トラロックイレブン 超次元サッカー
テノティラトンの街は湖の島にあった。人々は湖と陸に架けられた橋で街を行き来し、無数の交易品がその橋の上を行き来した。皇帝アウィツォトルは賢君だったので、今もっとも街に必要なものを知っていた。それこそがこの無数に張り巡らされた水路である。
壮麗な水路が街を行く。水の上を滑るカヌーには今日、ソコヌスコから届いたばかりのカカオ、宝石、鳥の羽根が王宮に向かっていた。
湖の外にはサボテンが人の数より多く生えていた。これは太古の昔、蛮族の侵入を幾度にも渡って防いだ壁であるのだという。つまりは、この街の砦とも呼べるのだった。
皇帝によって「大きな神の家」はさらに大きくなったので、あらゆる人が「狩猟の神であらせられるウィロチトリポリ様もお喜びだろう」「いいや、それだけじゃないぞ、トラロック様が雨をもたらしてくださる。カカオを産む雨なのだ」と言った。皇帝を讃え、神を崇拝する声が今日も聞こえていた。
大きな神の家の近くには数々の神殿に並び球技場があった。神に捧げる球技場だ。
「イシュ、教えて。アレには何が書いてるの」
「ココ、それは"球技場"でしょ。貴族の嗜み、ココは全く覚えない!」
双子の姉妹である。1人はココ、少しばかり学問の出来は悪いが、運動感覚に優れている。カツィツィネバの競技では、かなり良好な成績を出している。
もう1人は、イシュ。「小さな」と言った可愛らしい名前の少女だった。変わり者で、頭を平野に生える草の束のようにしてまとめる。イシュは足の上にゴム球を乗せ、リフティングをしていた。彼女はこれまで一度もミスでその球を落としたことはなかった。
「さあ、いよいよだ」
「そうね」
ココは勇み足で貴族の館に進む。隣には「鷲の館」がある。ギラギラとした目でこちらを見ている戦士たちがいる。
「おいおい、その体で球戯をどうやってやろうって言うんだ? 俺たちと同じ戦士だとは思えねえなあ。神さんがこんな競技で決めねえば、俺たちがもっと誉められたろうに」
「待てよ、クイツィ。貴族に文句をつけるな。その言葉は失礼だぞ」
「いいんだよ、前から奴らには言ってやりたいことがあるってんだ。ここはお前らの来る場所じゃないってな」
イシュは、気丈な振る舞いで返事をした。まるで何も意に介してないようですらあった。
「ふんっ。アンタらこそウィロチトリポリ様の神託に文句言うんじゃないわよっ」
「はっ、この場でお前がその足に乗っけてるゴム球を落とすってのはどうだ? アンタは人生で一度も落としたないって聞いてるぜ。それを学院のやつもどこも誉めてるって聞く。だからそれを落として、全ての名誉が台無しになって仕舞えばいいんだ」
「え────」
あまりにも子供じみた、子供より子供じみた戦士の行動に唖然とした。それは一見、他の戦士たちには子供が怯えているだけのようにすら見えた。
「ダメだよ、ココ!」
それは双子の弟を諌める声だった。鷲の戦士の背後には、ココが足技をかける姿が見える。
「ココの足は器用なのっ、そのまま足だけであなたの鼻くそほじれるわよ」
「イシュ、この戦士と来たら姉さんのこと馬鹿にした。万死に値する」
「ううん、ダメ。ここで人殺しなんて──神様が……」
「わかった」
イシュを襲った戦士は、すっかりと怯えて失禁してしまっている。
「おい、大丈夫かよ」
そう、ここはアステカ帝国。未だ神代が遠くなく、ひとたび巡れば神と行き合う。そんな神聖な雰囲気が漂う時代。
────そこでは、有体に言えば、あらゆる説明と万難を廃して簡単に述べるとすれば、学者諸君の注釈を抜きにして皆さんにも分かりやすく伝えるとすれば、いみじくも私たちの社会と血生臭い儀式と犠牲を出していたアステカ帝国の間に類似点を見つけるとすれば、そこでは「サッカー」が行われていた。イシュとココ。偉大なる貴族の子女であり、「サッカー」の名手。以下、競技の名前は「サッカー」で通すとしよう。
「どうもこんにちは、イシュとココです。この腐った神への敬意のない皆さんにサッカーを教えに来ました! 文句ある奴は私たちの前に来てください」
「待って、ココ。ここはもう少し優しく言うのよ。流石に私たちより偉くないとは言え、ここにいる人たちはちゃんと貴族なんだからさ」
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