ロートリンゲン民話 ばかな男
ロートリンゲンのあるところに男がいました。男には家も自分の鍬もなく、主人の家の馬小屋を借りて晩を過ごし、飯は日ごろに家人から残り物をもらって暮らしていました。
男は満足していました。何も良いことを知らないので、それが彼にとっては全てだったのです。何、今日の残飯には肉があるとか、ないとかで一喜一憂し、ただそれだけの生活でした。
男は今日も借り物の道具を持って出かけます。男の小さな畑は、川の向こう側にありました。男はほとんど主人の家の者のようなものだったから、石橋を自由に渡ることができました。
男が働き始めて三回目の冬。農作業がなくなって暇だった男は、主人に呼び出されて部屋の中に入れられました。部屋の中は暖炉が暖かく、霜焼けた手がやんわりと温められ心地よい。屋敷の主人は男に言いました。
「お前よ、お前の働きぶりは目を見張る。それでは褒美をやろう。この剣は先祖代々のものだ。竜さえ倒してしまうだろう。この鍬を見ろ。黄金でできて壊れることがない。仕事を極めたければこちらを選ぶのだ」
男は言いました。
「いいえ、私はしがない小作農。どちらも私には過ぎたるもの。いりません」
「では森の中に行け。森の中に魔女の家がある。魔法使いに話しかけて、魔法をもらうのだ。ついでに、ワシのための薬をもらっておいてくれ」
主人は、なんて謙虚な若者だろうかと内心では思いました。それならば、剣か鍬か、などとケチ臭いことを言っている場合ではありません。
「それはお使いなのですか」
「ああ、そうだ。これは私と私の家がよりいっそう栄えるためには必要なことだ」
男は鍬を置き、森の中にいきました。森の中を歩いていると、そこには大きな馬の死体があり、いくつかの動物がそれを囲んでいました。男は、普段から馬の世話をしていたので、そのことに少しびっくりし、そして動物たちに話しかけられたことにさらに驚きました。
ライオン、ドーベルマン、ワシ、アリがそこにはいました。そのうち、ライオンが優しそうな声で問いかけてきます。
「おお、おお、おお、旅人の方ですか。私たちは今この肉の分配に困っているのです。どうか教えてくれませんか」
男は声を震わせてこう言いました。
「おい、お前ら、許さねえぞ。その馬はご主人様の馬じゃねえか、何でこんなことをしたんだ。おい、この獣やろうっ」
動物たちは呆れた顔をしました。
「この馬の分配を、分配する方法を教えていただければ、何か恩返しができるのですが」
「何を言ってんだ、お前は」
男は、動物たちを通り過ぎて先を急ぎました。
「待ってください! 旅のお方。ここから先は竜の根城です。魔女の家の向こうにさらに大きな石造りの家があるでしょう? あそこに竜がいるのです。そしてその竜には、ライオンのように噛み、ドーベルマンのように走り、ワシのように空を飛び、そしてアリのように小さくなる力がなければ、絶対に倒せないのです。私たちはその力をあなたに与えることができます」
「ご主人様のお使いだけ果たせればいい。そんなところ行く予定がない」
男は、やっぱり獣たちを無視して先へ進みました。森の奥底に一軒家がありました。魔女の家です。ノックをし、男は入れてもらうように頼みました。魔女は扉を開け、快く彼を入れました。
「魔法。それは知らんのじゃ。その薬のことならそこにはあるが。魔法をもらうためにはあの城の竜に捕らえられた私の兄に話を聞かなければな。数100年も前に別れてしまったのだ」
だが男は、薬を持って家に帰ろうとしました。
「しかし、あの竜には皆困らされておる。誰か、とんでもない力を持つ男があの竜を倒してくれれば、王様が姫を嫁にやると言っておるのになあ」
男は、その言葉に興味はありませんでした。出されたパンを一口齧ると、荷物を持って外に出ます。森の中は、不気味に囁いていました。家に帰ると、主人は男を迎えいれました。
「おお! 獣から力を貰い竜を倒したか? 家が栄えるのに十分なことだ。姫さまは嫁に手に入るか? 王様に報告しに行こうか」
主人の目論見は、見事に外れてしまいました。男は、薬をテーブルの上に置いてこう言いました。
「私は、ライオンとドーベルマンとワシとアリに出会いましたが、彼らを助けませんでした。魔法使いの人には、薬だけもらって魔法をもらいませんでした。竜も助けていないし、そのままここに帰ってきました」
主人は失望しました。男の性格は、謙虚はなく無関心だったのです。
「ばかな男だ」
主人はそう言いました。ですが、こんな夢見を考える主人もばかな男でした。こんな男に王様が娘をくれるわけありません。ライオンもこんな男に力を与えたくはないのでしょう。
「待ってください。あの獣たちはご主人様の馬を殺したのです。これは、良くないことではありませんか、彼らに肉の腑分けを教えさせることなど誰にできましょうか」
「私が、家の主人である私が、獣に馬を渡したのだ。お前が通りかかるところにな」
男と主人は、死んでいなければ今もいきているはずです。
雑な小説 carbon13 @carbon13
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