そんな嫌そうな顔しないでよ

「そんな嫌そうな顔しないでよ」


「おや、私は嫌そうな顔をしていますか?」


 魔導人形には感情がありませんから、嫌そうな顔なんてするはずもないというのに。


「うん、嫌そう」


「嫌かどうかは別にして、歓迎したくはないですね」


「まあ、俺不審人物だもんね」


「そうですね、ちゃっかり剣も回収してきたようですしね」


 剣は拾ってきて倉庫の中に立て掛けてありました。


「不安なら剣は預けるから。倉庫とはいえ、勝手に泊めたらアーデルハイドちゃんは叱られるかな? ちゃんと俺が無理にお願いしたからって言うよ?」


 マックは夜中に吹雪の中に追い出されるのがどうしても嫌なようです。


 私の聖域に他人を入れたくないだけで、人を入れたり泊めたりすることは禁止されていないので、私の裁量権に委ねられています。


「叱られはしないでしょう」


 アーディ様が残した僅かな記憶からすると、追い出した方がヒルダ様に叱られそうです。


「良かった! じゃあ今晩だけでもお願いできないかな。起こすのも申し訳ないし」


 まあ精霊が付くくらいなら悪い人間ではないのでしょう。


「分かりました。とりあえず今晩だけはここで泊まることを許可します。その毛布を使ってください」


「ありがとう! 荷物を回収できたらちゃんとお礼するからね」


 お礼ですか。それは予想していませんでしたが、とても良いかもしれません。


 私に物欲などありませんが、私はここから離れることができません。なので、薪やベーコンなどを持ってきて貰えれば、お父様たちのスープを美味しくすることができます。ここ何年も野菜だけのスープでしたから。


 それに色んなお花の種も貰えたら、もっと綺麗なお花畑をお造りすることができます。


「お礼はベーコンやお花の種にしてもらうことは可能ですか? できれば薪も」


「そんなのでいいの? 大丈夫、任せてよ」


「ではこれからマックスさんをお客様と認定します。屋敷には入れませんが」


「もう、今更そんな呼び方違和感あるから」


 なんて我儘なお客様でしょう。


「じゃあ、ワンコ」


「せめて名前で呼んで」


 そうでした。私もとても名前を呼ばれることを望んでいたのに、失礼なことをしてしまいました。


「マックス」


「はい」


 マックスはとても嬉しそうに笑います。やはり名前を読んでもらうのはとてもとても幸せなことなのです。


「マックス、私の名前を呼んでみて」


「アーデルハイド?」


 ああ、魔力炉が震える。


 アーデルハイドは魔導人形なのに、嬉しいと感じてしまう。これがきっとお父様がお命じになった幸せ。


 ならば私は人と関わっていかなくてはならないのでしょう。


 私一体だけでは名前を呼ばれることが叶いません。幸せになれというご命令を実行できません。


 先程までは私の名前が呼ばれていても、お嬢様のことなのか不明な点があったり、警戒レベルが高かったりでモヤモヤしていましたが、お客様認定した人間に名を呼ばれるのはお父様ほどてはないとは言え、存外良いものでした。


「うふふ、特別に特別に、湯たんぽも用意してあげましょう」


「えっ、本当? なんか急にご機嫌になったね」


 アーデルハイドは魔導人形。機嫌なんてありません。まして名前を呼ばれたくらいでご機嫌だなんて。


 全く、失礼なお客様です。


 マックスをステイさせ、いそいそと屋敷に戻って湯たんぽを用意します。どうせお湯を用意したので、ついでにハーブティーを淹れて持っていきます。


 お父様お気に入りの茶葉は使えませんが、ハーブはその辺に生えているのでいつでも手に入ります。


「はい、マックス。お行儀よくしてお利口さんですね」


 マックスは嬉しそうに湯たんぽを受け取ると毛布の中に入れ、とても気持ち良さそうな表情を浮かべます。


 そして温かいハーブティーが入ったマグカップを受け取ると、チビチビと舐めるように口にして、蕩けるような笑顔になりました。


 今知りましたが、どうやら人間を喜ばせることは魔導人形にとってとても素晴らしいことのようです。やはりお役に立つために作られているからなのでしょうか。


 なんだか魔力炉がポカポカしだし、魔力が回路を巡っていきます。


 初めてのお客様がマックスで良かった。


 とても簡単に喜ばせることが可能なので、非常に効率的に私自身を幸せにできます。


「なんか失礼なことを考えてない?」


「いいえ、初めてのお客様がマックスで良かったと考えていました」


「えっ、そ、そう?」


 マックスは照れたように笑います。彼はとても表情豊かな人間のようです。


「ええ、私を幸せにしてくれますから」


 とても簡単に。


「えええ!? 好待遇になったと思ったら、プロポーズ!?」


「違います」


「ええ? どういうこと?」


 驚きすぎてマグカップを落としそうになっています。毛布は汚さないでください。


「私はマックスに名前を呼ばれると幸せになれるようです。そしてマックスが嬉しそうに笑うと、私もポカポカしてくるのです」


「それって愛の告白だよね!? さっきまでと違いすぎない!?」


「だから違うと言っているでしょう」


「えええ? 俺には違いが分からないよ」


「私は生まれてから数度しか名前を呼ばれたことがありません。そしてもう二度と私の名前が呼ばれることはないと、そう思っていました。

 だから私はマックスに名前を呼ばれて、そうきっと、嬉しいと幸せだと感じているのでしょう」


 その数度だって最初以外は殆どアーディ様を呼んでいたのですから、本当はたったの一度だけなのかもしれません。でもそのようなことを考えると魔力炉が冷えすぎて止まりそうになるので考えません。


「えっ、名前を呼ばれないって、虐待されているの?」


 急にスンと魔力回路が冷え切ります。マックスはとても無神経でガサツでデリカシーが無く、失礼な人間です。


「もう出ていきたいようですね」


 お帰りはあちらです。


「ううう、嘘です! 違います! 言葉のアヤです!」


「お父様を悪く言うことは許しませんよ」


「はい! もちろんです! でもじゃあ何で名前を呼んでもらえないの?」


「もうお父様はお休みになられていますから」


「そりゃそうだろうけども」


 まだ詳しく聞きたいようですが、私には話したいことではありません。


「ではまた明日の朝に」


 そう告げて私は倉庫を立ち去りました。

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