第27話
「よし。順調そうだな」
双眼鏡をから三人が仲良くお昼ごはんを食べているのを見て、安堵のため息をついた。
ここは三階。一人。
舎弟藤原とギャルは、自分たちの親と一緒にご飯を食べている。ちなみに俺もさっきまで俊介の親と食べていたので、親孝行という名の義務は果たしたと言える。
「ふぅ〜……」
地面に座り、窓の下の壁に背中を預ける。
自然体なのか、気づいたら頭を抱え体育座りをし、小さくなっていた。俺が経験した体育祭では、学校の隅の絶対に気づかれないところで、いつもこうやって時間を過ごしていた気がする。
それくらい俺の中での高校生活というのは白紙。
もう何をしたのか、誰が好きだったのかさえも覚えていない。
「何だったんだろう。俺の人生」
他人に気を使って、他人の目を気にして……いつも他人に振り回されていた気がする。
何も自分から動かずいつの間にか社畜になっていた、というのがその証拠なのかもしれない。
「はぁ……」
外から聞こえる親子の話し声に耐えることができず、屋上への階段まで移動していた。
ここだと人の喋り声など何も聞こえてこないので心地いい。
少しホコリっぽいが、それもまたいい。
「では午後の部を……」
外から体育祭のアナウンスが入ってきた。
どうやらもうすぐ午後の部が始まるらしい。
出場競技があるので、今すぐ向かわないといけないのだが俺の足は動こうとしなかった。
サボりたい、といわけではない。
場違いというべきなのだろうか。年齢が離れている、ということを気にして一歩踏み出せていない。
「これから……」
俺のことを探してくれている人はいるのだろうか?
果たして、俺がいないと言うだけで体育祭そっちのけで探してくれる人はいるのだろか?
自分の中では悲しい答えしか考えられない。
心に蓋がかかり、もういっそこのまま体育祭になんかでないでおこうかな? と思い始めていた時。
俺の方に向かって、軽快な走る足音が聞こえてきた。何事かと思ったのもつかの間。その人は目の前で止まった。
「はぁはぁ……」
荒い呼吸。
今顔を上げれば、俺の心が飛び上がるほどの人物が迎えに来てくれているのだろうか。
誰か知りたくない、という心が邪魔をし、顔を上げることができなかった。
俺が顔を上げないと悟ったのか、前にいた人は隣りに座ってきた。
こんな状況、以前にもあった気がする。
あの時は俺が座る方だったが。
まさか隣りにいる人って……。
「兄貴さん。もうすぐで体育祭、始まっちゃいますよ?」
やはり、と言うべきなのか隣で座っているのは紗千だった。
紗千は心から心配そうな顔をしている。さっきまで結梨と仲良くお昼ごはんを食べていたはずなのに、ここまで探しにきてくれるなんて思いもしなかった。
「あの……兄貴さん。なにか言いたくないことがあるんなら、別に言わなくていいです。言わなくていいんですけど、急にどこかに消えないでください。皆慌てちゃうので」
「皆って?」
「そりゃあ、藤原さんだったりギャルさんだったり結梨だったり……とにかく、皆兄貴さんのこと心配して探し回ってるんですよ? サボるのは止めないんですけど、急に消えるのはやめてください」
紗千は、心から俺のことを心配してくれているんだろう。口から発する言葉一言一言から、直に気持ちが伝わってくる。
俺は佐藤俊介じゃない。けど、こんな俺のことを心配してくれる人がいるなんて思わなかった。
正直紗千と結梨のことをくっつけようと奮闘していたのは、遊びの延長線上。藤原もギャルも、体育祭をすっぽかして探しに来てくれるなんて知らなかった。
「さ、行こ? 皆が待ってる」
紗千から差し出された手。
前の俺なら、どうせこの現実は偽物。この手を取る資格なんて俺にはないなどとうだうだしていた。
だが今は違う。
待ってくれる人がいる。それだけで十分。
俺のことを心配してくれる皆がいる。
俺のことを見てくれている人がいる。
だから手を取る。
「ごめん。迷惑かけた」
「いいんですよ。私のほうが兄貴さんに色々迷惑かけてきたので。迷惑だなんて、そんなこと言わないですださい。兄貴さんにはそんな言葉似合わないです」
紗千から励まされ、その後ちゃんと競技にでて体育祭は無事終わった。
閉じこもっていた殻を破った日。少し遅かったかもしれない。けど、破ることができた。世界はあかるかった。
たとえ何年、何十年経ったとしても、俺はこの色が変わった日を決して忘れることはでいない。
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