第1話 客の来ない探偵事務所 3

「私はヴァンパイアを殺してほしい。」


 女性の依頼は子供達をヴァンパイアにして連れてきたその赤髪の少女を殺してほしいということだった。少女が子供達をヴァンパイアにしたのだと。

 科学が世間を支配するこの世界でよもや、あろうことか御伽話でも風化しつつあるヴァンパイアという単語を大人から聞くことになるとは思いもしなかった。

 しかも、ついていないことに女性がバンパイアだというその少女の特徴はエドワードが通う書店で最近働きだした人間そのものではないか。

 今までヴァンパイアなどという言葉を誰も信じず相手にしなかったのが幸いだったが、今回この依頼を断れば自分の見知った人間が殺されることになる。

 友人でもなければ挨拶程度にしか言葉も交わしたことがない相手だったが、自分の知っている人間が今から殺されると分かっていて無視するなんて人として出来るわけもない。

 エドワードは胡散臭いと思いながらも渋々この御伽話の依頼を受けることとなった。


「わかりました。その依頼僕が受けましょう。」


 迷った末エドワードがそう答えたのは、どうせ今回も駄目なのだと諦めた女性が『バラウル』を出て行こうとした時のことだった。

 エドワードが依頼を受けたことに驚いた女性は勢いよく振り返り、何かを言おうと口を開けたがなにも浮かばなかったようで首を振り頭を下げた。

 だが頭を下げたもののやはり半信半疑で、女性はゆっくりと頭をあげながら念のため聞き違いではなかっただろうかともう一度確認をしたが、エドワードが同じように受けると繰返すと安堵したように再び頭を下げ前金を扉の手前にあるサイドテーブルに置いた。


「もう少し詳細を」


 お金だけを置いて立ち去ろうとする女性をエドワードが引き留めたが女性はその言葉を聞くことなく再びあの真っ赤な傘をさして出て行ってしまった。


 さて、問題はこれからだ。

 殺す依頼があった少女はおそらく先程思い浮かんだよく行く書店の書店員のことだろう。

 滅多に見ない髪色だし女子高生というのだからまず間違いはない。

 だが彼女がそんな恨まれることをするだろうか?という点は妙だ。


【メアリー・ブラッド】

 メアリーは半年ほど前に一人この町に引っ越してきた。

 住処は分からないが、バスで5分の高校に通っているらしく書店で働いているエプロンの下にはいつも近くにある高校の制服が見え隠れしていた。

 閉鎖的な町だから外から来た人間であれば珍獣扱いされ人間関係も大変だというのに、メアリーには無縁だった。彼女の悪い話は今まで一度たりとも聞いたことがない。

 何度か書店に行ったときに自分も思ったが、社交的で誰にでも優しい子。

 それが彼女メアリーの印象だった。

 そして町一番の気難しいと有名な親父が何故かまるで孫のように可愛がっているという。

 

 丁度先日新作が発売されたということを思い出したエドワードは、メアリーが日中学校でいないかも知れないと思いながらも書店に向かった。いなければ夕方に出直せばいいだけの話だ。

 そう思って書店に来たが運がよかったようでメアリーはもう働いていた。

 ヴァンパイアという疑惑をかけられているとは、知りもせず日差しのある雨上がりの店外で鼻歌まじりに窓を拭いている。

 エドワードに気付いたメアリーが『いらっしゃいませ』と元気よく声をかけ、そんなメアリーにいつも通り軽く会釈だけしてエドワードは店内に入った。


「おい、エド!

 お前まぁーた日中からうろうろしてんのか。」


 この店主はエドワードが幼い頃から知っているがまるで親のように口うるさい所がある。

 店主はメアリーが手伝いに来ているときは殆ど店奥にこもっているというのに、今日は機嫌が良いようで珍しく店奥から出てきていて陳列棚を整理していた。


「出てくんなよジジイ。」


「本ッ当、お前は年々口も悪くなっていきおって。そんなんじゃから女の一つも出来ないんだ!」


 店主は豪快に笑い、探していたものが分かっていたかのように新作の本を机に置いた。


「ほれ、これじゃろ?」


「あぁサンキュー。今日は本当機嫌がいいな。

 なぁジジイ、あの子。」


 外で慌ただしく働くメアリーを指指すと店主は口ひげに手を添え目を細めた。

 どういう人間なのか?そう尋ねるつもりで指したのだが店主には違った問いに聞こえたらしい。


「あの子はいかん。お前よりもっと良い男が似合うからなァ。」


「狙ってねーっての。」


「じゃぁなんだ。」


「いや、いつからここに?」


 なんだ今更というように店主はため息をつき記憶を探りながらメアリーが働きだした日を思い出した。


「半年くらい前かの?

 ほら、お前が買い続けてるその本『ルッフェルタン』の発売日くらいだ。」


 先日新刊がでたこの『ルッフェルタン』は連載している小説で確か前回本が出たのは去年の暮れだっただろうか。11月か12月だったはずだ。

 もし女性がいうとおり彼女がヴァンパイアだったとすれば、それだけ長い間周囲の目を誤魔化せるとは到底思えない。


「…。彼女怪しいとことか。」


「あるわけなかろう!エドお前なにを馬鹿なことをいってるんじゃ!

 可哀そうに。オッドアイのせいで学校じゃ虐められてるらしいが…。だがワシから言わせれば好意の裏返しじゃな。嫉妬じゃろうて。

 仕事も早いし常連にも慕われて、本当にいい子じゃよ。」


「そっか。」


 この気難しい店主がここまで褒める人間は長い付き合いのエドワードでも初めてだった。

 女性が言っているヴァンパイアはメアリーではないのだろうか? 

 あまりに類似する特徴に自分が勝手にメアリーを想像しただけでもしかしたらメアリー以外の赤髪の少女がいるのかもしれない。だが女性から聞いた特徴はまさにメアリーの特徴そのものでエドワードはメアリーの命が狙われているという可能性をぬぐえなかった。


 先程までメアリーが磨いていた窓には雨粒が一粒もなく綺麗に透き通っていた。

 綺麗に磨かれた窓から外をみると、今度は庭木の手入れを始めてたメアリーがいた。垣根の上から特徴的な赤髪がちらちらと見えている。


『ヴァンパイアって日の下で動き回るもんなのかよ…。つくづく胡散臭い。』


 曇天のなかならともかく、日差しが強くなった今あれだけ活発に動かれるとヴァンパイアのイメージとあまりにかけはなれていてあまりの馬鹿馬鹿しさに笑いさえこみあげてくる。

 毎日会っている訳でも親しいわけでもないが、エドワード自身メアリーが悪い人間だとは思えなかった。それどころかエドワードはメアリーほど他人に優しく親切な人間を知らない。誰しも自分本位になる一瞬はあるだろうにメアリーにはそれがなかった。

 そんなメアリーが狙われているとすれば何か別の理由があるのかもしれない。そう思いエドワードは依頼を受けてすぐに書店に向かったのだ。

 

「なたかあったか?」


「いや…。ジジイにも話せねーわ。」


 大きくなりおってと笑いながら目を細める店主はエドワードの頭を撫でた。

 この店主にとってエドワードもまたメアリーと同じようにお気に入りの一人なのだ。

 幼い頃から本が好きだといい自分の書店に通い続けるエドワードをずっと見てきたからか、どうしても親のように接してしまうところが店主にはあった。

 そんな小さかったエドワードが数年前自分の事務所を建てると言い出した時には流石に驚いたが、ずっと本ばかり読んでいた子供が自分の道を見つけたことは誰よりも誇らしかった。だが折角自分の事務所が建ったというのに依頼が来ないと言いながらまた本ばかり読む生活に戻ってしまい最近は心配ばかりしていたがようやく依頼人が来たようで店主は内心ほっとしていた。

 だがその依頼がどうやら自分の可愛がっているもう一人であるメアリーと関係しているようで店主は複雑な気持ちだった。


「とうとう初仕事が来たかの?」


「ま、そんなトコ。仕事中悪いけど、あの子と話すこと出来る?

 ちょっと急ぎの用なんだわ」


「おーいいぞ。外終わったら休憩にしてやろうと思ってたとこじゃ。

 奥使っていいぞ。」


「あんがとよ。」


 店主は心配そうにメアリーを見た。

 店主が見ていることに気付いたメアリーが垣根からひょっこり顔を覗かせ店主に手をふり、それを見た店主が柄にもなく同じように店主も手をふりかえした。

 エドワードがそんな店主を物珍しそうに眺めていると手を振っていた店主が慌てて手を下ろしここで待ってろとだけぶっきらぼうにいうとすぐに奥に引っ込んで行ってしまった。


 エドワードが買ったばかりの小説を半分ほど読み終えた頃、ようやく庭の手入れを終えたメアリーは店内に戻ってきた。

 開けた扉のベルでメアリーが戻ってきたことに気付いた店主は顔をだしメアリーを手招きした。そうして店主に招かれたメアリーを近くでマジマジとみたがやはりエドワードにはどんなに見てもメアリーがヴァンパイアだとは思えなかった。


「メアリー、こいつがお前に用があるらしい。」


「さっき来られたお客さんですね!」


「不審な格好をしてるが、変なことはしないから大丈夫じゃ。」


 そう言うと店主はエドワードの服装を見て溜息をついた。

 エドワードの服装はTシャツにジーパンといたってこの辺りでは普通の格好だが、問題はそこではなかった。Tシャツにデカデカと書かれた意味さえ分からない異国の文字『生姜焼き』に目をやらずにはいられない。こんなものこの辺りでは売っていないのに一体何処で仕入れているんだかと店主は呆れた。


「じゃぁその前にマスターにお茶持ってきますね!

 お客さんは先に座っててください!」


 元気よくそう言ったメアリーがエドワードの待つ奥の部屋に来たのはすぐ後の事だった。

 店主に入れたお茶と同じものだろう淹れたてのお茶を両手で持ちながら入ってきた。

 どうぞと言いながらエドワードの手前にそのカップを置くとメアリーは向かい側に座って先程から自分を見てきているエドワードを不思議に思いながら見つめた。

 あれだけ見られて気にならないわけもない。初対面なら自分のオッドアイを珍しがってジロジロと見られることは多かったがエドワードはもう何度も店にも来ている常連でそんな相手が今更ジロジロと見てくる理由をメアリーは考えても心当たりがなかった。


「私になにか?」


 先程も思ったことだが、今朝会った女の方がよっぽどヴァンパイアなんじゃないかとエドワードは疑いたくなった。メアリーは近くで見てもいたって普通の女子なのだ。

 確かに店主の話していたオッドアイは珍しいものだし髪色だってこの辺では珍しいものだが外見以外はいたって普通でヴァンパイアとはとても思えなかった。

 だがもし女性が言っていた女がメアリーだったら?もし自分が聞かなかったことで誰かに命を狙われることになったら?そう考えると『ヴァンパイアですか?』などと聞くのは気が引けるが確認せざるを得ない。流石にいきなり聞くことは出来ないが。

 

「…。大使館いったことありますか?」


 しまったと思った。

 もう少し気が利いた事を話して相手のガードがなくなった頃合いでそれとなく聞くつもりだったのに、先程までヴァンパイアかどうかどうきくか悶々と悩んだ影響でいきなり本題を尋ねてしまうだなんて。

 探偵としては最悪だと尋ねた直後エドワードは頭を抱えた。

 彼女とは初対面ではないが初めて会話する相手なのだからもう少し言葉を選ぶべきなのにと反省したが口から出てしまったものは引っ込めることなどできない。

 そんな慌てるエドワードを彼女は笑った。


「大使館ですか?

 ここから少しいった所にある大使館に一度だけ行ったことあります。」


 これで依頼は半分達成出来たといっても良い。

 『ヴァンパイア』がもしいるとすればメアリーとは正反対の容姿だろう。そう思っていたから依頼人である女性の特徴とメアリーの特徴が一致していてもあまりに似つかわしくなく空似だろうと踏んでいた。エドワード自身も知り合いであってほしくないという願いもあったのだろう。だからこそメアリーの口から「大使館なんて言ったことない」そう言われればどんなに心が軽くなっただろう。

 普通なら依頼ならこんなにも早く見つかったことに喜ぶべきなのだろうが、エドワードは全く喜ぶことができなかった。依頼内容は殺害なのだ。軽くなるどころか吐きそうな程深刻に事態はなってしまった。

 普通なら「自分は探偵なので」そう言い断った依頼だが、見知った顔でその依頼が間違いだったと思いたくて引き受けた今回の依頼。エドワードに殺す気はないが多かれ少なかれこれから彼女の生活は一変してしまうだろう。

 何故最初の依頼で顔見知りとは言え知り合いの殺人依頼だなんてこんな難解にぶち当たらなければならないのだろうか、それほどまでに前世悪いことでもしたのだろうかとエドワードは自分の不運を呪った。

 

「大丈夫ですか?」


 顔色が悪くなったエドワードをメアリーは覗き込んだ。

 「大丈夫じゃないのはあんただ!」そうエドワードは叫びたかったが、ふとメアリーが子供達を連れて行って果たしてそれがヴァンパイアだという証拠になるのだろうかと思った。


 メアリーが連れて行ったころには既に子供達がヴァンパイアとなっていたら?

 いやいやその前に第一ヴァンパイアというのは本当に存在するのか?

 そんな怪異が実在するなんて自分は信じているのか?

 否、信じるわけがない。

 怪異なんてものは科学がまだ発展していない時代の話の不思議現象全体をそう言っていたに過ぎない。

 では何故依頼人はヴァンパイアの殺害依頼をして金を置いていったのか?

 ヴァンパイアと見せかけてメアリーを殺したいとしたら?


 ヴァンパイアという言葉に踊らされていただけで、それがヴァンパイアに見せかけた普通の殺人依頼だと考えると急にエドワードの脳の靄は晴れクリアになってきた。

 引き受けた以上何らかの手を打たなければいけないと依頼に対して責任さえ感じていたが、女性が故意に虚偽の内容を話していたら別だ。

 虚偽の申告や虚偽の内容の依頼であれば探偵として依頼を拒否することもできるのだ。

 エドワードは考えた末、女性の依頼は断るが暇だという理由で調査としてもう少し依頼の内容を聞いてみることにした。内容はどうであれ折角初めての依頼が来たのだ。


「その日のこと教えてもらえますか?いつもと違ったこととか。」

  

 急に顔をあげたエドワードに驚きつつもその日の出来事の何が問題だったのかさっぱり分からない、そういう表情でメアリーはその日の大使館でのことを話し出した。

 

「その日も今日と同じくらいの時間に仕事を始めました。

 変わったことと言えば、仕事終わりの夜の10時過ぎに子供と会ったことくらいでしょうか?遅い時間に子供達だけがいたので迷子だと思い子供達にご両親に居場所を聞きました。

 子供達が大使館の方を指していたのでとりあえず大使館へ連れて行きました。

 その日大使館でパーティだということを日中ここのお客さんにも聞いていたので、その招待客の御子さんかもしれないと思って。

 ですが連れて行った時間も時間でパーティはもうすっかり終わっていました。もう人もいなくなっていたんですが、念のため大使館のベルを何度か慣らすと年配の人が出てきてその子達を見てすぐに悲鳴を上げました。

 顔も汚れていたのでそれでかもしれないんですけど。

 悲鳴を聞きつけた男女…ご夫婦かな?がすぐに来て子供達を引き取りそのまま扉を閉められました。

 おそらく彼らの御子さんだったんですかね?

 場所が大使館で彼らが保護してくれるでしょうし、扉を閉められてしまったので私はそのまま帰りました。

 いつもと違うことはそのくらいです。」


 女性と話の食い違いはなかった。

 彼女は間違いなく子供達を連れて行き娘夫婦に引き渡したのだ。

 子供達に何かあったのかとメアリーは尋ねたがエドワードは笑顔で無事親元に戻ったらしいと答えた。


「子供たちとは何処で?」


「少し行った先にある骨董品店の裏路地です。

 親後さんを周辺で探したんですけど、近くにあった骨董品店も閉まっていて近くに人影もなかったので子供達がいう場所に連れて行きました。時間も時間で子供達だけで行かせるには危なかったので。」

 

「なるほど。」


 エドワードは彼女から聞いたことを事細かにメモに書いていき、女性の話していた内容を思い返しながらメモ帳をトントンとたたいた。

 どこにもおかしな点がないのだ。

 それどころか、深夜に出歩く子供でしかもどこの家の子かさえも分からなければ関わりたくないと放置されてもおかしくないのにメアリーは良心的に子供達を親元まで連れて行ったのだ。褒められはしてもヴァンパイア扱いされ殺意をもたれるいわれは何処にもない。


「もしかして、私なにか疑われてます?誘拐なんかはしてませんよ?」


「いえ、誘拐ではないので大丈夫です。

 あと一つ。子供達に違和感はありましたか?」


 メアリーは思い出すように口に人差し指の第二関節を当て少しの間考えた。

 エドワードのお茶に入れた氷がカランと音を立てて崩れた。

 空調の入りの悪いこの部屋はまだ夏ではないとは家かなり暑いのだ。


「…違和感ですか?先程も話しましたが手と口は汚れていました。

 それ以外はいくら聞いても一言も話さなかったのでなんとも。」


「そうですか。」


「お客さん…探偵をされているんですよね?」


「そうですよ。しがない探偵です。」


「私…なにか疑われてるのかな。」


「そうですね…。私が予想するに巻き込まれているようです。

 …このままですと殺されるかもしれません。」


 殺人だなんて普通の人間は一生関わり合いのない出来事だろう。

 どこかで起きているが、それはあくまでTVのワイドショーの中での出来事でそれが自分の身にも降りかかろうとするなんてだれが予想するであろうか?否、一度もその危機を経験したことがない人間には想像もできないだろう。

 メアリーは驚きカップを落とさないようにテーブルに置いた。その反応はどこか冷静で、だが殺人がTVの中ではなくリアルに経験したことがある人間のような反応だった。メアリーは自分を落ち着かせるように深呼吸して何故かと理由を尋ねた。


「親元に子供を連れてっただけで何故?」


「その子供…いまどうなっているか知っていますか?」


「知りません。子供達とは大使館に連れて行ってそれきりなので。」


「ですよね。

 実は貴方が連れて行ったあと、大使館は大騒ぎになったそうです。

 御子様たちがいなくなった以上の大騒ぎに。」


 「どういうことですか?」と尋ねるメアリーに女性から言われたことをそのまま告げるか否か迷った。既に殺されると言った時点で依頼の内容は言ったようなものだったが、ヴァンパイアになったのだと女性に聞いたことをそのまま言ってしまえば、信じていない自分までもがこの科学的な現代にいかれた人間だと思われてしまうかもしれないからだ。

 だが他に説明する言葉が思いつかない。

 意を決してあくまで第三者にそう言われたと正直にいうことにした。


「貴方が連れて行った子供達は、あの後メイドを襲い同じように襲われた大使に銃で打たれましたがそれでも逃げ回るばかりで結局死ななかったそうです。

 …依頼主がいうにはヴァンパイアになったのだと。」


「そんな御伽話じゃあるまいし。」


「私もそうは思いましたが、依頼人は本気でした。」


「それで、私を殺すように依頼をされたと。」


「はい。」


 それだけ言うとエドワードはふと自分のしたことに冷や汗をかいた。先程「探偵ですよね?」と尋ねられてから自分が今の今まで何を考えて依頼内容を隅々はなしていたのか分からなくなったのだ。

 エドワードは依頼人の女性はあくまで殺人を依頼する口実としてヴァンパイアという単語を利用したに過ぎないと考えていたのだが、不思議とメアリーに尋ねられると答えてしまう。信じていない言葉にするのも稚拙に感じるヴァンパイアなんて単語まで使ってしまうとは言った自分が一番信じられなかった。そしてただ状況だけ聞いて自分の知的好奇心を満たして去るつもりがまさか流れるように依頼内容をすべて話してしまうだなんて思いもよらなかった。

 これではどちらが調査しているのか分かったもんじゃない。


「ふふ、探偵さん秘密保持契約は大丈夫ですか?」


 自分の失態を知り真っ青な顔になるエドワードとは対称でメアリーは殺害予告をされたというのに毬のように笑った。

 何がおかしいんだ、メアリーには尋問のセンスでもあるんだろうか?そんな事を思いながらエドワードはもうやけくそだった。

 本当は彼女にこんなことまで話すつもりは全くなかったのだ。

 それなのに本来は言ってはいけない依頼内容までも話してしまうだなんて、もう開き直るしかなかった。


「確かに秘密保持契約はありますが、口頭だけの契約でしたし依頼人も虚偽の申告をしているので無視しても問題にはならないでしょう。

 まぁヴァンパイアなどありえない話です。もしヴァンパイアににた症状のなんらかの中毒症状でおかしくなったとしても、子供がほかの被害者も出さず大使館に無事帰ったのなら子供がおかしくなった原因が貴方だとは考えにくい。貴方と別れた後におかしくなったと考えた方が妥当。

 そう私は思いますが、依頼人は違います。」


 ずっと真面目に働いてきて、今回も単純に人助けをしただけな彼女にこんなことをいうのは酷な話だろう。

 理不尽に命を狙われているならせめて真実を知る権利くらいあってもいいのではないだろうか。エドワードは店主が近くにいないか確認をしてメアリーを真っすぐみた。

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