第2話 破壊大帝

 何が起こっているのか、理解できる者は限られていた。


「虫みたいに命乞いすれば許してやるぞ?」

「お前、馬鹿だろ? 虫は命乞いしねーよ」

「死ね」


 魔王インガードの見た目は小柄な少女だ。上から羽織る厚手のコートを脱げば少し着飾った町娘と変わらないだろう。

 そんな彼女の小さく華奢な腕から放たれる拳。ソレを勇者はかわす。

 刹那――


「マジかよ!」


 衝撃波。

 単調に振るわれたインガードの拳は見た目に反して大気を揺らし、その振動が至近距離の勇者に響いた。


「攻撃に全能力傾けてやがる!」


 数多の英雄が相手にならないわけだ。この攻撃力を前に鎧や防御魔法など紙すぐ同然だろう。

 インガードの攻撃は受けられない。

 幸いにも単調に振り回しているだけなので避けるのは難しくない。衝撃波のみを防御魔法で防ぐ。


「ちょろちょろと――」


 インガードは地面に拳を叩きつける。

 勇者は土煙を警戒して距離を取るが、拳は地面に刺さるだけで何も起きない。


 やべぇ!


「ぬう!」


 拳を打ち付けた衝撃で地中が爆発したように舞い上がった。

 回りの魔族や勇者も宙へ持っていかれる。


「ただの衝撃でこれかよ! 無茶苦茶なチビめ!」

「また……妾をチビと言ったなぁぁぁ!!」


 共に上がった地面の欠片にインガードは取りついていた。

 勇者は身動きが取れない空中。突進するように向けられる拳は避けられない。


 天地鳴動。

 戦場を揺るがす衝撃は、波紋となり遠くまで耳鳴りを残す。


「スタック・ワン」

「なに?!」


 今度はインガード驚く番だった。

 今までの砕けぬモノは無かった自身の拳を勇者は片手で受け止めている。

 その背後には時計のような魔法陣が出現していた。


「単純な力の上乗せじゃねーな」


 勇者は受け止めた手でインガードを引き寄せると、空いている手を彼女の顔面に叩き込む。


「アウト・ワン」


 それはインガードの拳打の威力。そっくりそのままお返しする。


「ぐはぁ?!」

「お前のセンスは本物だな。個々の要素で威力がはね上がってやがる」


 インガードは隕石の様に地面へ叩きつけられ、土埃が舞う。


「これを無意識で放ってんのかよ。全く、反則チートも良いところだ」


 勇者も地面へ着地。少しだけ足がしびれて、おっとと、とよろけた。






 産まれてから、今日まで敵はいなかった。

 最初はあらゆる存在に挑み、勝利を刻む感覚に酔いしれた。

 しかし、ある時それさえも、つまらなくなった。


「強敵との戦いが全てではないよ」


 古い王に言われて『魔大陸』における最大最悪の土地『無法領地』へと足を踏み入れる。

 そこは欲望が入り乱れる、理性とタガの外れた暴力の世界だった。

 力の無い者はまともに暮らせない。故に妾は価値があると思った。


 最初は些細なイザコザから始まり、少しずつ人数や武器は凶悪になっていき、そして『死神』と唄われる殺し屋から、『狂気の魔導士』と呼ばれる老人まで、ありとあらゆる暴力が妾を狙う。


 “狙われる”と言う、初めての感覚は久しく刺激を与えてくれた。

 そして『無法領地』へ来て50年の月日が流れ……再び誰も妾の前に立つことはなくなった。


 『破壊大帝』。


 その呼び名は『無法領地』における、暴力の到達点にして絶対者として称えられた証だった。

 姿は知らずともその称号は隅々まで行き届いている。

 それから30年後、ついに『魔大陸』に置いて『破壊大帝』の名は全域に知れ渡る。

 何者も噛みついて来ない。それはとてもとても退屈な日々だった。


「……」


 勇者に吹き飛ばされたインガードは地面にめり込む形で土煙の中、仰向けで晴天の空を見ていた。


 なぜ、妾は空を見ている?

 いや、そもそも何故……倒れている?


 それは理解できない行為。自分の意思ではなく、強制的に見せられる空。それはとてもとても――


「た、大帝様……」


 周囲の魔族たちは動かないインガードに狼狽えていた。

 しかし、当人はソレを意に返さずガバッと起き上がる。


「はは。永かったぞ、ようやく現れたか!」


 コートを脱ぎ捨て魔眼を発動する。

 今までずっと眠っていた様だった。退屈と言う名の夜が明ける――






「マジで嫌になるぜ。天才との戦いはよぉ」


 勇者は土煙を晴らそうともしたが、ソレを隙として取られる事を嫌い、インガードの出方を待つ。


「さて、一応。備えて――」


 それは、距離が切り取られた様だった。

 不意に目の前に現れたインガードは、勇者の意識の隙をついて現れた。


 嘘だろ?!


 この乱戦下に置いて、魔力反応は追えないとしても、煙を一切揺らさずに接近してくるなど――


「ぶっ壊れが!」


 だから嫌なんだ。

 向かってくる拳。それは脳が走馬灯を流す程に死を錯覚する一撃――


「お?」


 しかし、インガードのこうげきは空振りに終わった。

 威力が大気を叩き、土煙を吹き飛ばす。勇者は不自然に加速し、滑るように速度を落とすと落ちている武器を拾う。


「受けられるか?」


 拾った棍棒を勇者は振り下ろす。

 インガードは手を添えて言葉通りにソレを受け止めるが――


「?! 痛ったぁ?!」


 衝撃をモロに受けてしまう。


「効くだろ? 聖遺物となった武器は」

「聖遺物じゃと!?」


 勇者はもう片手に持っている剣を横凪に振るう。

 インガードは咄嗟に身を引くが、切っ先が僅かに肌を斬る。


 『聖遺物』。

 それは遥か太古より、魔法を殺す為に古の戦士達が使っていた武器である。

 聖遺物の特徴はただ一つ、魔法効果を全て無力化することにあるのだ。


「お前は高密度の魔法を纏って身体強度を常に上げている。まぁ、日常的にアレだけの威力をバカスカ打つんだ。無意識にでもソレをやってないと、自分の威力で自分が粉々になるからな」


 それはインガードでも知らなかった己の事実。いや、今までソコを攻略してくる者など居なかった故の盲点であった。


「追加情報だ。オレは得意体質でね。触れてる無機物は全て『聖遺物』の特性を付与される」

「はは。何故ソレを語る?」

「正々堂々の精神だよ」


 勇者の意図は当然ながら正々堂々を重んじた訳ではない。

 それはインガードに対する選択を増やす事だった。

 インガードの拳を受けられない様に、勇者の持つ武器も受ける事は憚られる。


 互いに防御不可の攻撃を持つ以上、針の穴を通すような盤面へ勇者は持って行きたかったのだ。


「悪いが余裕はなくてね。出し惜しみは無しだ」

「ああ。そうか……それなら妾もそうしよう」


 インガードのその言葉に一気に空気が重くなった様なプレッシャーを勇者は感じた。


 いや、感じたんじゃない……実際に周囲の魔力量が――はね上がってやがる?!


「『崩壊世界ブレイクワールド』」


 インガードは静かにそう告げると、彼女の支配する世界が周囲に広がる。


「固有領域まで……どんだけ化物だ! テメェは!」


 不適な笑みを作ることしか出来ない勇者と、微笑む様に目の前に立つインガード。


「『崩壊世界』を発動したのはお前で二人目じゃ。名を聞いておこうかのう?」

「……ヴァンだ」

「覚えて置こう。楽しかったぞ」


 インガードが動き、ヴァンは迎え撃つ。

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