第1話 サルサン平原の決戦

 サルサン平原は枯れた地が地平線まで広がる乾燥地帯であった。

 そこで衝突した連合軍と魔王勢力の戦いは本日最高潮へと達する。


「殺せぇ! 野郎共! 皆殺しだぁ!」


 魔族と言う種族は温厚なイメージが『人大陸』では伝わっている。

 しかし、魔王インガードが引き連れて来た魔族達は皆が暴力を楽しんでいる荒くれどもだった。


「殺ったら殺ったモンだけ俺たちのモノだぞ! 【破壊大帝】の意のままにぃ!」


 一人一人が人間を上回る能力を持つ魔族達に、士気の上がらない連合軍では要所要所で退却と敗北を重ねていた。


「食料、水、女! こんなにちょろいなら、もっと早くに『人大陸』に来るんだったぜぇ!」


 圧され続けて戦線は下がる。

 魔族達の眼は京楽に嗤い、連合軍は敗走を重ねる。

 しかし、そんな連合軍の中にポツポツと押し返している箇所があった。


 白い影が魔族の間を抜けると、その首が落ちていく。

 切り取られた首口から次々に上がる鮮血に、一部の魔族が足を止めた。


「な、なんだ?!」

「上だ!」


 それは全てが白い女。

 肌も髪も服も、全ての色を失ったかのように純白。

 女が舞う。武器は持っていない。否、彼女の肢体が武器だった。

 伸ばした指先。天賦の才で作られた手刀は鋼鉄さえも貫く刃となる。


「『流れ白雲』」


 とん、と魔族達の囲いに着地する。そして、一呼吸よりも速く手刀が魔族たちの首をはねた。


「全く、伝承者である私まで戦線に出る事態になるとは」


 『白刃流』。それは『人大陸』でもあまり名の知られていない流派であった。


「しかし、お嬢。名を売る良い機会です」


 付き人の男が背後から女を襲おうとした魔族の心臓を貫く。

 そして、女を中心に『白刃流』の門下生達が魔族を圧倒していた。


「ふんぬ!」


 その時、門下生達は木っ端のように吹き飛ばされた。

 女の前には見上げるほどの体躯をしたオーガが鉄の太刀を持って立ちはだかる。


「情けないぞ、お前ら! 人間、しかも女にここまで圧されるとは、大帝が見たら俺らは仲良くあの世行きだ!」


 それは魔王を除いた、この群衆で上位の実力を持つ四人の一人。


「このドラック様が貴様を特別に孕み袋にしてくれる!」

「下品なヤツだ。その首はこの世に必要ない」






 駆ける。

 戦場を横断するように勢いの止まらない漆黒があった。

 それは鎧から馬まで全てが黒い騎馬兵団である。

 『傭兵騎士団』。

 彼らが一度動けば、戦場で止まることはない。

 時には戦線を切り開き、時には敵将を討ち取る。その任を今まで違えた事はなかった。


「隊長」


 部隊長の傍らを共に走る副長は任務の内容を再確認する。


「本当に我々が魔王を討たなくて宜しいのですか?」

「ああ。勇者の邪魔をせず、させるな」


 部隊長だけが理解している。

 魔王は我々の“疾走”で吹き飛ぶ木っ端ではない。アレは言わば津波。自ら突っ込むのは自殺と同じだ。


「魔王は勇者に任せれば良い。我々は我々の利を生かすのだ」

「つまり、いつも通りと」

「ああ」


 本命同士の戦いは巻き込まれればただでは済まない。今頃、勇者は魔王と接触してるハズ。


「距離を取りつつ戦場を割る。敵は統率が無いが、数はあちらが上だ。後陣の連合軍が前に出るタイミングで一度退く」

「了解」


 最も、勇者が負けてしまえばこの疾走も意味を失ってしまうが。






「ひょっひょっひょ。戦場は最高の材料集めじゃ」


 それは御輿だった。

 合成魔獣の上に乗せられた御輿に座るのは枯れ木の様に痩せ細った肌の青い老人である。

 手には指輪と、身体中を這う様に入れた魔方陣が肘から見えている。


「戦場に出る程に健康な雄。これ程に豊富な材料確保は二度とあるまい」


 戦場でも一際高台のような位置に座る老人の他に、護衛の合成獣が兵士達を戦闘不能にし、後ろの檻に放り込む。


「ついに見えて来る。世界の理と深淵。我が魔導を永遠とする時が!」


 材料不足から滞っていた研究が一気に進む。老人はこの侵攻を起こした魔王に感謝の意を述べた。


 その時、空に魔法陣が現れ一滴の光がゆっくりと落ちてくる。

 刹那、それは老人の一派をまとめて焼き払う程の威力を一帯に生み出し、戦場を揺らした。


「ドミノ倒しを確実に止めるにはどうすればいいと思う?」


 その爆発を引き起こした若い魔導士が爆炎と土煙の中を悠々と歩く。


「まだ、倒れていない所を抜く」


 老人の侵攻により加速度的に数を減らしていた連合軍は“禁忌の末裔”と蔑まされる魔導一族を召還した。

 彼らは独特の倫理観を持ち、尚且つ、感情など凍りついたかのような冷徹な思考を持つ。


「兄さん。周囲に居た連合軍の兵隊は皆が死んだわ」

「ささやかな犠牲だ。戦場全体の進退を考えればな」

「ひょっひょっひょ」


 すると、土煙が一気に晴れ、その中心には合成獣に座った老人が一族を見下ろしていた。


「久しいぞ。我が魔導を使ったのは」

「『太古の火ノヴァ』を受けて形がある……か」

「嬉しい誤算じゃわいのう。魔導に精通した被験体まで現れるとは」


 合成獣はバキバキと形を変え、巨大な蜘蛛のように脚へと変化する。


「全員切り替えろ。こいつは先代当主と同レベルの相手だ」






「報告します!」


 後方陣地にて連合軍の総司令を任されている王国の姫――リンクスは逐一変わる戦況に対して常に気を張っていた。


「お願いします」

「ハッ! 『白刃流』ヴァイス、以下数人の門下生は本陣へ向かっていた突撃戦力と会敵! 『傭兵騎士団』隊長ロードは戦線を横断し敵の勢いを削いでおります! 『ヒルベルト一族』は敵の魔導士へ攻撃を仕掛けました!」


 リンクスと参謀達はその報告から地図の情報を更新する。


「先程の振動はやはり禁忌の魔法『太古の火』……」

「姫様、いくら戦力が不足しているとは言え『ヒルベルト一族』の起用は危険すぎたのでは?」

「最早、手段を選んでいる場合ではありません。それよりも、勇者様はどうなっているのですか?」


 リンクスは最も重要な情報を斥候に問う。


「そ、それが……勇者様の動向は戦線の奥深くであるために把握しきれないのです」

「動きがあるにしても静かすぎますな。やはり――」


 魔王を前に今までの英雄達は5分ともたなかった。高望みし過ぎたと、場に陰湿な空気が漂う。

 その時、


「きゃっ!?」


 それは戦場を揺らすどころではなかった。

 まるで、盤上を無理やり掴んで揺らしているかのような振動が何度も起こり、天幕や机も一度浮いてひっくり返る。


「な、なんだ?!」


 姫と参謀達は崩れた天幕から出ると、戦場も混乱してる様に慌ただしい。


「い、今のは……」

「……作戦の第二幕を準備してください」

「姫様、それは早計では?」

「こちらからでは互角か、圧されているのかは判断は出来ないのですから」


 勇者様、生きてお戻り下さい。それで我々の勝利です――

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