第31話



 カンッカンッ、と来た球を左手に握っていた木製のラケットで打ち返す。


「といっ!」

 

 球はカンッカンッ、とアウトラインギリギリのコースを通りうちの勝ちかと思ったのだが。

 

「なぬ!?」


 相手はシュパッとその小柄な体を高みに使い、危機一髪で球を空中高く打ち上げた。


 正直今のは勝ちだと思ってた。

 今は敵ながら、そな反射速度にははなまるを差し上げよう。


 けどうちにとってこんな球、サービスボールとしか考えられない。


 飛んできた球を勢いよくラケットで弾いた!


「ほりゃ〜!」


 カンッ! と甲高い音とともにうちの全力の力で弾かれた球は光のスピードで台、そして地面に落ちていった。


「うへはほ!?」


 相手は反応することができず、尻餅をついて間抜けな声を溢した。


 これは誰がどう見てもうちの勝ち。 

 正直、すぐ勝てると思っていた。ここまでアリスちゃんが強いのはビックリした。


 途中危うく負けそうになっていた時を思い出し、ほっと一息つきラケットを台に置いた。


 すたすたと、敗者らしく地面に座っているアリスちゃんのもとに行き、ここまでうち相手に戦ったことに称賛するのも含めて手を差し伸べる。


「アリスちゃん、うちが思ってたより100万倍強かったよ」


「くっ。そ、それが強者の余裕というなのです!?」


 ギッと悔しそうに奥歯を噛み締めながらも、手を取り立ち上がった。


「いやいやぁ〜。実際、うち結構負けそうなところ多かったんだよ? アリスちゃんマジで強い」


「そ、そう?」


「うん。本当にマジで少し練習したら、うちくらい蚊を潰すくらいで倒せると思う」


「むふふ。そんな褒め散らかしても何も出てこないですぅ〜」


 アリスちゃんは明らかに嬉しそうに体をくねくねさせながら、バシバシ嫌そうにうちのことをはたいてきた。


 普段は冷たそうなアリスちゃんが、こうやって照れる姿を見るのが最近のマイブーム。

 これ以上褒めると、はたいてくる力が増して痣ができそうになるので打ち止め。


「ふぅ。楽しかったね、卓球。今って何時なんだろう?」


「ぷ〜む。ここ時計ないからわからないけど、多分下校時間は過ぎてると思うです」


「さっき校門から教員が完全下校の時間だって言ってたから、それにはうちも同感」


「え、え? 完全下校の時間ですか?」


 アリスちゃんは二度見して聞いてきた。


「うん」


「ひょふぇ〜!?!?」


 そんな高い声、一体どこから出ているのだろうか。

 というか、なんでそんなオーバーリアクション?


「まぁ、うちらもそろそろ帰ろ? 空ももう暗いことだし」


「な、な、な、なんでそんな落ち着いていられるんです!?」


「え? 逆になんでそんな驚いてるん? うち、そろそろアリスちゃんのリアクションのせいで鼓膜破れそうなんだけど」


「あっごめんなさい……って、違うのです!」


 なんかさっきからハイスピードのやり取りが続いてて楽しいな。


「なんでそんなニヤニヤしてるです! アリス、アリス怒るのですよ!!」


 フガーっと猫のように威嚇されたところで、全く怖くないけどこれは怒りそう。流石になんか言いたそうにしてるし自重しよう。


「ごめんごめん。で、違うって何?」


「そうでした。あの……アリス気づいたんですけど、もうここにアリス達意外、人いないんじゃないです?」


 何故かわからないけど、今からお化け屋敷に行くんじゃないかというほど怯えている。

  

 もしかしてアリスちゃん、完全下校だから先生もいなくなったとか思ってるのかな? 


 いや、さっきから真っ暗な廊下から隠れるように、うちのことを盾にしているのを見るに多分そう。


 これは……面白いことになりそうな予感。


「た、たしかに!? ということはうちらこの学校から出れないんじゃない!?」


「な、なぬ!! どうしよ……怖い……」


「そういえば、この学校で過去うちらみたいに完全下校後に残っちゃった生徒がおばけを見たっていう話ある気が……」


「ひゃひょ!? ちょ、ちょっとなんで今そんな物騒な話するのです。アリス怖いです!」


 グイッと思いっきり服を引っ張って、それ以上言うんじゃないと訴えかけられると、自然と口がふさがっちゃう。


 アリスちゃんがおばけだとかそういうのに苦手なのはちょっと以外。

 

 可愛そうだけど、怯えてるのを見るの楽しい。


「怖がってても仕方ないし、早くこんな学校から出よぉ〜。それこそこんなところにいたら、おばけに何されるか溜まったものじゃないし」


「だからアリス怖いって言ってるです!」


 ぐすっぐすっと鼻水をすする音が静寂の廊下を支配している。


 後ろには今まさに泣き始めそうな、可愛そうなアリスちゃん。


 原因は廊下を歩きながら、面白半分で偽のこの学校の怪談を言ったせいだと思う。ここまで泣きそうになるとは思ってなかったので、罪悪感がヤバい。

 

「今、ここどこやのです!?」


「んん〜……。二階かな」


「ひぉ!? なんでまだ二階なんです。アリス、もう結構歩いたのですよ」


「たしかに、ちょっと遠回りしてるかも……。ごめぇ〜ん。こんなの言い訳にしか聞こえないこど、真っ暗でどっちがどっちなのかわからなくてぇ……」


「そんな、謝らなくていいです。悪いのは泣きそうになってるアリスなのです。……て、そんなことよりアリス疲れたです」


 前に歩こうとしても、後ろからギュッと体を抱きしめられていて進めない。


 早く前に進んで帰りたいところだけど……。

 怖がらせて、泣きそうになるまで追い詰めたうちがそんなこと言えないよぉ。


「じゃあ、近くの教室で休もぉ」


 一階に辿り着いた。


「早く帰ろうです」


「うぅ〜ん。このまま帰ったらつまんない気がするんだけど……」


「何を言ってるです!! もうアリスのお腹の中はぱんぱんで張り裂けそうなのです!!」


 アリスちゃんの悲痛な叫び。

 普段聞かないような、怯えて怒りさえも感じている声がちょっとかわいいなって思っちゃった。


「そ、そっかぁ……あっ。でも少しだけうちの、一組に寄ってもいい? 机に財布忘れちゃったんだよね」


「むぅ。しょひゅがないですね……。いいですけど、その条件としてアリスから離れるじゃないです!」

 

「はいはい、わかりましたお姫様ぁ〜」


「からかうな、です!!」

 

 アリスちゃんの怒声を背中に、ガクガク震えている手を片手に、一組の教室の前にたどり着いた。


 早く財布を取って帰ろう。


 そう意気込んで、いざ扉を開けようとしたのだが。


「……だよ」


 誰もいないはずの教室から人の声が聞こえてきた。

 先生かと思ったけど、こんな時間に教室に来る先生なんていない。


 勇敢にも扉のガラスから顔を出して、誰がいるのか確認しようとしているアリスちゃんを引っ込める。


「ちょ。そんなことしたら、バレちゃうじゃん」


「バレる? そんなの、アリスにとってどうでもいいことなのです。この学校に幽霊がいるのか……それを知ることが一番重要なのです!!」


 アリスちゃんは、さっきまでの怯えを一切感じさせない気迫を放ちながら、堂々と扉を開けてしまった。


「どうどうどうどう!! アリスがお前のことを退治するですぅ……え?」


 目線の先にいる何かを見て、ピタリと体が止まった。


 うちも、どうしたの……? と、騙そうとしているのかと呆れながら顔を出したが同じようにピタリと体が止まってしまった。


「ん? おぉ。二人もまだ学校に残ってたのか」


「兄貴、ちゃんだよね?」


「え? うん。そうだけど……え?」


 教室の人の椅子に座っている兄貴ちゃんは、何かしたの? と、そこにいるのが当たり前かのように首を傾げきた。


 こっちが首を傾げたいんだけど……。


「なんで兄貴さんがこんなところにいるのです! ここにいるはずなのです。この学校の七不思議である、オバケが!」


「何バカみたいなこと言ってんだよ」


 兄貴ちゃんは、思わずつばを飲み込んでしまうほどの緊迫感に包まれたアリスちゃんの空気を一掃した。


「バカとはなんなのです。アリスはバカじゃないです」


「あっ、そっ。まぁそんなことどうでもいいや。それより、なんで二人こんなところにいるんだ? もう夕方を通り越して夜だぞ?」


「ん? 実はうちらは……」


 卓球をしていて気づいたら時間が進んでいたことを伝えると、兄貴ちゃんは何故か私のこともアリスちゃんと同じような目で見てきた。


 うちなんかバカだと思われるようなことしたのかな?


 そんなふうに疑問に思っていると、何故か一組の教室にいた兄貴ちゃんは親からの電話を片手に、走って帰っていった。


「なんなのですあの男……」


「さぁ? いつも兄貴ちゃんと一緒にいるうちらも全然知らないし、誰も何もわからないでしょ。ま、そんなことよりぃ〜よっ。財布あった!」


「おぉ〜よかったのです」


「ここまでついてきてありがとぉ〜めちゃ楽しかった」


「楽しかったってどういうことなのです!?」


 後ろからアリスちゃんの不満げな声を聞き流しながら、廃墟のような真っ暗な校舎をあとにした。

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