第3話 勇者と呼ばれた者

 固有領域。

 それは、自らで作り出す特定の性質を持った空間の事である。

 当人に強力な効果を及ぼす事で知られ、発動する事は実質勝利のようなモノだった。


 しかし、その発現は困難を極め、更に自らに優位な領域を展開するには更なる研鑽と研究が必要である。

 『人大陸』でも固有領域を持っている者は両手で数える程度しか居らず、当代で作り出した者は二人しかいない。

 膨大な魔力を確保し、更に天才的な創造力を求められる。

 それを――


「予想外だぜ。こればっかりはよ」


 魔王インガードは持っていた。

 『崩壊世界ブレイクワールド』。その名とインガードの特性を考えれば――


「外れててくれよ」


 勇者ヴァンは手に持つ棍棒をインガードへ投げる。

 インガードは避ける様子無く、ソレを正面から受けた。

 否、棍棒はまるで砂になる様にインガードに触れる前に塵へと変わってしまう。


「大当たりかよ」


 予想が的中し思わず笑ってしまうが、正直笑えない。


「秒で終わってくれるな?」


 インガードが接近してくる。

 空間を切り取った様な無拍子の動きに、ヴァンは反応が遅れる。


「や――」

「崩壊拳」


 破壊ではなく、あらゆるモノを崩壊させるインガードの拳。それを寸前のところで下がって見切る。


「あっぶ――」


 見切るだけだはダメだった。

 『崩壊世界』により防御魔法は全てが崩壊し、副次効果で発生した衝撃波をモロに受ける。


「ぐ……」


 ダメージはあるが、死に至る程ではない。問題は足が止まってしまう事だった。


「次はどうする?」


 怯むヴァン。インガードは次の拳を彼へ向けていた。


「ま……」


 全てを崩壊させる一撃がヴァンの身体を抉る――






 1ヶ月前――極北地方。

 『人大陸』極北の大地には少数の移動民族が暮らしていた。

 雪原を移動する彼らが停留する、一つの洞窟。そこにヴァンは暮らしていた。


「先生ー、また明日ねー」

「気をつけて帰れよ」


 文字や数字、簡単な歴史などを教示するヴァンの教えは好評だった。

 それだけではなく、民族では取り扱えない外の道具に対する知識や使い方も教えている。

 その見返りとして、食料や衣服などを貰ったりして生活をしており、裕福ではないが、子供達の笑顔や感謝してくれる者達に囲まれて生きている現状にとても満足していた。

 そこへ、外からの案内を生業にする顔見知りが他の地方の人間を連れて現れる。


「ヴァンに用だってサ」

「ありがとよ、ベネット。それと前に壊れた時計、直しておいたぞ」

「サンキュー。今度、雪狼の肉を持ってくるヨ」


 手を振って去る知り合いを見送ると、来訪者へ向き直る。


「貴方がヴァン殿ですか?」


 綺麗な声色。おそらく叫んだ事などないと思わせる程の声帯は平民が出せるモノではない。


「ああ。あんたは……当てようか? どこぞの王族だろう?」


 雪原だと言うのに剣を持つ護衛が二人。そして、荷物を何も持たない彼女は格式の高い身分だと確信する。


「私は……リンクス。貴方にお願いがあります」

「まぁ、立ち話もなんだ。汚い所だか、入ってくれ」


 ヴァンは住みかにしている洞窟にリンクスと護衛の二人を招き入れると、いくつかの長机が並ぶ部屋よりも奥へ。

 そして、簡素な生活感のある空間へと通される。


「まぁ、駆けつけ一杯どうぞ。護衛の人も」

「お気遣い無く」

「この地方を嘗めてると死ぬぞ。特にここの寒さには魔力が混ざってる。適切な体温調整をしないと寝ているうちに下がって二度と目を覚まさない」


 この雪原に住む者はその症状を防ぐために『雪見草』と呼ばれる草を茶にして飲む。

 

「雪見草はこの地方にしか生息しない。外の寒気の魔力を受けても凍らずに育ったから、飲むことで一時的に耐性を得られる」


 死にたくなかったら飲んでおくといい、と改めて勧められて、三人は一度『雪見茶』を飲む。

 すると、口の中に広がる苦味に、反射的にむせたり吐き出したりした。


「だっはっは!」


 その様子にヴァンは笑う。護衛の二人は目くじらを立てるが、リンクスが手で制する。


「先程の話は……嘘ですか?」

「いいや、何一つ嘘はない。『雪見茶』が苦くないなんて一言も言ってないしな」


 その知識は嘘ではない。ヴァンとしては何も知らずに次の日に凍死死体になっては処理に困るのだ。


「この土地は知識も物資も民族間で伝わるものが重要視されてる。オレもここに定着するには色々と苦労してね」

「……『吹雪龍』を倒したと聞いています」

「ああ倒したよ。それが?」


 特に誇張するわけもなく、ヴァンは淡々と事実だけを述べる。


「その価値を知らないのですか?」


 龍の遺体は高値で取引され、一体倒せば孫の代まで遊んで暮らせると言われる程だ。


「知ってるよ。だから遺体は全部売ったし、肉は皆で食った。手に入った金で『吹雪龍』の被害にあった遺族には十分な資産を残せたしな」


 オレはこの洞窟を貰えた、と龍の討伐と言う偉業を道端で大金を拾った程度に語る。


「あんまり、そう言うのはやらない主義なんだ。経験上、色々と噂を聞き付ける輩が多くてね」


 それは心底疲れたような表情だった。彼は若い。しかし、それ以上に苦労を重ねたのだろうと推測できる言葉である。


「……ヴァン殿。我々に協力してくれませんか?」

「まだ『人大陸』にいるのか? 魔王は」


 その言葉にリンクスは驚いた。

 この地域に入ってから、その手の情報は全く伝わっておらず、聞いても誰もが頭に疑問視を浮かべるだけだったからである。


「どこでその情報を?」

「前に商人からその手の話を聞いた。あれから一年とちょっとだが、まだ帰ってないのか」

「なにか知っているのですか?」

「全部推測だ。そして、あんたらが来た事で確信に変わった」

「では……お願いです。力を貸してください」

「必死だな。オレみたいな末端でも弾除けにはなると考えてるのか?」

「そんなことは……」


 まるで全部見ているかのようなヴァンの発言にリンクスは本当に推測で話しているのかと疑いたくなる。


「いいぜ、協力しよう」

「! 本当ですか?!」


 リンクスは思わず立ち上がる。


「条件が二つある。一つは、魔王はオレが一人で戦る」

「魔王の強さを貴方は目の当たりにしていない。それは避けた方が……」

「いいや、その方が都合がいいんだ。足手まといを抱えると、こっちが死ぬかもしれないからな」


 ヴァンは二つ目、と指を立てる。


「オレの能力を詮索するな。オレは魔王を倒して帰るだけ。余計に踏み込んだ質問とかは無しにしてくれ」

「わかりました。では、貴方の事は“勇者”と呼称し皆に伝えましょう」


 リンクスの言葉にヴァンは、ハハ、と笑って、


「これ以上は無いってくらい、適した呼び名だな」


 この時、ヴァンは自分に振りかかる未来の事まで想定出来なかった。

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