11/「頼りないのはわかってる」
朝食のあとはコウモリのようすを見る。といってもたった一晩でそう大して回復しているはずもないが、餌をあげるついでだ。
……だがしかし、アリヤが果物を抱えて部屋に戻ると、コウモリは寝床にしていたかごから起き上がっていた。
「無理しちゃだめだよ」
驚かさないように、できるだけ優しく声をかけつつ傍に行く。しかし痛がっているふうではない。
しっかり巻いたはずの包帯が解けて、小枝の添え木が外れてしまっていたが、その下の脚はまっすぐに伸びていた。
まさかと思ったが、見れば他の傷もほとんど治っている。少なくとも体毛で隠れないほどの大きな怪我はもうない。
……魔女に飼われているコウモリだから、ふつうよりも治癒力が高いとか、あとは魔女の薬屋からもらってきた薬草を使ったから効きがすごくよかったとか……?
だからって一晩で骨折が治るものか?
唖然とするアリヤの目の前で、コウモリはかごから飛び上がる。動きに危なげなところはなく、それどころか、アリヤはその羽音にどきりとした。
――これ、前にもどこかで。
けれどアリヤが答えを見つけるよりも先にコウモリが膨らんだ。いや、黒っぽい煙か粉塵のようなものに包まれた。
ゆるりと輪郭が溶けて広がり、それが見る間に広がって、――人間の形を成す。
どこかで見た
淡い陽炎のような影はしだいに色と形がはっきりとして、気づけばそこに誰あろうセディッカが立っていた。
「え」
呆然とするアリヤに、彼は相変わらずの仏頂面でフンと鼻を鳴らす。
「え……え、ぇえ、……ええええッ!? なん、え、ちょっ、せ、セディくん!?」
「おい、騒ぐな」
「待って待ってどういうこと!? コウモリちゃんは!?」
「考えたらわかるだろ……」
めんどくさそうに首筋をぽりぽり掻きながら、セディッカはなぜか少しバツが悪そうにも見えた。ともかくもはやコウモリの姿はない。
そして、よくよく見ればセディッカの手足にちらほらと治りかけの傷痕がないこともない。
ということはつまり、
「セディくんて、コウモリなの……?」
「ああ」
「変身できるの?」
「今さっき見ただろ」
「コウモリになれる人間なの? それとも人間になれるコウモリなの?」
「後者」
「つまりその、魔女さんの使い魔か何か?」
「それ以外に何があると思うんだ? ……とにかくその、なんだ、……正直、助かった」
なんだかもう呑み込み切れなくて、アリヤはへなへなとその場にへたり込んだ。
たしかに魔女と呼ばれるくらいなのだし、動物を人に変える魔法くらい使えるのかもしれない。
けれど今までアリヤが見てきた彼女というと、自ら山野に出向いて薬草を摘んで、丁寧に薬を手作りする姿とか。女学生たちと談笑しながらお茶を飲んでいるとか。
つまりどれもわりと現実的な姿だった。子ども向けの絵本に出てくるような、杖を振ってあるものを消したりないものを出したり、なんてしていなかった。
度肝を抜かれる、ってこういうことだろうか。まったく予想外だった。
けれどいくつか納得できることもある。たしかにセディッカとコウモリを同時に見た覚えはない。
それに帰り道の送迎のことも、アリヤは言われるまでまったく気づかなかったが、コウモリの姿だったのならわかるはずがない。
そうか、……そう、だったのか。
だんだん頭が落ち着いてきて、アリヤはほっと息を吐く。しかし、ほんの二秒後。
「……わたし……さっき、ここで着替え、……?」
自分の口走ったことに愕然とする。一方セディッカはきょとんとして
「着替えてたな」
「……待って。コウモリって眼が悪いから、超音波で物の位置を確かめてるだけって」
「小さい奴はな。俺も真似できなくはないけど、別に眼は悪くない」
「……てことはやっぱり見たんだ!? あぁぁぁぁあああ……もうわたしお嫁に行けない……」
「はあ……? いや、……魔女になるんなら関係ないだろ、婚姻制度なんて」
そういう問題か? たしかに魔女になったらもはやそういう相手など要らなくなるのかもしれないけれど、そういう問題なのか? アリヤの乙女心は救われないのか?
もう泣きたいし顔は熱いし死にたいし泣きたい。
よりによってセディッカに見られた。意識したくなかったのに。
絶望するアリヤの肩を、しかし彼は無遠慮な具合にぎゅっと掴んだ。むしろ今はその気遣いのない感じがありがたく思えるから不思議だ。
いやまったく異性と思われてないことに関しては嘆かわしいような……それともコウモリだから人間の女の子には興味がない……?
「とにかく世話になった。それで、俺はもう行く。魔女を助けないと」
「……え? あ、そ、そうだよ、魔女さんはどこなの? 助けるって、どういう状況なの? 大丈夫なの? いったい一昨日なにがあったの?」
「おまえには関係ない」
「なくないよ!」
アリヤも彼の肩を掴み返した。
こんなに細くて、しかも怪我だってまだ完全に治ったわけでもない。
なのにきっと危険なところに行こうとしている。たったひとりで誰にも告げずに。
なんとなくわかってしまった。セディッカはアリヤを巻き込むまいとしているのだと。
嫌われているんじゃなくて、なにが理由があって突き放している。
「そんなふうに言わないで……! セディくんが認めてくれなくても、わたしは魔女さんの弟子なんだよ。無関係じゃない」
「……」
「頼りないのはわかってる、わたしなんかが手伝えっこないって、……ッでもせめて何があったかくらいは教えてよ……!」
叫ぶように訴える。そのうち涙が出てきたけれど、それを拭うのすら忘れて願った。
――置いていかないで。
しょせん人間の、見習いのひよっこの小娘の出る幕など、ありはしない。
わかっていても蚊帳の外に追いやられるのには耐えられなかった。
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