24/「愚かだが馬鹿ではなかった」
こんな原生林の真ん中で野宿なんて初めてだ。屋根も壁もない吹きさらしの寝床では、野生動物に急な天候の変化など、心配すべきことは山ほどある。
まあ魔神が五種類もいればたいがいのことは大丈夫だろうけれども。
なんにせよ人生史上最大の大冒険のあとでまだ興奮が抜けないのか、アリヤは床についてもなかなか眠くならなかった――はずが、気づけばすっかり寝込んでいた。
・・・✴︎
眠る『生物』たちを眺めながら、魔神たちが管を巻いている。肉体を持たない彼らに睡眠は必要ない。
「しかしインプンドゥル坊よ、まーた特異点の女を囲ったのかい。この物好きめ」
「いやそういうわけじゃないんだけど」
「どうだかな……前科のある輩の言うことは信用ならん。だいたい貴様、面を見せるのも何年ぶりだ?」
「インぴーずっといなかったー」
「インぷーどこ行ってたのー?」
「……ちょっと遠いところさ」
そこで鬼火が言葉の代わりにぶすぶすと黒煙を吐き出した。魔鳥はそれを鬱陶しげに羽先で払って、懐かしい面々の顔を眺める。
彼らはもともと交流する文化を持っているわけではない。それでも有り余る時間を生きているうちに互いの存在を認識し、近接する地域に棲まう者同士なら顔見知りくらいにはなる。
その多くはただ存在するだけだ。
すべての魂が世界を構成する小さな部品のひとつで、彼らのような霊に属する存在は、生物たちよりほんの少し大きい。だから滅多には欠けないし、穴が空いたら埋めるのに少しだけ時間がかかる。
けれど理屈は生物も同じで、死ねば世界に小さな風穴を残し、新たな命がそれを塞いでこの世は廻っている。
特異点は無自覚にその環に干渉してしまうので、なんとなく本能的に均衡を守っている魔神たちにとっては、平たく言って迷惑な存在である。
だから彼らからすれば、自らその特異点に声をかけて保護しているラーフェンはなかなかに変人の類であった。
正直、後悔しなかったと言えば嘘になる。
ぶっちゃけ甘く見ていた。どちらかというとムルの特異点としての強さ云々よりも、彼女の性格のほうを。
そして今回新たに発見された新顔のアリヤなる少女が、これまた曲者の予感をひしひしとさせている……。
「あのさ、そんなことよりナバトの件はどうすることになったんだい?」
考えるだけで余計に疲れそうだったので、ラーフェンは少し強引に話題を変えた。あの少女に対して悪い気があるわけではないのだが、何しろ議題としては重すぎるので。
妖術師ナバトは五柱の魔神の報復を受けたので、当然の姿となった。人間でいうところの、惨たらしい死、というやつだ。
それ自体はもはや済んだことだが、世界の保全者たる魔神にとってはむしろほんとうの問題はそのあと。
肉体は容易に滅ぼせるが、魂は別だ。だが彼ほどの大罪人を放置するわけにはいかないため、誰かがきっちり償わせたうえで、頃合いを見てまた輪廻の環に返してやらねばならなかった。
「そりゃここはカクア・カンブジの森だで、この先はあいつの仕事だろうさ。取り次ぎはネナちゃんでいいかい、近いし」
「いいだろう、任されてやる。
それより話を逸らすなインプンドゥル。そこの小娘だが、貴様の魔女が拾ったのであれば、あれも貴様が責任を持って監視するべきと思うが?」
「……ええ……」
「ボクとボクは心配だなー」
「ウチとウチは不安だなー」
結合双生児もどきが揃って頬杖をつきながら、線対称のしたり顔を並べて言ってくるのがやや腹立たしい。ちなみに彼らは見てくれほど幼くはない。
「まあどうせムルが面倒を見るつもりなんだろうから、結果的にはそうなるんだろうけどね」
「かっかっ、そのほうがワシらも気楽でええわい。そんで娘っこも魔女にすんのかい? 見たとこ、魔力は少しやったようだが」
「念のためにね。あの時点じゃ誰が捕まってるのかわからなかったから。ネナウニルまでいたのは意外だったけど」
「意趣返しのつもりか? いささか卑怯な手を使われたのさ。あの妖術師は愚かだが馬鹿ではなかった、残念ながらな」
風の魔神は少し不機嫌そうに言った。単純に戦闘能力ならこの五柱の中で最も強いのは彼なので、ナバトも捕らえるのには苦労したに違いない。
それこそネナウニルは虹――光を繰る力も持っているから、やろうと思えばラーフェンと同じような手で罠を脱することだってできた。少なくとも彼自身はそう思っているから余計に悔しいのだろう。
「まあ、賢いからこそあれくらい盛大に道を踏み外せるんだろうけどね」
「確かに。良くも悪くも、馬鹿者にゃあ大事は為せんわな」
そんな具合に、魔神たちの夜は更けた。
少し置いてから、ラーフェンはそっと生物たちのようすを見た。気を利かせた地の魔神が眠りの呪いをかけてくれたので、三人、もとい二人と一匹はぐっすり眠っている。
ムルとアリヤでコウモリを挟んでいる状態で、両手に花で羨ましいかぎりだ。
魔女の傷はまだ癒えない。残念ながらこの場に治療を得意とする魔神はいない。
それに恐らくこれは妖術師が人質を痛めつけたのではなく、アリヤがセディッカを助けたからだ。そのときラーフェンは
――そうならないように離れていたのに、物事はなかなか上手くいかない。
「やれやれ。……きみもこれから苦労することになるぞ、セディッカ」
少し八つ当たり気味にコウモリの鼻面を指先でぴんと弾いてやると、使い魔くんは眠ったままキュッと鳴いた。
「……ム。そろそろ陽が昇る」
「ねー今アジュアがしゃべったよー」
「わりとふつーにしゃべるんだねー」
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