27/「いくら娘の夢だからといって」

 アリヤの不安は杞憂に終わらなかった。

 満を辞して帰宅した彼女を待っていたのは、号泣する母、言葉を失い震える父。そしてそのあと一晩じゅう小言と泣き言の入り乱れた説教が続いた。


 両親は一人娘のアリヤをとても大切にしてくれている。それはよくわかっているから、心配をかけたのは申し訳ないし、その愛情の深さを心からありがたく思った。

 とはいえ。

 薬屋の魔女には近づくな、というのは承服しかねる。


 またアリヤが馬鹿正直に話したのもよくなかった。

 つまりだ。魔女が悪い人に攫われたので助けに行ってたの、途中で殺されかけたりもしたけど、このとおり無事だから大丈夫だよ。というのは少々真っ向勝負がすぎたのだ。


 二度とそんな危険な真似はしないでくれ、と涙ながらに訴えられた。それはもっともだとアリヤ自身も思う。

 でも、その原因が魔女であるかのように言われるのは心外だ。

 今回はたまたま危険な妖術師に魔神が狙われて、そのとばっちりで攫われてしまっただけ。ムル自身は優しくて善良な人だし、そもそもアリヤも巻き込まれたのではなく、自分から救出に志願したのだから。


 しかし何を言っても話が拗れる。今の両親はどちらもまったく冷静ではなくて、アリヤの言葉が半分も耳に入っていない感じだ。

 ……まあ、今まで大人しかった娘が二週間も失踪したら、そうなるのも無理はないのかもしれない。


 取りつく島もない状態に疲れたアリヤは、今日はもう休むと言って自室に引っ込んだ。けれど眠れそうにはなく、そのあとも布団の中で悶々と考え込んでいた。

 どうしたら今後も魔女修行を続けられるだろう。

 何と言えば両親はわかってくれるだろう。魔女が善良で素晴らしい人であることは、ザーイバ市民であれば知っているはずなのに。


 ……。

 いつの間にかアリヤは眠っていた。


 窓から差し込む朝陽は黄金色に輝いているが、アリヤの落ち込んだ気分はそのままだ。溜息まじりに着替えを済ませて居間へ降りる。

 テーブルの上には平焼きの丸いパン、豆とハーブを煮詰めた伝統スープ、果物やヨーグルトなどが並んでいる。いつもの食べ慣れた朝食も、しかし今日ばかりは味気ない。


 明らかに気落ちしている娘のようすに、両親も不安げな表情でアリヤを見つめていた。

 そうして心配してくれるのはありがたい。けれどもアリヤだって大人にならねばならないのだ、いつまでも守られてばかりではいられない。


 いつになく気まずい雰囲気の朝食をなんとか終えて、アリヤが席を立とうとした、そのときだった。


「――ごめんください」


 聴き覚えのある、美しく澄んだ女性の声。

 アリヤはハッとして玄関に視線を向けた。といっても壁と廊下を挟んでいるから、居間からでは直接は見えないけれど、それでも。

 ……感じる。確信がある。自分の中に、繋がったものがまだ少しは残っているから。


 そこに、魔神インプンドゥルの気配があることだけは、はっきりとわかる。


 やがて応対した母に連れられて、もはや見慣れた三人組が顔を出した。魔女と人型のセディッカ、そしてやはりラーフェンだ。

 恰好としてはまだ傷の癒えないムルを男性ふたりが両側から支えている状態だった。


「ま……魔女さん!? 無理しちゃダメですよ! それにどうしてうちに……」


 思わず駆け寄ったアリヤに、魔女は静かな微笑みを返す。

 それから彼女は、少女の背後でやや呆然と立ち尽くしているその両親に向かって、まだ震えの残る声で言った。


「朝早くに失礼いたします。私は、マルディナ通りで薬屋を営む魔女でございます」

「……あ、あなたがあの……」

「大切なお嬢さまをお預かりしておきながらご挨拶が遅れまして、失礼いたしました。……そのうえ、何の説明もせずにこちらの都合でアリヤさんを連れ出し、あまつさえ危険な目に遭わせてしまったことを、深くお詫び申し上げます……」


 ムルは胸の前で両手を握り合わせている。昔はそうして己の心臓に短剣をあてがい、相手に謝罪の意思を示したのだそうだ。


 突然の訪問に加えて、思いのほか丁重な魔女の態度に、アリヤの両親はぽかんとしていた。

 父は日用品を作る陶工で、母は専業主婦。どちらも神秘の世界とは無縁の仕事、地に足のついた平凡な暮らし……ザーイバに住んでいても、魔女と関わりを持たない人はいくらでもいる。

 噂くらいは耳にしても、自分たちとは別世界に暮らす有名人、くらいの感覚であったろう。


 しばらく互いに無言のまま、時間だけが過ぎた。


「……え、ええと、あの」


 ようやく父が口を開いたものの、何を言っていいのかわからないようで、もごもごしている。しかも相手が絶世の美女なだけに、表情にちょっと照れを感じなくもない。

 同じことを感じたらしい母が嗜めるように横腹を突っつき、父はハッとして姿勢を正した。


「ご、ご丁寧にどうも……ひとまず謝罪はお受けしましょう」

「ありがとうございます」

「そのぅ……娘からも少しは話を聞いておるんですが、できれば貴女に説明してほしいんです。つまり、うちの娘が魔女になりたがってることを、そちらはどう考えているのか……。

 今回だって、危険だとわかっていて娘を連れて行ったんじゃないんですか。

 もちろん私たちは親ですから、アリヤに何かあれば黙っていない。いくら娘の夢だからといっても、無責任な人にこの子を預けられません」


 思いのほか真剣な父の言葉に、思わずアリヤも背筋を伸ばした。急に緊張してきたのか、胸がとくとく脈を打つのを、なぜか妙にはっきり感じる。


 魔女修行を頭ごなしに否定しているわけではなかったのか。それとも魔女の態度を見て、前向きに考えてみようと思ってくれたのかもしれない。

 だとしたら、……ううん、そうでなくとも。

 アリヤも聞きたい。あのときは緊急時だったとはいえ、どうして自分を後継者に選んでくれたのか、アリヤを彼らがどう考えているのかを。



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