よね」
しょんぼりしながらアリヤが言うと、魔女とラーフェンは顔を見合わせた。
「あーあれね、あまり気にしないでやって……というのは難しいかな。でも別にきみが嫌われてるわけではないよ。それは僕の担当だから」
「まあ、そんな担当は辞めてください。
……とりあえず、セディッカにはあとで私から話しておきますね、たしかに失礼ですもの」
「あっごめんなさい、魔女さんに気を遣わせちゃって……」
なんだかよくわからないまま、その日は気を取り直して修行を続けた。というより、本当はあまり深く悩みたくなかったから、作業に没頭することで気を紛らわせた。
嫌われているわけではない、というのは、そうかもしれない。最初のころの冷たくて棘だらけの対応とは少し違う。
きつい言葉をかけてきたり、仏頂面であしらわれているわけでもない。
ただ避けられている。これではまるでアリヤと同じ空間にいたくない、と言われているようでどうにも悲しい。
……修行の間はまだいい。
問題は帰り道。本当なら嬉しかったはずの、二人きりの時間が、今は以前にもまして気まずい。
なんかもう義務感だけでこなしていますという空気も露わなセディッカは、あからさまにアリヤと距離を空けて歩く。もちろん会話はない。
地面に並ぶ、妙に離れた二つの影を見るにつけ、いたたまれない気分になった。
沈黙がつらいというより、とにかくセディッカが何がしか無理をしているらしいとひしひし感じられるのが、苦しい。
送迎を断ろうかとも思った。けれどやっぱり一人で帰るのはまだ怖い。
アリヤの甘えのせいでセディッカを苦しめているのではないか――それこそが何よりもつらいのだ。
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