25/「きみを生かしておく理由がないだろう」
朝。柔らかな木洩れ陽を浴びて、アリヤは心地よく眼を醒ました。
初めての野宿にしてはぐっすり眠れたし、硬い地面で寝ていたわりに身体はちっとも痛くない。いい気分で背筋をぐーっと伸ばしながら、なんとなしに隣を見ると、思ったより近くに翡翠色の眼があった。
「ッ……お、……おはよぅ……」
「? ああ、おはよう」
アリヤは心臓が止まりそうになったというのに、セディッカはその意味すらわからなかったようできょとんとしている。いやまあ、変に察されて気まずくなるよりは、何もないほうがいいけれども。
それに冷静に考えたら昨日は思いっきり隣で寝ていたんだった。どうも彼がコウモリの姿だと、アリヤもあまり意識しないでいられるようだ。
ちなみにセディッカは魔女の世話をしているらしかった。魔神たちに手を貸してもらったのか、木製の桶に水を汲んで、濡らした布でムルの顔を拭っている。
「魔女さん、おはようございます。具合はどうですか?」
「おはようございます。ご迷惑をおかけして、ごめんなさいね」
「いいんですよ! いろいろ大変だったんですからっ。
……それよりセディくん、もしかして……わたしがいちばん起きるの遅い……?」
「そうだな。じゃ、全員揃ったところで朝食にするか」
うう、いちばん下っ端のくせに朝寝坊とは痛恨の極み。
アリヤは悔しさを噛み締めながらも、せめて朝食の支度は率先してやろうと思って立ち上がる。昨日集めた果物がまだあったはずだ。
そして辺りを見回して気づいた。ラーフェン以外の魔神たちの姿がない。
「あれ、皆さんもう帰っちゃったんですか?」
「そうだよ。もう少し早く起きてたらキンキルシくらいには挨拶できたかもね」
「あぁ……昨夜あんなにいろいろお世話になったのに……」
「ははは。まあ気にしなくていいよ、きみが囮役を務めてくれたから彼らを救出できたんだし……なんだいセディッカ、まだ怒ってるのかい?」
「まだも何も、あんた一度もアリヤに謝ってないだろ」
むっとした表情のセディッカを見て、なんか変だな、と思った。
彼が、ではなく。なんというか、今までセディッカにそういう顔を向けられるのはアリヤだったから、他の人が辛辣にされている光景を見るのは不思議な感じだ。
こちらに対してはすっかり嫌な態度をとらなくなったのは、アリヤとしては嬉しいけれど。
特異点の話をしたとき、これまでアリヤに対して溜めていたらしい苛立ちをぶちまけたから、それですっきりしたのだろうか。
それとも今は魔女の臨時の代理(ああ、なんかものすごく回りくどい……)だから、使い魔として一歩引いているのかもしれない。そういうところはすごく真面目な性格みたいなので。
「でも囮にすることはいちばん最初に言ったよ?」
「……そのあとわざわざ嘘の打ち合わせをした件はどうなんだ。しかもムルの代わりにアリヤを差し出すなんて、
「い、いいよセディくん、済んだことだし」
「よくない。ラーフェンはいつもそうだ。だいたい、妖術師の目的がムルじゃなくて自分だっていつから気付いてたんだ、それも一言もなかったじゃないか」
使い魔の立腹ぶりには魔女もちょっと苦笑している。そして当の詰め寄られている魔神はというと、あっけらかんと「最初から」と答えていた。
「だってムルが目的なら、きみを生かしておく理由がないだろう」
「ああ……そうですね、セディッカがあなたを呼び出すことくらい、あの人も考えていたでしょうし」
「うん、だから使い魔を生かした時点で僕が狙いだってことは明白だ。罠だとわかっててノコノコ顔を出すのも馬鹿らしいけど、それ以外の状況は読めなかったから、騙されたふりしてようすを見たんだよ。他の連中がどこに何体捕まってるのかわからなかったし、あと彼らを解放するのにも多少時間が欲しかったしね。
それで、ああすればセディッカが途中で我慢できなくなって飛び出してくるだろうから、その隙に……。……あーうん、ごめん。すまなかった」
ぺらぺらと調子よく話していたのに、ラーフェンは急に尻すぼみになって謝った。
ちょうどそのときアリヤからはセディッカの背中しか見えなかったのだが、そんなに恐ろしい表情をしたんだろうか。……魔神が怯むほどの顔とは?
そのわりに魔女はちょっと笑うのを堪えていたように見えたのだけれど。
そのあと四人で果物をたっぷり食べた。
国が違うだけあり、ザーイバの市場では見ない種類の果実だ。皮が分厚く、薄ピンクの半透明の果肉に甘酸っぱい果汁がたっぷり詰まっている。
朝にはぴったりの味わいで、これでお茶と平焼きパンと、あとは水牛の乳のヨーグルトがあったら完璧だなあ、とアリヤは思った。
が、そうではなさそうな顔のセディッカに気づく。眉間にしわがよっていた。
「あれ、セディくんこれあんまり好きじゃないの?」
「少し酸味がきつい……」
「ふふ、セディッカは甘党なんです。よく食べるのは
「へえ~」
そうか。だからあのとき、丸甘瓜の食べっぷりが良かったのか。
納得したし、果物にむしゃぶりつくコウモリの顔はけっこうかわいかったなあと思い出して、アリヤはなんだかほっこりした。
そんな彼女を、当のコウモリ人間は少し複雑そうな顔で見ていたとか。
ともかく腹ごなしを済ませたあとは帰り支度をする。といっても荷物も何もないので、どちらかというと鳥の姿に戻ったラーフェンの背中に、いかに魔女を落ちないように乗せるかを腐心することになった。
ムルはまだ手足に力が入らないのでしがみついていられないのだ。ちなみに朝食もセディッカが食べさせていた。
「うーん、わたしがうしろで支えますね。
あ、そうだ、セディくんは大丈夫? まだ疲れてるんだったら膝の上にでも……」
「いや、いいよ」
遠慮することないのに。
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