23/「なんでそこで謝るんだよ」
「じゃ、今夜は適当なところで
ラーフェンの言葉にアリヤは目を丸くした。なんなら自分をナバトに差し出されたときよりもずっとびっくりしたように思う。
思わず「はえ?」みたいな気の抜けた声が出てしまい、直後に自分でそれが恥ずかしくなって赤面した。……も、もう少し緊張感を保ちたい。
「ああ、すぐ帰りたいよね。でもこの状態のムルを僕の背で運ぶのはちょっときついし、何より僕自身もけっこう疲れたんで、今から長時間の飛行は勘弁願いたい」
「……悪い、俺も無理だ」
「そ、そっか、そうだよね。ごめんなさい、わたしだけ元気で……」
「いやなんでそこで謝るんだよ」
なぜって、アリヤは単についてきただけで何もしていないからなのだけど。
ともかくまともに動けるのがアリヤとラーフェンだけなので、ふたりで野宿のための準備をすることになった。と思ったら、意外な者たちが手伝ってくれた。
ナバトに捕らえられていた他の魔神たちだ。
彼らこそやっと解放されてせいせいしながら帰るものと思っていたのだが、どうやら捕まえられていたことで少し弱っているらしく、ちょっと休んでから故郷に戻ることにしたらしい。……なんかその言いようは人間みたいだ。
かくして本日、アリヤは人ならざるモノの知り合いを追加で五名ほど手に入れた。
「えーと……じゃあまず、食べものと水の確保を手伝ってもらえますか?」
「ごはんはボクとボクがやるー!」
「おみずはウチとウチがやるー!」
さっそく元気よく返事をしてくれたのは、双子らしい、よく似た外見のふたりの子どもたちだ。
仲良さげに手を繋いでいる……ように見えるけれど、よく眼を凝らすと境目がない。手首のところで完全にくっついている。
どちらも中性的な容貌だが、なんとなく男の子っぽいほうがハルン、なんとなく女の子っぽいほうがハルナというらしい。ラーフェンの説明によれば彼らは大陸北部の魔物で、司る事象は水だそうだ。
「もちろん火起こしは
「ム……」
「わしァ寝床の繕いでもしとるわ。ネナちゃんは子どもらを見ててやんな」
「……たしかに悪ガキどもに特異点を任せるのはいささか不安だな。承知した」
というわけで、火を司る鬼火のような外見の魔神アジュアは焚火を、背の低い老人の姿をした地の魔神キンキルシは休む場所の整備を担当することになった。
監督役としてアリヤたちについてくることになったのは、風の魔神ネナウニル。
見た目は竜を思わせる、暗褐色の甲殻や棘のような剛毛で覆われていて、いかにも恐ろしげな怪物だ。大きな瞳だけが白銀に輝き、虹色の光沢を散らしているのがなんとも不思議で美しい。
結合した双子と獣。ちょっと奇妙な仲間と一緒に、アリヤは食べられそうなものを探した。
自分だけでなくて良かった点がひとつある。
植物なら比較的容易に手に入るが、いくつかの魔神は肉食なので小動物を狩らなくてはならず、アリヤにそれは無理だ。心情的にも、技術的にも。
動物が傷つけられるのを見るのはどうしても胸が痛む。けれどそれを拒んだら、他の命が生きられないこともわかっている――人間だって羊や鶏やラクダの肉を食べるし、アリヤもそれを美味しいと感じる。
誰かの幸福のために他の誰かが不幸になることが、世界の均衡を守る絶対の
……妖術師ナバトはそれを穢した。だから、死を以て罰された。
わかっている。わかろうと、努めている。
それでもまだ呑み込めそうにはない。
「きゃー」
「わー」
沈みがちなアリヤを後目に、水の魔神たちは無邪気にはしゃいでいる。外見だけでなく中身も子どものようだ。
これでも魔物というからには人や獣を傷つけるのだろうが、とてもそんなふうには思えない。
お目付役のネナウニルが存外穏やかな声で「あまり遠くに行くなよ」と親みたいな言動をしているのがいっそ微笑ましいほどだ。
だが、その顔はすでに血まみれで、背には捕らえた獣を担いでいるので、声音と絵面の落差がひどい。それにこちらも精霊ではなく邪悪な魔物らしい。
今回は一応アリヤたちに助けられた恰好なので、その恩義に
「わたし、あの子たちを追いかけましょうか」
「いや、やめておけ。何かあったときに貴様が巻き込まれると
「あ……大変、でしたよね、いろいろと」
「ひどい目に遭った。……最後がインプンドゥルでよかったな、ある意味」
忌々しげに呟いて、ネナウニルはくるりと背を向ける。
「ハルン、ハルナ、もう戻るぞ。
「やだー、ボクもボクものどかわいたー」
「やだー、ウチもウチもおなかすいたー」
無事に食糧を手に入れて野営地に戻ると、深かった茂みが円型の広場に整えられていた。といっても草がなくなっているのは中央部分だけで、その周囲は寝るのに邪魔な若木や蔦だけが取り払われており、下生えはそのままになっている。
アジュアの
ちなみにラーフェンは鳥型でも今まで見たのよりかなり小さめで、どうやら大きさは変えられるらしい。
戻ってきたアリヤを見て、セディッカがぱっと顔を上げた。足の退化したコウモリの姿でなければ歩いてきてくれそうな雰囲気で、それがちょっとだけくすぐったい。
「大丈夫だったか?」
「うん、思ったよりいろいろ見つかったよ。セディくんが食べられそうなのもちゃんとあるから、安心してね」
「そうじゃな……、まあいいか」
わかっている。心配してくれたんだということくらい。
でもそれがまた胸をちくちく痛ませるから、アリヤはわざと鈍感なふりをした。
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