第1話 番外編:メジェド日和

 我、主の敵を討つ者也

 我、主の敵となりうる者を監視しる者也


 主たるオシリス様の名により世界を揺るがす可能性がある存在を監視する。

 それが我だ。

 オシリス様の名により一年前、天よりおろされたのはこのなんとも辺鄙な田舎の地であった。ただでさえ人気の少ないこの地でその中でもひと際人気の少ないこの店バラウルに近々動きがあるとオシリス様のお告げがあったのだ。

 なんでこんな田舎に…

 そんな不満はあったが、文句をいいつつも住んでみると存外悪くはない。

 この家はいい、隠れる場所がなんと多いことか。

 我は気づかれてはならない。

 誰にも気付かれず、悟られず、ただ任を全うするのみ。

 ここはそんな我にとって居心地の良い場所だった。


 住み始めてからこの屋敷の主を見続けていたが、エドワードというものはなんてぐうたらな店主であろう。年若いのに日永ソファーで書ばかり読みふける。店らしいことと言えば看板を出すだけ。

 まるで死に向かうばかりの人間の様な生活ではないか。


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 近頃雨ばかり降り続く。

 恵みの雨がこうも降る地はさぞ豊な作物が実るのであろうが、神に愛されしこの地の民はそれに気付かず鬱陶し気に恵みを見るばかり。

 そんな己の豊かさを知らぬ人々を窓越しに見ていた時だった。

 あぁ、とうとうこの時期が来た。

 そう直ぐに分かった。

 通りの向こうにもメジェドの姿を確認したのだ。

 我々は気まぐれに誰かといることはない。全てはオシリス様の名でありその名が下るまで報告を続けそして下れば…。

 これは考えたくもない。


 通りの向こうで同じようにこちらをみるメジェドが連れているのは真っ赤な傘に真っ赤なレインブーツの女…人間ではないな。


「えっと、よければ中で聞きますけど。」


 普段本ばかりを読んでいるというのにこういう時に行動を起こすとはなんと愚かなのだろうか?それともこれもまた運命なのだろうか?

 そやつを招き入れてはなるまいよ。

 そんなアドバイスなどはせぬが…声をだせればとこんな時は考えてしまう。


「私に何か御用でしたでしょうか?」


「あの…。…ここが探偵だと伺ったのですけど。」


 招かなければこやつは扉を越えることなどできなかったというのに境界線はいとも簡単にエドワードにより開かれてしまった。

 招き入れられた人ならざる者は付き添うメジェドと共に入ってきた。

 同族同士だが我々に挨拶なんてものはなく、ただ我らは時が来るまで見守るのみ。互いの名も無ければ慣れ合うことなど決してありはしない。

 そんな我々には挨拶など不要なものだろう。


「あの…。やはり結構です。ここへ来るべきではなかったわ。」


 刻一刻と時が動き出すのを感じる。

 波紋を起こす者と予言されていたのはおそらくこの女だろう。だがもう既にメジェドが共にいるということは一体どういうことだろうか?

 女はエドワードの様子を伺いながら嫌よ嫌よと断りながらもエドワードの関心を引いていく


 「人に話しても信じてもらえない。」


 そう言葉にしながらもエドワードが興味を示すのを俯いて笑いながら待つ女をエドワードは知らない。


「大丈夫です。信じる信じないは問題ではありません。僕は探偵として依頼主の話を聞き、依頼を受ける。ただそれだけです。是非聞かせては貰えませんか?」


 やはり聞いてしまうのだな。

 もしここで違う道を選べば平穏な日々を過ごせただろうに、運命というのはなんと残酷なものなのだろう。


「では、依頼を。信じていただかなくて結構です。どうかあの女を殺してください。」


 こうして未来は完全に動き出してしまった。

 エドワードは女の依頼を受けてしまい、ターゲットを探して外出した。


 心当たりがあったのだろう。

 運命が動き出すのを感じ、始めてエドワードに同行した先にいた少女をみてようやく自分の存在意義が分かった。

 先程の女の監視ではない…我がオシリス様より承った仕事はこの者を打ち倒すことなのだと。


 少女の名前はメアリー。

 彼女はヴァンパイアだった。


 バンパイア、そんな死を冒涜する者。

 神ならざる者だというのに永遠の時を生きるだなんて、決して許されるわけがない。

 だが残念ながらヴァンパイアという存在は少なからず存在する。

 今朝方の女もそうだが、絶滅しかかっているとはいえまだひっそりと生き続けているのだ。

 なんと嘆かわしいことか


 だが未だ疑問が残る。

 何故オシリス様は我を直接このメアリーの元ではなくバラウルへ向かわせたのだろうか…

 きっとそれは考えるべきではないだろう

 オシリス様のお考えを想像するのすら我にはおこがましい。


 だが気になることは他にもある。

 我々が監視するものは少なからず生への執着があるものだけのはず…だが、この少女にはそれを全く感じなかった。


「どうか死んでもらえませんか?」


 そんなエドワードの提案に対してもメアリーは目を大きく開き涙を浮かべながら笑うのだ。

 その行動は、生への執着がある者の行動では決してない。

 ようやく死に場が見つかったのようだった。


 彼女の生の炎は我が手を下さずとも既に消えかかっている。

 何故我が死に場を探す者であるメアリーの監視を任されたのか分からない。

 仕事が無いというのは少し残念ではあるが、これもまた運命なのだろう。

 

 だが、物事はそんなに簡単には幕をとじない。

 エドワードが依頼通りメアリーを殺めて幕が閉じるとばかり思っていた物語は再度エドワードにより提案された話により180度姿を変える。

 メアリーはエドワードの提案を受け入れ、ここバラウルで働くこととなったのだ。

 おそらくメアリーはエドワードの隣で自分の命が尽きるのを待つつもりなのだろう。


 そして我は何故バラウルに行くよう命じられたのかようやくわかった。

 さしずめメアリーがここで働くことになるからその前にここ場を把握せよということなのだろう。それにしては早々とこの地に降ろされたがそれはきっと誤差の範囲なのだろう。


 あれからメアリーを観察し続けているが、特にこれといった変化はなにもない。

 特徴的な赤髪はピンクの髪色になりオッドアイも今では念のため眼鏡をかけて分かりにくくしていた。ヴァンパイアと言えど感情が安定しているとき以外は本来の目の色というからオッドアイはヴァンパイアだからという分けではなく彼女本来のものなのだろう。

 とにかく、変化という意味であったのはそんな外見的なものとメアリーという存在は表舞台から姿を消したくらいのことだった。

 

 こうして我の仕事はようやくスタートを切ったのだ。

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