第2話 アンデッド 1

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 夕方日が沈む寸前の出来事だった

 墓地に墓参りに来ていた老婆が持っていた杖も忘れて走って逃げてきた

 墓地の管理人は何事かと尋ねるがどうも老婆の言っていることが分からない

『死人に襲われそうになった』

 そう震えながら何度も言うのだ

 管理人は笑い飛ばした

 その日墓場を訪れたのはその老婆で最後だったからだ

 だから墓地にいるとすれば死人だけで死人に襲われたと老婆は言っているのだ

 老婆に頼まれて半信半疑で老婆と共に墓に見に行ってみると

 普段とは違う異変があった

 柳の木の下の墓が掘り起こされていたのだ

 自分が気付かない間に墓荒らしにあったのだと気付いた管理人は警察に被害届を出した

 だが警察がいくらさがしてもその墓の棺は見つかることはなかった

 塀に囲まれていて出入口は管理人がいる門だけだというのに


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 エドワードが殺人を依頼されて一週間、新しいアシスタントのメアリーはこの『バラウル』で働いていた。

 働いていた書店を辞め学校を休学し、そして住所変更までして遠くオランダにあるエドワードの一族が使っていた場所が今表向きのメアリーの住所となった。最初は死ぬか行方不明になることを計画していたが、そうなるとメアリーは追われる立場となってしまうから引越という面倒だが穏便にすむ手段にでることにしたのだ。もし依頼人が新たに人を雇ったとしても見つけることはまず難しいだろう。

 念のために依頼人が覚えていたメアリーの特徴である赤髪は染めて白にしたはずが色落ちしてしまい今ではピンクの髪色になっている。

 そして依頼人は気付いているか分からないが同じようにメアリーの特徴的なオッドアイも念のため眼鏡をかけて分かりにくくした。

 こうしてメアリーは表舞台から姿を消したのだ。


 そしてメアリーが働くことになり、エドワードには嬉しい誤算もあった。

 想像していた以上に働き者だったのだ。

 以前は掃除が面倒で埃がたまったままになっていた時計も綿埃が転がっていた床も見事に部屋の隅々まで綺麗になったのだ。


「エドワード、ここ全然お客さん来ないじゃない。」


「来ないなら来ないでいいじゃないか。」


「なに言ってんの!お客さんは来た方がいいに決まってるでしょ!

 現に誰も来ないからエドワードはこうしてまた本ばかり読むことになるんだから。

 それにお金だって稼がないとニートにもなれないよ!」


 自称紳士を気取ろうとしているエドワードが若干しっかりするのは外にいる時だけで、メアリーが住み込み数日でエドワードは素にもどった。

 最初は気を使って見なかったことにしていたメアリーもそんなエドワードを見かねて、一週間しか経っていないというのにいまではすっかり姉のように口うるさくなっていた。


「大体こんなTシャツ何処で売ってんのよ。読めないわ。」


「それはニッポンの友達に送ってもらってるんだ!レアモンだぞ。

『悪食』っていうありがたい言葉なんだぞ!」


「なにそれ?意味あるの?」


「もちろんだとも!悪いやつを退治するって意味だ!」


※悪食:普段食用にしないものを食べること

 ソファーに寝転びながら本を読んでいたエドワードは立ち上がり腕組をして最近知ったばかりで間違いだらけの異国の言葉を披露した。

 そしてハタと気付いたのだ。

 

「…。どうでもいいけど、そちらはどなた?」


 エドワードはその男が入ったことさえ気付かなかったが、いつの間にか見知らぬ人が囲炉裏前の席に座っているのだ。Tシャツを見せびらかそうと立ち上がり、そしてようやくそこに人がいることにエドワードは気付いた。


「エドワード、ジャック。ジャック、エドワード。」


「はい。よろしくって、誰だよ!」


「だからジャックだって。」


 囲炉裏の前に座っている男はくくっと堪えきれず笑いで肩を振るわせると立ち上がりエドワードにお辞儀をした。

 2m程ある男は黒髪に赤い目をしており屋内だというのに丸眼鏡のサングラスをかけていた。そしてこのジメジメした暑さが続いているというのにハイネックを着ている。

 どうみてもおかしな人間だということが分かった。

 『バラウル』にはおかしな人間しかあつまらないのだろうかとエドワードはこめかみを抑えた。求めているのはよくある浮気調査とか野良猫探しとかそんな簡単なものだというのにどんどん理想の探偵とかけはなれていっている。


「お初にお目にかかります。ジャック・W・ウィリアムです。

 どうか気軽にジャックと呼んでください。」


「あ、始めまして。エドワード・ヴァンヘルシングです。

 それで依頼でしょうか?」


「ヴァンヘルシング。そうですか貴方が。」


 名前を聞き再び笑い出すジャックを見てエドワードは招待面だというのに眉間に皺を寄せた。『ヴァンヘルシング』一般的に知られている有名なヴァンパイア狩りの名前だ。

 確かにエドワードの祖先はヴァンパイア狩りを行っていたらしいが、エドワードは精神を病んでいたに違いないと思っていたし子供のころからネタにされて自分ではすっかり嫌いな名前となった。子供ならともかく大人になってまで名前でからかわれるとは、そうエドワードはむっとなった。


「妙なラストネームですがお気遣いなく。それで依頼の内容は。」


「あぁ失礼。

 メアリーの古い知り合いだったので、ついつい寛いでしまいました。

 いや、ここは居心地のいい。だれも来ないのがもったいないですね。」


 囲炉裏や壁時計をまじまじと見ながら本当に落ち着く場所だとしみじみとジャックは繰返した。古くからジャックを知っているメアリーだったが普段何に関しても無関心なジャックがこんなにも褒めるだなんて珍しいことだった。

 実はメアリーも『バラウル』に来た当初ここの内装に、特に時計の数には驚いた。

 壁時計というものは普通置いても一つで二つ三つあるとインテリアだと言っても違和感を感じるがここまで沢山壁に飾られるとそれはもう時計という存在よりもはやオブジェのようで逆に好感がもてる。

 屋内が洋風であればそれでも違和感があると思うが、バラウルは木造づくりでかつ何故か囲炉裏という竈が入口から直ぐの所に置いてあり、一つ一つなら変だが揃うとそれらが不思議と調和して落ち着く店内を演出していた。

 自慢の内装を褒められエドワードは急に嬉しくなり先程までむっとした表情を和らげ顔をほころばせた。そして急に機嫌がなおったことが少し恥ずかしくて二三度咳払いをして本題に戻ろうと話し出した。


「それはどうも。ジャックさんはメアリーに会いにこられたのですか?」


「否、今日は依頼に。

 なにやら先日突拍子のない依頼を引き受けられたと聞きまして、それならば私も是非お助け願えないかと。」


「はぁ。ちなみにどなたに?」


 この男は以前来た依頼人の紹介で来たのだろうか?

 そしてその依頼が目の前の古い知り合いを殺すことだということを、この男は知っているのだろうか?

 いや、それともかなり良い身なりを見ると孫達が被害にあった大使だろうか?

 だがお堅い大使があんな自分の頭を疑われるような話をするとも思えない。

 そしてあの依頼人がもし大使のよこした人間だとすれば殺人を依頼しただなんて法を遵守する立場からいえるわけもなかった。

 となると…。


「メアリーですよ。安心してください。」


 エドワードの心を読んだかのようにジャックは微笑んだ。

 そしてすぐに目を反らしてしまい目の前にある囲炉裏をジロジロと興味深そうに眺めた。


「見るまでは信じられませんでしたが、貴方は相当お人よしのようですね。ご家族は」


「ジャックの依頼はこの前の墓泥棒のことだってさ。受けたら?」


 ジャックが依頼の内容を話さずエドワードの家族の話をしだしたのを見てコーヒーを入れて持ってきたメアリーが口をはさんだ。

 ジャックの話は凄く長い。自分の気になったことを全て聞かないと相手が何度本題に戻そうが強制的に別の話に持ってかれてしまい本題に絶対に入らない。もし不運にもジャックの関心事が多い日に当たってしまえば下手をすれば日をまたいで話し続けるだろう。

 そんなジャックの性格を分かっていたメアリーが話の途中で口を挟んだというわけだ。

 話を遮られてしまったジャックは残念そうに溜息をつき、一方のエドワードは墓泥棒が依頼だと聞き今度はまともな依頼かもしれないとジャケットを羽織り身なりを整えた。

 以前は非現実的なヴァンパイア退治の依頼だったのだ。

 その依頼はあまりに不可解で解決に至らず、まだ『バラウル』にはまだ解決出来た依頼は何一つとしてないという状況だった。

 以前来た依頼人がもし再度来るようなことがあれば探しきれなかったと返金をするつもりでいたが、その後依頼人は来る気配もないのだから一応諦めて貰えたと思いたい。

 そうして勝手に終止符を打ってしまった依頼しかまだ『バラウル』にはないのだ。


「詳細を伺いましょうか。」

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