28/「必ずしも魔女になる必要はありません」
魔女による世界の均衡についての説明を、アリヤの両親は真面目な顔で聞いている。
一般市民からすればあまりにも荒唐無稽な話だから、作り話だと思って呆れたり腹を立てたりするのではないかと不安だったけれど、父も母もそんな素振りは見せなかった。
拍子抜けというか、少しほっとしたというか。
この感じには覚えがある。いつか帰り道で暴漢に襲われかけたときも、セディッカのとりなしで魔女修行をすんなり許容される珍事があった。
たぶん魔女や使い魔は「相手に自分の話を受け入れさせる」ことができるのだろう。どうやってかはわからないけれど、何かきっと神秘の力で。
前回も今日もアリヤとしては助かるけれど、同時にますます疑問は大きくなる。
アリヤはただの見習いだ。それも修行を始めたばかりで、彼らの役に立つどころかまだ手伝いさえ満足にはできないし、特異点であることも今のところ長所ではない。
そもそも最初にセディッカから言われたとおり、魔女は後継者を募集してはいなかった。
こちらが一方的に志願して、それが受け入れられただけでも、充分すぎるくらいなのに。こんなに良くしてもらえる理由がわからない。
「……特異点、なあ」
「たしかにアリヤは小さいころから怪我が多かったけど、単にこの子がそそっかしいからじゃあ」
「お、お母さん……」
いや自分でも正直そう思うけれども。
思わず苦笑いしてしまったが、たしかにアリヤが特異点であるという明確な証拠はない。薬屋の皆さんが揃ってそう言うから信じることにしたけれど。
「因果は眼には視えませんから、すぐには信じていただけなくても構いませんが……ひとつだけ申し上げておきます。アリヤさんには知識が必要です」
「知識?」
「私の許に通うからといって、必ずしも魔女になる必要はありません。ですが特異点に生まれた以上、アリヤさんの人生は決して楽なものではないでしょうから……薬や呪術の知識も、身を護る術のひとつと考えていただきたいのです」
――『最後に決めるのは私ではありませんから』。
なぜかそこで、いちばん最初に聞いた言葉がアリヤの胸を去来した。魔女になりたいと打ち明けたあの日に言われたこと。
あれは、そういう意味だったのか。
それ以上はまだ話し合える段階ではないからか、ムルたちはそのあと帰っていった。
ラーフェンとセディッカはあくまで付き添いに努めていたのか、最後まで一言も話さなかった。謎の同伴者たちについて、両親が一度も「あれは誰?」とか言わなかったあたり、存在感を消す方法なんかもあるのかもしれない。
ともかくアリヤを気にかけてもらえる理由については明確な答えは出なかった。
実際、向こうにしてみたらそんなに大した訳でもないのかもしれない。自分と同じ特異点だから、というだけで、あの人たちにとってはこうするのが当たり前なのかも。
それをこちらが重く受け止めすぎなのか。
(……ううん、でも、このままじゃダメだよね)
仮にそうだとしても。特別扱いしてもらっているかどうかなんて、そもそも関係ない。
一方的にもらってばかりではいられないのだ。
これまで魔女という存在に対して、神秘的で素敵で、人の役に立てる立派な人、くらいの認識でいた気がする。
魔女になりたかったのも、きっと「いい子ちゃん」の延長線のような気がしていたからだ。どうせそう呼ばれてしまうなら、誰もが認める善良な存在になろう――その例が魔女だっただけ。
もうそんな漠然とした憧れだけでは、この先に進んでいけない。
(わたし、もっとがんばらなきゃ!)
アリヤは決意を新たにした。
そんな娘を見て両親は顔を見合わせていた。
結局この日は二人とも結論を出すことはなかったが、それもアリヤの将来を真剣に考えてのことだろうし、何より聞いた話を咀嚼する時間が必要なのはアリヤにもわかる。
それに、……焦っても仕方のないことは、もうひとつあった。
ちょうどよく――もちろんアリヤとしてはぜんぜん良くないのだけれども、家族の事情とは関係ないところでも、問題が発生したからだ。
欠席していた間も学校は通常どおり授業を進めていたわけで、二週間もの遅れを即座に取り戻せるほど、アリヤは飛び抜けて秀才ではない。
つまり久しぶりに登校した少女には、いわゆる補習がたっぷり待ち受けていた。
もちろん基礎をきちんとしなければ現行の授業にもついていけないし、魔女修行の前に学生としての本分を果たさないのでは、両親にも納得してもらえないだろう。そこに異存はない。
ない、けれども。
補習授業は放課後に行われる。つまり当分の間、薬屋に顔を出せないことが確定した。
「はぁぁ……納得はできるけど、それはそれとして寂しい……」
「ドンマイ。でもまぁ、どのみちしばらくはお店の片付け三昧だし、うちらものんびりお茶って感じでもないさ〜」
「そうそう。とりあえず、魔女さまには私たちから話しておくわね」
「うん、よろしく。それじゃまた明日ね」
未練をぐっと堪えて友人たちを見送る。片付けだろうがなんだろうが、薬屋に行けるという事実だけで充分すぎるほど羨ましい。
いい香りのするお茶、友人たちとの他愛もない雑談、とびきり美味しいお菓子、そしてセディッカ……。
好きなものをみんな我慢して一人寂しく机に向かわねばならない切なさが、胸に溜まって深い嘆息を生む。
きっと無意識に溜息を繰り返していたのだろう。先生が訝しげな表情を浮かべているのに気づいて、慌てて背筋を伸ばすけれど。
手許の文字をなぞり、教科書を読み上げながらも、思うことはひとつだけ。
(セディくん、今どうしてるかな)
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