第26.5話



「ねぇ、紗千。やっぱりこの前みたいにまたお泊まり会したいよね?」


「ぅん……」


 結梨が突然顔と体を近づけ、聞いてきたので思わず首を縦に振ってしまった。ほのかに香る香水の匂いが心地良い。

 

 ぴゅわぁ〜……っとその匂いと空間に酔っていると、突然後ろから肩を掴まれ体を180度動かされた。


 正面には何を言おうか迷い、口をモゴモゴさせているお母さん。


「そういえば、紗千ちゃんがこの前予約してた毎週見てるアニメ来週で終わっちゃうらしいわよ」


「え!? 本当!?」


「いや嘘。……ふふ。結梨ちゃん。どうやら、私の勝ちみたいね」


 お母さんは澄ました顔で嘘と豪語し、椅子に座っている結梨へ大人気なく勝ち誇っている。


 何なのこの人は……。


 二人の間で勝手に始まった勝負。それは、どちらが私の気を引くことを言えるがどうかというもの。


 勝者はお母さん。自分でも、お母さんに不意をつかれ結梨の時よりリアクションして驚いている。


「くっ……」


 結梨のそれが体育祭の競技で負けたときより悔しそう。


 なぜそこまでしてお母さんに張り合っているのかわからないけど、普段見られない顔が見られたのでそんなの些細なこと。


「も、もう一度チャンスを下さい! 私はまだやれます!」


「ふっ……中々熱くて一途な子なのね。正直、私が勝つのは期待外れだったのだけどいいわ。けど今回は全く別のルールでいくわよ」


「はいっ!」


「じゃあそうわね……。さっきは紗千ちゃんが気を引くことを言えるかっていう勝負だったから、今回は紗千ちゃんが気を引くを持ってきたほうが勝ちっていうのはどうかしら?」


「ものって、この学校にあるものとかですよね?」


「えぇ。あなたの場合そうなるわ。……気づいてると思うのだけれど、この勝負は外部から来てこのことを見越してた私が有利なの。あなたはそれを不正だとか煽る小さい女じゃないわよね?」


「ふふふ……あなたにそれくらいのハンデがなければ、私のことを認めてくれないでしょう?」  


「わかってるのなら話は早いわ。制限時間は15分。さぁ、スタート」


 お母さんの掛け声に、結梨が体育祭のために鍛えたその足で校舎の方に走っていった。


「ふふふ。ふぅ〜ふっふっふっ」


 相変わらずお母さんは何故かギャングのボスのようにずっしり椅子に座って、がっちり腕を組んでいる。


 もう、本当意味わからないのでとりあえず水筒の中のお茶をちびちび飲んで待つことにした。


 15分後。


「はぁはぁ……間に合った、よね?」

 

「ぎりぎりセーフといったところかしら。それで、手には何も持っていないようだけどお目当てのものは見つけたのかしら?」


「はい。まぁ見ててください。絶対勝つので」


 結梨は勝ち誇った顔をしながら、隣りに座ってきた。


「だいひょうふなの? なんはおはあはんひゅんひひてたらひいへど」


「うん。大丈夫。……って、紗千。喋るんならその大量のストローから口を離してから喋って? まぁ聞き取れたからいいんだけど」


「ごめんごめん」


 ストローは一気に咥えるものじゃないな、とひとりでに反省しつつ二人のことを見る。


 お互い、お互いのことをバチバチとイナズマが幻覚で見えそうなほどの気迫で睨んでいる。お母さんがライオンだとしたら、結梨はチーターというところか。


「じゃあ、私が先にいかせてもらうわ。紗千ちゃん。これを見て」 

 

 お母さんはバックの中から、おもむろに何かを取り出し手のひらに乗せて出してきた。


「これは……口紅?」


「えぇ、そうよ。この前紗千ちゃん、口紅塗ってみたいって言ってたでしょ? ちなみにこれ、紗千ちゃんが羨ましそうに見てたサイトの口紅よ?」


 なんで私が見ていたサイトを知ってるんだろう?


 お母さんの言動に怖いところがあるけど、口紅は素直に嬉しい。


「なんかよくわからないけどありがと。本当に欲しかったんだよね」


「いいのよいいのよ。それで、嬉しかった?」


「うん」


 首を縦に振ると、お母さんは「よしっ!」と小さくガッーポーズして喜んだ。

 

「それじゃあ次は私の番。お母様。少しその場所から移動してもらえることってできますか? 横でも後ろでもなんでもいいので」


「えぇ。まぁいいわよ」


 突然結梨が私の目の前に来た。

 手を動かしたら、体にあたってしまうほど近い。


 至近距離に顔があって、体があってドキドキしているのは私だけなのだろうか?


 こんな状況で、気を引くものをだすなんて結梨は何を考えているんだ?


「紗千。私の場合はものっていうのか正直微妙なんだけど、それでも気を引くことができて喜んでもらえる……と思う。手のひらを出して」


「う、うん」


 結梨から貰えるものだったら何でも喜ぶ自信がある。


「あっ、片手でいいかな」


「はいっ!」


 手のひらに置かれたのは結梨の手。

 ? と首を傾げていても、これ以上動こうとしない、


 これはどういうことなんだろう?


「あの……結梨?」


「これは私をあげるっていうこと」


「はい?」


「ちょっとあなた!?」


 お母さんが鬼の形相で割って入ってこようとしたが、容易く結梨に止められた。


「ごめん。言葉足らずだった。あの……まぁ、私のことを好きにしていい権利? っていうのをあげるってこと。嬉しい、かな?」

 

 女の子らしく照れながらも、がしっと絶対離さないといいたげに手を握られ、完全に意表を突かれた。


「う、う、う、うれいしれしゅ」


「おっと」


 体から力が抜け、地面に倒れ込みそうになっていたところを結梨が助けてくれた。


 これが肌のぬくもり!? 


 突然のことで脳の整理がつかず、余計力が入らない。


「お母様。……こちら、紗千の反応を見ればその差は歴然なのですが私の勝ちでいいですか?」


「ふん! あなた、なかなかやるじゃない。完敗よ。私の負けよ負け負け」


「それじゃあ……!!」


「えぇ。許可は出す。一応言っとくけど、常識の範囲内にしなさいよね。でなければ、もう一生近づくことを禁止するわよ」


「はい。もちろんです」 

 

 この二人は私を対象にして、一体何の許可を巡って勝負していたのだろうか。


 ま、そんなことどうでもいっか。


「なんか勝負が終わったっぽいし、そろそろお昼ごはん食べない? もしよかったら結梨と結梨ママさんも一緒に」


「あっ実は今日、うちの人全員仕事で来てないんだよね」


 結梨の顔が曇った。

 親子関係が悪くないのはお泊まりに行ってわかってる。本当に都合がつかなかっただけなんだろう。


「そうなんだ。じゃあ、結梨一緒に食べよ? 私のお母さんがいて居心地悪いだろうけど」


 隣から、「お母さんのことをもっと敬いなさい!」と変なことを言ってきてる人がいるがスルーする。


「もちろん迷惑にならなければ、お母様ともご一緒に」


「あら。私、こう見えてもマナーには厳しいのよ? どんなことを言われても折れない心があなたにはあって?」


「はい……。臨むところです!」

 

 なんかまた勝負が始まりそうな空気になってるのは気の所為かな?


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る