13/「おまえの手より少し小さい」

 いずれも仮説にすぎないけれど、ひとまず信じることにする。

 つまり、セディッカの側から見れば類まれな幸運が続いている、という説だ。


 あの状況で素早く発見されたこと。

 なおかつ見つけたのが小動物の手当てに慣れている、彼を絶対に見捨てないアリヤであったこと。

 しかも必要な薬草もすぐ傍にあったときている。


 冷静に考えれば、少々できすぎている。

 もし同じ流れで運を引き寄せているなら、悪夢の件を伝えることも、セディッカにとって何らかの助けになるのではないか?


 実際――彼は明らかに、鳥の夢、という言葉に反応した。表情としてはかなり嫌そうではあったが。


「……何の話だ、って言わないね。心当たりがあるの?」


 セディッカは答えなかった。その沈黙こそが、何よりも雄弁な肯定だった。

 敢えて彼の返事を待たず、アリヤは夢の内容を話し始める。


 まるでこの世の終わりのような、毒々しい色の空。万物が枯れ果ててひび割れた大地。

 地獄のような景観に、巨大な鳥がいる悪夢。

 その足許で生け贄がもがき苦しみ、犠牲者の血が溜まって池になっている。空には雷雲が轟き、激しい落雷が起きて、いつもそこで目が醒める――。


「羽根の色は黒と白で、見たことがないくらい大きな鳥なの。だけど嘴と脚だけ」

「赤かった?」

「そう!」

「……聞かなきゃよかった」


 深々と溜息を吐いてから、それはインプンドゥルだ、とセディッカは呟いた。


「え、イン……なに?」

「インプンドゥル。雷を司る魔神で、魔女の主だ。……それが夢に出てきたってことは、魔女がおまえを後継者に指名したな……」

「……わ、わたしが魔女さんの後継ぎ!?」

「喜ぶなヒヨッコ。いいか、……どのみち俺ひとりで魔女を助けるのは無理だから、あいつを呼ぶつもりではあった。ただ――もう後任を選んだってことは、魔女は死を覚悟しているとも言える。俺はなんともないから、まだ生きてはいるんだろうが」

「死……って、そんな……ねえ、教えてよ、いったい何があったの?」

「……とにかく今から薬屋に戻るぞ。ここからは歩きながら聞け」


 セディッカはそこでコウモリに戻ったが、その状態でも口はきけるようだ。

 たしかに彼が人間の姿でアリヤの部屋から出てきたら母が騒ぐ。納得したアリヤはコウモリを抱きかかえて家を出た。


「一昨日、おまえが帰る直前に来た男を覚えてるか?」

「うん」


 たしか背の高い、堀の深い顔立ちをした、縞模様の頭巾ターバンを巻いた中年の男の人だった。この地方の人間より色が白く、珍しい衣装を着ていたから外国の人だろう。

 ――ザーイバの魔女はあなたか?

 深みのある低い声の持ち主で、見たところ礼儀正しそうな人だったが……この流れからすると、あの男性が魔女を襲ったのだろうか。


「例によって俺はおまえを送ってたから、詳しいことはわからない。だから半分くらいは推測だが、あの男は恐らく呪医ウィッチ・ドクター妖術師シャーマンだ。それもかなりやり手の」

「つまり魔女さんと似たような仕事をしてるってこと?」

「ああ。で、何を頼んだかは知らんが魔女に断られて逆上した」

「……それだけで、こんなことしたの……」


 ちょうどそこで薬屋に着いた。アリヤは眼前に広がる惨状を再び眺めて、やりきれない気持ちに喉を詰まらせる。


 めちゃくちゃになった店内。硝子や陶器は何ひとつ残らず割れてしまって、誰かを救うはずだった薬もすべて土の中。

 屋根や壁が破れてしまったところもあるから、魔女が帰ってきたとしても前のようには暮らせない。修繕するのにどれくらいかかってしまうだろう。

 悲しんでいるのはアリヤだけでなく、まだ調査を続けている憲兵団や、集まってきている街の人たちも、みな一様に物憂げな眼差しを瓦礫の山に注いでいた。


 魔女はどこ、と誰かが呟く。このどこかに埋まってるんじゃないよね、きっと無事なんでしょうね、と。

 涙混じりのその問いに、頷いてあげられないことが何よりも辛い。


「アリヤ、今から俺が指示したものをここから回収しろ」

「え、憲兵さんたちに怒られるよ?」

「それくらいどうにかしてやる。まずそこの壁の裏側にある飾り棚の……たぶん壊れただろうけど、その引き出しから黒い石を探せ」


 勝手に中に入って言われるままに瓦礫を漁るが、ほんとうに何かしたのか、憲兵団員からは何も言われなかった。冷静に考えたらコウモリが喋っていることだって充分に異常な光景だが、それも誰にも見咎められていない。

 使い魔だから、セディッカも魔法が使えるのだろうか。


「……わ、すごいたくさん入ってる。どれがその石なの?」

「真っ黒で一本だけ白い筋が入った丸いやつだ。……大きさはそうだな、おまえの手より少し小さいくらいか」


 なんだか、変な感じがした。

 今さらだけれど、今までこんなにたくさんセディッカと話したことなんてあっただろうか。ほとんど毎日通っていて、そのうち半分くらいは彼も人の姿でいたけれど、いつも話すのは必要最低限の二言三言くらいだった。

 それがこんなに近くで――しかも、そんな比喩。たった一日手当てや世話をしたくらいで、手の大きさなんて覚えられるものだろうか。


 ああでも、そうか。彼からすれば毎日会っていたわけだし、後半はよく撫でたりつついたりしていたから、セディッカにとってはアリヤの手は見慣れた存在なのかもしれない。

 しかも、……今思うとコウモリのときのセディッカは素直だったような。ぜんぜんツンケンした感じじゃなかった気がする。


「……おい、どうかしたか。手が止まってるぞ」

「う……ううん、なんでもない」



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