第35話
アリスが消えた。
今までアリスに関わってきた人の記憶からも。
幸いいなくなった場に立ち会った俺は、アリスという小さな少女の皮を被った女性のことを覚えている。
終始アリスのことは全くわからなかったが、俺の目に映る彼女は悪役だった。主人公の前に立ちはだかる悪役。
俺はアリスのことは一切憎んでいない。
逆に突然いなくなってしまい、周りの記憶からその存在が消えたことに悲しく思う。
アリスが消え、謎の喪失感に苦しみ数日。
俺は結梨と紗千やギャルに、粗末な態度を取ってしまったと悪役を演じていたことを隠し謝った。
嫌な思いをしたにも関わらず、謝罪を真正面から受け入れてくれて周りに恵まれていたんだなと実感した。
「よし。じゃあ藤原、また明日」
「うっス」
オレンジ色の夕焼けをバックにバスが遠ざかっていく。
帰り道。
「オイオイオイオイ!!」
俺はいつも通り家に足を進めていると、突然金髪で首にタトゥーが入っているガラの悪い男達に囲まれた。
「あの……人違いじゃないですか?」
「んなこたーねぇ。さっきてめぇ、俺らの目指す藤原パイセンのことをバスまで見送ってたじゃねぇか。それを見て人違いなんておこさねーよ」
今まさに殴りかかってきそうな雰囲気だ。
喋った内容からこいつらはヤンキー崩れだった時の藤原の友人? か何かなんだろう。
変な奴らに絡まれてしまった。
「まぁ、うん。たしかに藤原のことを見送ったのは間違ってないけど、こんな一人を取り囲んでどうしたい?」
「てめぇ……藤原パイセンのことを呼び捨てにしやがったな!! パイセンのことを軽視するなんてこの俺、一番弟子が許さねぇ」
どうしよう。
藤原親衛隊みたいな奴らに絡まれて家に帰れない。
日々の鬱憤を晴らすため、コイツラを殴り倒して道を切り開こうか……などと考えていたとき、一人の女性が俺と男との間に入ってきた。
「け、喧嘩しちゃだぁ〜め」
俺のことをかばうように前に出たのは紗千だった。
お姉さん口調で余裕ぶっているが、足がガグガク震えているのがわかる。
「あぁん?? てめぇ……誰か知らねぇが、俺らは女相手だとしても容赦しねぇぞ!!」
「ひゃ」
男は我慢できずに、紗千に向かって握りこぶしを振り下ろした!
慌てて庇おうとしたのだが、俺より先に握りこぶしを止めている手があった。
結梨だ。俺のことを囲んでいた男の間から普段見ない、狼のように獲物を食らいつく鋭い瞳が見えた。
「あんた。私の紗千に手、あげたな?」
「チッ。何だてめぇ」
「それはこっちのセリフだ」
結梨は男の俺より男らしいセリフを放ち、藤原親衛隊を一掃した。
「じゃ、兄貴さん。私達は行くね?」
「お、おう。助けてくれてありがとうな」
「いいのいいの!」
二人は俺のことを助けることができて嬉しいのか、笑顔で手をつなぎながら歩いていった。
本当は身を挺してまで俺のことを助けようとしてほしくない、と言いたかったが紗千には信頼している結梨がいる。野暮なことは口に出さないが吉だ。
路地に残されたのは俺と、一掃され横になっている藤原親衛隊達。
「おい。大丈夫か?」
「う、るせぇ。パイセンを奪ったお前になんか心配されてたまるか」
一人の掛け声に、親衛隊達は路地から走り去っていった。
結局、あいつらは何なんだったのだろうか?
何をしたかったのだろうか?
わからない。けど、あいつらの立ち位置は悪役のそれだった。
俺は何か勘違いしていたのかもしれない。
悪役にも悪役なりの信念があり、願望があり、苦しみがある。悪役はなろうとしてなれるものではない。故に、俺はアリスという唯一悪役に成った存在が心に刻まれた。
俺は俺らしく。自分らしくいるのがこの世界、ひいては人生の中で大切なことことだと、沈みゆく太陽の明るさのように薄っすらと思えた。
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