第4話 決着

 勇者と魔王。

 そもそも、その定義は何なのか。

 彼らが戦うのは互いに己の利を優先しているからだ。


 魔王は単調な道に目標を見つけるために。


 ならば、勇者は?


 彼が魔王の前に立つと決めた意味。

 それを推し量る事が出来ない限り、その力は魔王以上に危険なものと認めざる得ない。

 故に、どちらが生き残っても『人大陸』に安寧は来ないのかもしれない。


「作戦の第二幕を各所の戦士達へ伝えてください」


 リンクスは指示を出すと同時に馬に跨がる。

 戦いの終わった直後が最適なタイミング。それを違えると後はない。






 勇者ヴァンは腹部を抉られた。

 魔王インガードの持つ“固有領域”『崩壊世界ブレイクワールド』は、彼女の一定の範囲にある物質を無条件で崩壊させる。

 それは彼女からほんの数十センチであるが、この世のあらゆる防御を無意味とする。

 攻撃と防御を同時に行える反則級チートな固有領域。

 故に今まで彼女が技術を必要としなかった裏付けでもあった。


「がふ……」


 抉られたのは腹部。残った肉から臓物が飛び出すも、ヴァンの眼は敗北には染まっていなかった。

 ソレを見てインガードも微笑む。


 まだ諦めていない。良い良い。ここからどう返す? 何を妾に見せてくれる?


「スタック……ツー」


 それは目の前で世界が逆再生しているかのようだった。

 抉り、崩壊したヴァンの肉が元の形へと戻っていく。


「お前も」


 期待はずれか。

 インガードは、既に二の拳をヴァンの頭部へと向けていた。

 所詮は今まで屠ってきた者と変わり無いと、戦いの終わりを見た。


「本当に……苦労したぜ」


 しかし、インガードは不意に右側の光を失った。

 それはヴァンの指による目潰し。その一刺しは魔眼を完全に機能停止させる。


「?! がぁぁぁ?!」


 インガードは激痛に思わず身を下げ、右目に手を添える。

 馬鹿な……馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な!!

 妾が痛みを……いや、そもそも何故――


「何故『崩壊世界』で触れる事が出来たか? だろ?」


 ヴァンの背に浮かぶ時計の様な魔法陣。それが効果を失った様に霧散する。


「時操魔法『事象除去スタック』。これはオレが認識する事象を1日に三回まで除去し、世界に受けていないと誤認させる。無論、誤魔化せる時間は長くない。なるべく早く他に擦り付けないといけない」

「あ、あの時の打撃も――」


 空中でヒットしたと思った攻撃もこれによって無効にされていたのだ。


「問題はその事象の特性を本人以上に理解しなけりゃいけない。本当にギリギリだったぜ。『崩壊世界』を理解するのは」


 そして、受けた事象をインガードに返した。右眼を崩壊させると言う形で。


「お……おのれ……」


 インガードはヴァンを睨み付ける。状況は彼女の不利に見えるがまだ次の段階がある。

 『崩壊世界』は切り札の一つ。しかし手札はそれだけでは――


「……なんだ……と」

「ようやく気づいたか」


 他の魔法が……発動できない――


「お前にもあるようにオレも“固有領域”を持ってる」


 それはインガードと同様に発動すれば勝負を決めるモノ。


「『魔素支配域マジシャンズルーサー』」


 この瞬間、戦場の魔力は全て彼の支配下に置かれた。






 『魔素支配域』。

 それは固有領域でも“魔法殺し”と称される程に危険な代物だった。

 かつて、この固有領域を創り出した魔術師は真っ先に排除され、その系譜も断絶されている。

 世界の全てを支配すると言っても過言ではない固有領域。

 その発動を感じ取ったのは戦場の実力者達である。


「……これは」


 接戦の末にドラックの首を切り落としたヴァイスは身体強化魔法が強制的に失われた。


「む……」


 戦場を駆けていたロードは突撃に風魔法が乗らなくなった事に気がつく。


「――馬鹿な。あの“血”は死んでいるハズ」


 ヒルベルト一族はより謙虚にソレを感じ取り、老魔術師は合成魔獣が崩れた事に憤慨した。


 更に後方拠点で回復魔法は停止し、通達に使っている伝令魔法も機能を失う。


「悪いな、時間は取らせない」


 ヴァンは戦場で唯一魔法を使える存在として、他に謝るとインガードへ詰めに入る。







 退屈だった。

 心踊るギリギリの戦いを……魂に刺激を求めていた。

 その為に大陸を越えた。それでも退屈だった。希に、驚く事があったが、軽く払う程度で消え失せた。

 『人大陸』に興味は失せた。後は絞るだけ絞って、出てくるモノを踏み潰す。

 ただそれだけだったのに現れたのは――


「ははは」


 インガードはヴァンの剣をかわす。

 それは魔法を使わない、天然の身体能力と反射神経による回避に他ならない。


 潰れた右眼。距離感も掴めない。右側の死角。敵は――ソレを的確に突く様に立ち回っている。

 完全な詰み。単純な死が迫っていた。

 しかし、それでもインガードの心には怒りも焦りも恐れもなかった。


「ああ――これか」


 あったのは全ての重荷を取り払った清々しさだけ。感じる事がなかった、己の命の重さ。

 ソレをようやく、彼女は感じることが出来ていたのだ。


「楽しいか?」


 踏み込みながらヴァンが尋ねてくる。


「ああ。今――妾は自由じゃ。このさらけ出した命が――」


 インガードは剣をかわして後ろへステップ。その浮いた刹那をヴァンは見逃さす、魔法を使い高速で接近。

 その首を剣で凪ぐ――


「凄く――愛おしく思える」


 次の瞬間、剣を持つヴァンの左腕は斬り飛ばされていた。

 後方にどさっと落ちる。


「――おい」


 魔法は使えない。

 何が起こったのか、それを一番に理解出来なかったのはヴァンだったが、即座に答えへとたどり着く。


 あり得ない……まさか……いや……そうでなければこの結果は――


 剣を持つ左腕は振り上がったインガードの脚によって切断されたのだ。

 打ではなく、斬となる程に鋭い蹴り。それは魔法による加速がなければ不可能な芸当。


「全く……だから相手にしたくないんだよ。天才って奴はよ!」


 インガードはこの短時間に『魔素支配域』に適応したのだ。

 それは理論的に打破したのではなく、潜在能力から浮き上がった、無意識での対応。

 本人も何故魔法が使えるのか理解していない。


「ああ……嫌じゃのう」


 しかし、勝敗は既に決していた。インガードの首はヴァンの降った剣が既に通り抜けていたのだ。


「死にたくない……」


 ズルッと生々しい音を立てて身体から首は落ちる。


「……大した奴だ。“世界”を相手に片腕持っていくとはな」


 その様をヴァンはインガードの最期を見届けると『魔素支配域』を解除し左腕の止血を行う。






 それは戦いの決着だった。

 魔王インガードの死。消失した彼女の魔力を感じ取った魔族たちは各々で理解する。


「馬鹿な……『破壊大帝』が……死――」

「に、逃げろ! 俺は死ぬのはごめんだ!」

「あ、まってくれ!」


 後は雪崩のように各自で逃げ出す。

 連合軍の追撃も入り、魔族の侵攻軍は戦意を失い、戦場での勝敗は覆らないモノとなった。


「ふむ。死んだか。ひょっひょっ。大帝も世界の理を凌駕できんと言うことよ」


 老魔術師は復活した合成魔獣に乗ると帰るように指示を出す。

 材料は確保出来たのだ。これ以上、戦場に居る意味はない。


「黄泉で会おうぞ、インガードよ」






 魔族の退却。追撃する連合軍。

 それでも未知の『魔大陸』までは追いかける事は出来ない。


「痛ってぇ……」


 味方が勝ちどきを上げる様子をヴァンは見届けながら止血をしつつ自分の片腕を探す。


「……まぁ、弔いくらいはな」


 インガードの首と身体を寄せると、眼を閉じさせてやった。


 その時、ヴァンは無数の投げ槍に身体を貫抜かれる。






「第二幕です。勇者ヴァンを――始末してください」


 それが世界を救う事になる――

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