第33話



 意図してたことじゃないが、俺が悪役に戻ることで、ずっと本性を隠していたあいつが動き出した。小さく小動物のような見た目をしているあの女が。


 久しぶりになる。

 背中にひんやりとしたコンクリートの壁の冷たさを感じながら、曲がり角の先にいる二人のことを見る。


「……で、そういうことなのでアリスは取り返しのつかないことになると思うのです!」

 

「えぇ〜そうかな? 私、そういうの全然わからないから言われても……ねぇ?」


「だとしても早く対処しないとだめなのです! アリスはそのせいで一回、本当に死にそうになったことがあるのですです!!」


「う、うぅ〜ん……」


 アリスに迫られ、困っているのは紗千。

 どうやら話を聞くに、アリスは紗千の体に悪霊がついているのがわかったらしく、そのお祓いに行ってほしいとのこと。


 ただ悪霊のお祓いに行きたいのなら、俺はここまで慎重にならない。

 以前、アリスの机の近くでとあるメモを拾った。そのメモの中には、紗千と二人きりになるための考えだったり、ことをほのめかすような残忍な言葉だったり。


「じゃあ、うん。わかった。そんなにアリスちゃんが心配してくれてるのなら、一緒にきてくれない? 悪霊なんて初めてで怖いし」


「もちろんです!!」


 無邪気に喜んでる、その笑顔が今では恐怖をも感じる。


 絶対に何か企んでいるアリスと紗千を二人っきりになんてできない。

 その一心で今、夏の暑い日差しを浴びながら歩道を悠々と歩いている二人を尾行している。


「ふっ。やっぱりアリスは俺らの敵だったんスね。転校してきたときから怪しいと思ってたんスよ……」


 ヤンキー崩れに戻り、また元の姿に戻った舎弟藤原と共に。


「しっ。静かにしろよ」


「す、すいません」


 こいつ、そよ風が耳に残るほど周りが静かな神社なのに、決め台詞みたいなダサい台詞をのたまうなんて一体何を考えているんだ。


 でも、こういう大切な場面でついてきてくれるから……。


「いい奴なんだよね」


「え?」


 後ろからアリスの声が聞こえてきた。


「ふふ。びっくりした?」

 

 後ろに無邪気に笑っているアリス。

 前に正座をしているアリス。


 意味がわからない。誰だこの女は? もしかして双……。


「いえ。私は双子じゃないわよ? 貴方、自分がここに来たときはどういうことかすぐ察したのに以外と鈍感なのね?」


「いや、え?」


 同一人物が前と後ろにいるっていうことから、どういうことを察せばいいのかわからない。


「ど、どういうことなんスか……」


 藤原もさっき俺が注意したので、口に手を当てながら静かに驚いている。

 どうやらこのアリスは幻ではないようだ。


「そんな私のことをお化けか何かだと思ってるの? ほら。ちゃんと人のぬくもりを感じるでしょ?」


 確かに生温かい体温を感じ、無理やり掴んできた手を振り払う。


 さっきから喋っていてどこか気持ち悪いな、と思っていたが理由がわかった。

 こいつ、俺の考えてることを先読みしてやがる。

 ……と、いうことは今考えてることもわかってるはずだ。


「ええ。もちろん、貴方が思ってる通りわかるわよ? あら。やっぱり貴方って察しいいじゃない」


「それはどうも」


「え!? え!?」


 意味がわからず、首をぐわんぐわん動かしている藤原のことなんて無視して話を続ける。


「お前は一体何者なんだ?」


「何者かって聞かれても、私自身もよくわからないわよ。ただここではアリス、とそういうことになってるわ」


 自分でもわからず、ここではアリス。

 ということはここは夢ではないのか? でもここはアニメの世界。現実世界でもない。


「あっ、そう。なるほど。だから貴方はあんな危険を犯しながらも、大立ち回りしてたってわけね。知らないんじゃ、仕方ないわ」


「お前は知ってるんだな。……ここがどこなのか」


「いえ。私も知らないわ。貴方と同じでよ」

  

 だめだ。今の言葉でここがどこなのかまたわからなくなった。

 もういいか考えなくて。どうせ現実世界かなんて証明できないんだし。

 

 それより今はアリスだ。 


「なるほど。じゃあお前は突然ここに来た時、分身ができたり人の心を読むような力を手に入れたってわけか」


「そうよ。そこまでわかる察しのいい貴方なら、私がこれから何をしようをしているのかわかるわよね?」


「俺とは正反対のことだよな?」


「そう捉えることもできるわね」


 アリスはふんっと否定せず、俺たちが隠れている木の前まで歩いていった。


 もし今紗千が振り返ったら最悪だ。


「ふふっ。もし止められるものなら止めてみなさい? 私は貴方のような、ただ目標のために我武者羅に突き進む人は嫌いじゃないわよ」


 分身アリスはフッとお姉さんのような、余裕の笑みを見せながら正座をしている体の中に吸い込まれていった。


「ふむ。これで除霊は終わりだ。もう君の体には悪霊はついていない」


「ありがとうとうございました!」


「ありがとうなのです!」


 アリスの本性を目の前にし、唖然としていた。

 二人は除霊が終わり、出口であるこちらに近づいてきた。


「ぁ、ぁ、ぁ」

 

 ようやくアリスが分身していたことを理解できたのか、ふがふがしている藤原を連れ草むらに隠れる。


「いやぁ〜それにしても、本当に悪霊が憑いてたなんて思わなかった。気づいてくれてありがと。アリスちゃん」


「その言い方……。もしかして、アリスが言ったときは信じてなかったのですか!?」


「い、いやぁ〜ね? いきなり悪霊とか言われても……ね?」 


「むきー!! 嘘だと思われてたのはひどいのです!」


 二人は楽しそうに喋りながら帰っていった。


 すれ違う際、アリスの顔からこのままだと私の思惑通りになっちゃうぞ、というドス黒い笑みを見て鳥肌がたった。

 

 こういうのがなのだと。

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