第1話 客の来ない探偵事務所 4

「依頼人が殺意を持ち続ける限り、私が断ったところでいずれ金目的の別の人間が貴方の元に来るでしょう。本来ならこんな依頼戯言だと聞き流してもおかしくはないのですが、もしそれを信じた人間がこの店を巻き込んだら…そしてもし貴方が殺されてしまったら何もしなかった私もまた同罪になります。

 どうか死んでもらえませんか?」


 メアリーは目を大きく開き涙を浮かべながら笑った。

 『死んでほしい』そう聞いて普通の女子高生が騒ぎもせず冷静にただ淡々とまるで物語を聞いているように反応して最後には笑みさえ浮かべるメアリー対してこの時のエドワードは疑問を抱きはしなかった。

 疑問など抱く余裕はなく自分のいったことに慌ててエドワードは付け足した。これではナイフ片手に『死んでもらえますか』と尋ねる殺人鬼みたいではないだろうか、と。


「べ…別に本当に死んでほしいってことじゃない。

 事が落ち着くまで身を隠してほしいということです。」


「お店…やめなきゃいけないってことですか?」


「そうです。残念ながら学校もお休みしてください。ご両親には」


「両親はいないので。」


 解決するまで自宅で極力人とも接触しないようにしてください。

 そういうつもりだったのに次の瞬間自分の口からでた言葉に自信が驚くこととなった。


「貴方の身柄は事件が解決するまで私の方で預かります。」


 以前から何度か目にしているとはいえ今まで話したこともなかった彼女を預かる?

 エドワードは自分の言った言葉に自分で抗議した。何を考えているんだと。


「分かりました。」


「…?今なんて?」


 自分が言った言葉とはいえ、自分自身がおかしいと突っ込みたくなる内容を肯定されてメアリーのいった言葉が上手く聞き取れなかったようだ。

 パニックになりながらももう一度訪ねたが、メアリーはエドワードが言ったおかしな提案を了承したと繰り返した。

 裏返りそうになる声を抑えエドワードは冷静を装いながら話を続けることにした。


「あとはどうやって依頼主に納得していただくか…。

 とにかく、私はこの依頼を受けた責任があります。最後まで責任をもって面倒を見ますので安心してください。」 


「あの、私がいうのもなんですが依頼内容が違うのでは?」


「そこは大した問題じゃありません。

 初めての依頼ですからミスはつきものです。」


「わざとミスするのはどうかと…。」


「それに先程も言いましたが、依頼人の虚偽によってこの依頼は破棄できるので何の問題もありませんよ。」


 彼女は申し訳なさそうに両眉を下した。

 「でも依頼なのに面倒までかけて申し訳ない」と言いながら机の下で両手を汲むメアリーをみてエドワードは先程つい口から出てしまった提案だが自分の選択は間違っていないと思った。

 メアリーはこの事件に全く関係がないのだと不思議と分かるのだ。

 自分の環境が変化してしまうというのにメアリーはただ淡々と状況だけを受け入れた。

 エドワードと共に店主に挨拶をしたが、店主は怒りも悲しみもせずあっさりと「そんな気がしてた」と笑いながらまた来てくれればそれだけで十分だと言った。

 話を持ち出したものの仕事を辞めたり学校を休学にしたりと色々な準備を考えると一週間は覚悟していたが結局メアリーは仕事終わりに全て終わらせてしまった。


「後悔してますか?」


 子供達を助けなければこんなことに巻き込まれなかったのではないか?

 エドワードが仕事を引き受けなければもうすこし平穏に過ごせたのではないだろうか?

 エドワードがメアリーだったらここ数日の事を今後後悔し続けるだろう。


「私は私がしたいように生きてます。

 後悔は何一つありませんよ。

 もし悪いことが起きてもその悪いことが良いことに繋がっているかも知れませんし

 私はそういう結果を沢山経験しているので。

 だから大丈夫なんです。」


 自分の後ろめたさで尋ねたエドワードにメアリーはそうはっきりと答えた。もう何年も生きているようなその反応だったがそんな前向きな性格だから気難しいと有名な店主が気に入るのも無理はないと笑ってしまった。


 時計の針が10時を回ろうとしたころ、ようやく全てが片付きエドワードとメアリーは『バラウル』の門にたどり着いた。

 門につけているガス灯がゆらゆらと二人の影を揺らしながら出迎え、エドワードはふと小さい頃に旅行に行きがちだった両親を思い出した。あの頃家の窓から両親が帰るのをずっと待っていたエドワードが最初にみるのはいつもこのガス灯に照らされた両親だったのだ。

 きょろきょろと見渡すメアリーの横で門を開けるがメアリーはいっこうに入ってこようとはしなかった。そんなに物珍しいものなのかと思いながら自分も見渡したがさっぱりとエドワードには理解できなかった。


「今日から住むんだから明日ゆっくりみればいい。早く入りますよ。」


 そういいながらメアリーを誘導し、扉の前でも同じようなやり取りをしてようやく自宅へと戻ってこれた。メアリーはどうぞとは言われているが高校生らしい制服姿で二度三度扉を叩きそれが礼儀だと言わんばかりに遠慮がちに入ってきた。

 外は急に降り出した小雨でゆっくりと入ってきた彼女の髪はしっとりと濡れ重みを感じさせた。


「おじゃまします。」


 真新しいタオルを渡すと今朝の距離をとりたがる女性とは全く異なり彼女はすぐに受け取り自分の髪を拭いた。比べれば比べるほど今朝の女性の方がよっぽどヴァンパイアに思える。

 今朝から続くヴァンパイアそうどうを思い出しエドワードは笑いながら今日から一緒に住むことになったメアリーを間近でみると彼女のオッドアイは不思議な感じがした。

 右目が青で左目が金まるで猫のような色合いなのだ。この瞳を店主曰く学校では疎まれているらしいが、とんでもない。引き込まれるように綺麗なのだ。

 じっと自分の眼を見つめるエドワードに恥ずかしくなったメアリーは下を向きながらタオルで顔を隠した。


「あ…あの、ありがとうございます。それで私はどうすれば。」


「とりあえずあちらでお茶でも飲みながら。」


 頷いたメアリーはエドワードに案内された入口正面にあった囲炉裏に大人しく座り、今だ濡れている髪を丁寧に拭きとった。メアリーが濡れた髪を拭きながらあちこちを興味深そうに見た。時に首をかしげ時に目を輝かせながら。


「あの、この魚なんですか?フックが下に…」


 目の前にあった囲炉裏をメアリーを指した。


「自在鉤ですよ。ここに鍋をかけるんです。」


「竈みたいに?」


「そう。」


 そう聞くとメアリーは魚を触ってみたりフックを少しひぱったりしてから慌ててエドワードに「触ってダメなものでしたか?」そう尋ねるものだからエドワードは可笑しくて仕方がなかった。

 ようやく囲炉裏の話を満足するまで聞き終わると今度は壁にかけられた時計を興味深そうに見ていたからエドワードはそろそろと話題を変えた。

 高揚した気分が一気に覚めてしまったように彼女は肩を落とし残念そうに答えた。


「書店でも話しましたが、しばらくの間ここで身を隠してもらいます。

 家でもとも思ったんですけど、部屋数もありますしここで我慢してください。」


「さっきは頷いてしまったんですが、やはりご迷惑じゃ。」


「動き回られる方が依頼を受けた身としては迷惑です。」


「そうですか。」


 メアリーはどうしてこんなにも申し訳ない顔をするんだろうか?

 親切で子供を親元に返したら事件に巻き込まれ命を狙われる。挙句の果てに働いていた仕事場や学校まで通えなくなるだなんてもう怒ってもいいくらいだというのに。

 どこか全てを諦めているメアリーの反応に次第に提案したエドワードの方がむかむかとしてきた。

 「おかしい!絶対怒ってもいいんだ!」飲んでいたカップを置きそう言おうと一呼吸した時彼女の表情を見てエドワードは言葉を失った。

 彼女の顔にはなんの感情もなかったのだ。

 ただ平然とこうなっても仕方ないという表情なのだ。

 エドワードは怒りを口にするのをやめ、代わりに彼女がまた楽しく働けるよう自分の居場所を見つけられるよう提案をした。


「迷惑ではありませんが、もしどうしても気が引けるというならアシスタントとして働いてもらうのもいいかもしれませんね。」


「アシスタントですか?探偵さんの?」


 表情のなかった顔に明るみが指した。

 もう外にでることさえ許されないと思っていた彼女になにか気晴らしになればと提案したエドワードだが、思いのほか喜ぶ彼女をみてエドワードは提案して良かったと心から思った。


「えぇ。調べることは今のところ貴方のことだけですし、手伝っていただいて早く解決したほうが元の生活にも早く戻れますし貴方にとってもいいかと。」


「そうですね!ありがとうございます!

 迷惑にならないように頑張りますのでアシスタントとして働かせてください!」


 言葉を取り消されまいと勢いよく二つ返事をした。

 メアリーはそうお願いし、今日辞めたいと店主に伝えエドワードが席を外した時言われたことを思い出した。


『エドはあんなだが人を助けるその一点においては俺の知っている限り一番の男だ。

 まぁ普段はだらしがないしアホじゃから騙されることも多いんじゃが、騙される度にあいつは「助けられればそれでもいい」っつっとったわ。

 本当呆れるほど底抜けのお人よしなんじゃ。

 ワシはそういうエドが騙されるのを黙って見とれんかった。何度エドに忠告したことか数えきれん。この先ずっとそんな思いをエドはしていくのかと心配もしていた。

 だが、お前さんがそんなエドの隣にいてくれるなら安心じゃな。』


 店主は何も聞かずただ一言『エドを頼む』とだけ再度言いメアリーを送り出した。


 こうして、客の来ない探偵事務所に一人アシスタントが加わった。

 名前はメアリー・ブラッド

 赤毛を染めたピンクのツインテールにオッドアイをもつ命を狙われる彼女の罪が晴れるかはまた別の話。

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