著者娘 ストレンジフラワー ~キモく花咲くラベンダー~

ちっぽけな自己愛。


 灰色なビルの合間。雨垂れの音が万を越え、黒の傘に不愉快に落ちる。警察官の古部結期(Hurube Yuiki)は無惨に変化した死体を見て悲しげに顔を歪める。いつ見ても慣れないものだ──最初にこういう死体を見た時、昼食のサンドウィッチを排水溝に吐いてしまったが、いつかは慣れるものだと先輩に言われてそういうものなのかと自分を落ち着かせていたが──依然、それは強烈な醜悪として心に残り続けている。まあ、この死体を見て今日の昼食であった塩むすびを吐かないで済むのは慣れと言えば慣れのかもしれない。


 死体は関節が奇妙に捻れている。逆方向に曲がっているとか、骨が折れているとかそういった形ではなく、まるでティッシュを捻じってこよりを作ったときみたいに捻じれている。心底奇妙に、あるいは不気味に。顔は半分潰れているが、全く苦悶の表情だ。最後の断末魔を想像すると不愉快で、このような犯罪が侵されていることは一介の警察官として慙愧に堪えない。


「ガイシャは月村浩平(Tukimura Kouhei)、近隣の私大に通う21歳です。現在一人暮らし、人間関係も良好で怨恨の線は薄いかと思われます」

「だろうね。現場には目撃者がいるんだろ」

「ええ、聞き込みではそれが十代の少女のようだったと……おかしいですね」

「ああ、それはおかしい。鑑識によれば、この死体は不明な障害を受けた後、このビルの屋上から落とされている」


 ビルの屋上は、高さ1メートルはゆうに超える塀で覆われていたはずだ。少女の腕力で死体を担ぎ、塀を乗り越え、このビルの狭間にある室外機のところまで落とせるわけがない。


「やはり問題の鍵は、この"手の捻れ"」


 よくよく観察すると捻れには白いワイシャツの生地が巻き込まれていて、肌は白と肌色のマーブル模様になっていた。


「はて、ミキサーに手を入れてミンチにしたとかですかね?突き落として殺した後、捜査を撹乱するため」

「個人的な意味があるのやもしれん。犯罪者の気持ちなどわからないし、わかってはいけない」


 人員を集めてただちに操作が行われた。近頃の巷を騒がせる怪少女による連続殺人事件の捜査が幕を上げ、人々を困惑の渦に巻き込もうとしていた。


 買い物中だった主婦(40)


「あのね、最近噂になっておりますの。刑事さん、お節介かもしれないけど、マスクをつけた女の人には気をつけた方がいいわよ。子供を攫っててごめにしてるらしいって、あちこちで言われてるわ」

「はあ。あなたは犯人を見ましたか?」


 もちろんマスクをつけている人を全員捜査対象にするわけにはいかない。


「あら、見たって言ってますよ。マスクをつけて制服っぽい格好をした女の子が、あのビルのヘリに立っていたの」

「制服?具体的にどこの制服とか……種類とかわかりますか?」

「私は探偵じゃないんだからわかんないわよ。セーラー服って感じの制服だったけどね。水色の」

「少女を見ている間、あなたは死体に気づかなかったというわけですか?」

「いやー、あそこに室外機があるのでしょ?あれの影になってて見えなかったのよ。それに噂の怪女を見ちゃったもんだから、木下さんちまであわてて報告してしまって、だから死体は見てないのよ。ごめんなさいねー」


 死体の第一発見者。サラリーマンの男性(25)


「いや、本当に狼狽えて、スマホで警察に連絡しようってことも忘れましたね。もうとっくに体が潰れていましたし」

「月村さんとは知り合いとのことですが」

「Muito……。ああ、すいません。私にとってはMuitoなんです。本名の月村浩平……その名前は初めて知りました。知り合いと言えば知り合いかもしれないですが、顔も見知らぬ相手ですよ」

「しかし彼とは交友があったんですよね」

「今回彼と会ったのは、Twitterで盛り上がって東京の喫茶店行こうとなりまして……。彼は大学進学でこっちに来て、会えるようになったんですよ。私の仕事の都合もありましたから」

「インターネットでしか話していない相手ということですか?」

「まあ歳もそんなに離れてないですからね。彼とは趣味が合った……」

「事件直前まで何をしていたのか教えてください」

「喫茶店で共著の計画する予定でした。待ち合わせをして。ああ、最初から全部説明しないといけないな……私は説明するのが苦手で……。これだから仕事もうまくいかない。彼と私は怪奇創作サイトでの仲間なんですよ」

「そもそも怪奇創作サイトとは?」

「今お見せします」


 彼はスマホを机に置く。画面には三本の矢印が内側に向けられたロゴが配置されていた。


「SCP……財団?」

「あるじゃないですか、小説家になろう、カクヨム、色々な小説投稿サイトが。これもそんな感じです。違うのは、ここが共同創作サイトだということです。世界観を共有している小説を書いてるんですよね。共著ってのは一つの記事を複数で書くことです」

「なるほど。それであなたは小説を書く相談をしようとしたということですね」

「今回はメタ記事を書くつもりでした。まさかそれがこんなことになるなんて……。彼とは喫茶店の前で待ち合わせしていました。ちょっと遅いなと思ってTwitterに連絡を入れると、返事が返ってこず。彼のホーム画面を見ると変な画像が投稿されてました」


 男性は画面を変える。


「屋上の画像です。ちょうど隣のビルの」

「このビルは無関係な会社のテナントが入っていて、月村さんがここにくる意味はないはずです。守衛がここに入ってきた人はいないと証明しています。しかし彼はここに居た、と」


 画像の右端にはセーラー服の少女が少しだけ映り込んでいる。手元がブレたのか、よく見えない。


「わかりました。画像はいただきます。あなたも急いで帰ったほうがいいでしょう。犯人は数日経った今でも、このあたりを徘徊してるとのことですから」


 古部は先輩から教え込まれた「現場に百回戻れ」という鉄則を忠実に守ろうとした。死体は既に撤去されているが、鑑識がつけた白い枠線はその合った場所をマークしている。


「臭いな……」


 残り滓の臭いが風に運ばれて鼻腔をくすぐる。


 待ち合わせの時間に遅れているというのにもかかわらず、月村は自発的にこのビルの屋上に入った。それはなぜだろうか。何か待ち合わせ以上に重要なことがあったのだろうか……?


「屋上にも行ってみるか」


 ビルの管理者に許可を得て、白い外付けの階段を登っていく。エレベーターを使わないのであれば、階段しか方法がないように思えたからだ。このビルのエレベーターの監視カメラには、月村浩平の姿は残されていない。


 もっとも、階段を使ったとしても、沢山の人の目と他にある監視カメラを避けないといけないという問題はまだあるのだが。


 屋上は、昨日の雨と違い晴れていた。白い雲が靡いている。確かにフェンスが高い。これを登るのは、そして死体を持ってそれをするのは、働き盛りの古部とて、なかなか簡単なものではないだろう。管理用の扉のようなものすらない。


Wer bist du?あなたは誰?


 物音が立った。


「誰だ!」


 手元の拳銃に手をかける。何故、そんな迂闊な銃の扱いをしたのだろう。危険なものだ。簡単に銃弾を放ってはいけない。そんなことは先輩に聞くまでもなく、警察官学校で習うことだ。


「Das ist mein Territoriumここは私のテリトリーよ


 そこに不気味な気配があったから。機嫌次第で殺されそうな雰囲気があったから。だから銃に手を掴んでしまった。


「Es riecht nach Kalium44あの娘の匂いがする



(この作品はクリエイティブコモンズ CC BY-SA 3.0で公開されています。著者: [[*user carbon13]] タイトル: 著者娘 ストレンジフラワー)












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