第5話 裏切り

 生まれつき、彼は全て知っていた。

 昼と夜がある理由も、魔法の原理も、言葉も、歴史も、数多の種族がいる事も、生と死の輪廻も――


 世界の全てを知る知識を持つことが、正しいかどうかは別として、彼は自分の事も理解したのだ。

 この知識は使うべきではない。

 産まれて三年の月日しか流れていないのに、世界の全てを知っているのはあまりにも不自然だ。

 同時に、コレはあらゆる権力者から恐れられるモノだろう。

 15歳になったら旅をして突き止めよう。

 なぜ、自分は世界の全てを知っているのかを――






 ヴァンの懸念は当たった

 ずっと、隠してきたがインガードはソレを使わざるえない敵だった。


「スタック……スリー」


 身体を貫通した投げ槍は、時間が巻き戻る様に彼の身体から抜ける。

 そして、向かってくる連合軍の兵士へ投げ槍は突き刺さる。


「ぐっあ?!」

「なんだ?!」


 目の前で起こる現実に兵士は混乱する。


「予想はしてたけどな……早すぎる」


 ヴァンはこうなる事を予期していた。

 だが、インガードとの戦いは常人では距離を置かなければ容易く死に至る。

 故に戦闘が終わってから、最悪の未来となるなるまでは時間があるハズだった。


「『事象除去スタック』を使わされたか……ったくよ」


 本来は腕を戻す為に使う予定だったが、このまま離脱を――


「――オレの落ち度か」


 魔法が使えない。

 『魔素支配域』の様に根元から絶つ効果ではなく、魔法そのものが発動しないのである。


「急ごしらえじゃない。最初からそのつもり……か」


 それはヴァンを囲むように発動した結界陣だった。

 これは最初から魔王と相討ちか生き残っても瀕死であると読んでの事か?

 しかも、オレの魔法のみを遮断する高度な代物。それは戦場全体ではなく――


「綱渡りにしては相当な賭けだぞ」


 それを展開するための外堀は傭兵騎士団の疾走によって確保されていた。

 そして、


「っと――まぁ来るよな」


 『白刃流』が襲いかかる。

 門下生とヴァイスによる襲撃に反応するが、


「ぐぉ!」


 消耗した身体では洗練された武義を前に対応しきれない。

 急所は避けたものの足を穿たれる。


「お前は危険過ぎるらしい」

「それは……随分と都合の良い解釈だな」


 ヴァイスの言葉に思わず笑う。だが黒幕は彼女ではないとヴァンは理解していた。

 落ちている剣を蹴り上げて少しでも時間を稼ぐ。

 この状況を打破するには――

 インガードの遺体を見る。


「……面倒な事になりそうだな」


 ヴァイスの手刀がヴァンの心臓を貫いた。






「終わりましたか」


 魔王軍と連合軍の戦いは終わった。

 そして、多くの犠牲の元に魔王は討たれ、連合軍の勝利となったのだ。


「人払いは済ませてあります」


 リンクスはヴァンを討った事をヴァイス達から聞き、足を運ぶ。


 場には『白刃流』伝承者ヴァイス、『傭兵騎士団』隊長ロード、『ヒルベルト一族』当主レリーフがリンクスを待っていた。

 そして彼らの目の前には勇者と魔王の死体が転がっている。


「皆さんよくやってくれました。とても危険な賭けでしたが、これで『魔大陸』を制圧することが出来ます」


 リンクスは勇者の能力に気づいていた。

 その力を使えばこの世界のあらゆる事柄を支配できると言うことも。


「遺体を運んで下さい」


 それは極秘に行う案件であり、その準備も出来ている。


「人々の安寧は約束されました。勇者ヴァン、貴方は世界を救いましたよ」


 その時、場の全員が上空に光を感じ、見上げると巨大な魔法陣が現れていた。


「!?」


 それはヒルベルト一族でさえも理解できない形式が組まれた魔法。なんの効果があるのか全くの不明である。


「姫様!」


 リンクスの側近が叫ぶと同時に直視できない光が一瞬だけ戦場を覆った。

 そして、景色が元に戻ると空の魔法陣も役目を失った様に崩れていく。


「……全員無事ですね」


 何事もない。何かの効果を残す魔法だと考えられたが、特にその様な様子はなかった。

 ただ一つ――


「――まさか……ここまでとは」


 勇者と魔王の遺体だけがサルサン平原から消え去っていた。






「イン。君はいつも暇そうにしているね」

「暇そうではなく、暇なのじゃ」

「だが、この様な老骨の場所など特につまらないだろう?」

「そうでもないぞ。ソロモン、主の話と知識はとても面白い。特に前に話してくれた物語がな」

「気に入ってくれて何よりだ。だが、来る度に地面を破壊して着地するのは止めてくれないか?」

「次は気をつける。それで、物語の続きを聞かせてくれ」

「前はどこまで語ったかな」

「勇者が魔王と対峙した所だ。よい所で幕を引きよってからに」

「そうだったね」


 あれ? ソロモンは何て話してくれたかのう?

 いや……ちがう……妾は、あの物語の続きは他の全てに飽きた時に最後の楽しみとして――


 勇者と戦い、首を落とされた。






「ん! だ! とぉ!!」


 インガードは勢いよく起き上がった。

 そして、身体にかけられている厚手の毛布と硬い長椅子の上に寝かされていたと認識する。


「ここは――」


 薄暗い洞窟。そして吐く息は白く、


「寒ッ!」


 毛布で身体を覆った。見ると服は何一つ着ていない。

 開けた洞窟の外は雪が見え、パラパラと積雪を増やしていた。


「……どこじゃ?」


 最後の記憶と今の状況の辻褄が――


「――」


 インガードは咄嗟に首を触る。

 斬れてはいない。痛みもなく、問題なく機能する。


「へっくっ!」


 寒さにくしゃみが出た。寝起きからか魔力による体温調整が上手くいっていない。


「服、服――」


 とにかく優先するのは服だ。毛布一つでは凍死してしまう。

 寝かされていた場所はいくつもの椅子が並ぶ学舎の様な場所。そして、奥から人の話し声が聞こえてくる。


「誰かいるのか? 妾に服を持って来るのじゃ!」


 洞窟内に響く声で叫ぶ。その声を聞いたのか奥の話し声は止んだ。

 しかし、無視するかのようにこちらに来る気配はない。


「妾は『破壊大帝』インガードぞ! その言葉を無視するなど! 万死に値する!」


 更に叫ぶ。しかし奥の話し声はこちらへ動く気配はない。

 あまりにぞんざいな扱いにインガードは怒りを宿す。


 妾を無視するとは……塵も残さぬ!!


 立ち上がり話し声の場所へ怒声と共に乗り込んだ。


「後悔するがいい! この『破壊大帝』を無視したこと――」


 そこには、人族の男と片腕の勇者ヴァンの姿があった。彼が視線を向ける。


「相変わらずうるせー、チビだな」

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