体育祭編

第24話




「えーてことで、体育祭まであと残り3日となりました。これまでね、色々準備をして来たと思うので各々体調を崩さないように、ラストスパート頑張ってください。以上解散」


 舎弟藤原のような、先生の定期文を聞き教室を出た。


 廊下には体操着姿の生徒がたくさんいて、皆何かしら準備をしている。放課後というのに、いつにもまして学校が賑やかだ。


「で、それであれをこうしてあっちのやつがこうなって……」


「えぇ〜。まじやばいんですけどぉ〜。これ終わるん?」


「紗千。私、多分のこのままじゃ間に合わないから助けて……」


「も、もちろん! 手伝う!」


 いつもなら遊んでいる奴らも、体育祭に向けて一生懸命準備をしていた。


 俺はそんな突き進むだけの奴らを横目を過ぎる。リュックを背負い、校門から出た。もともと俺は準備が少ないので終わっている。手伝おうだなんて思わない。


 正直、体育祭という行事に負い目を感じている。


 なぜなら、本当の俺はもう成人している。学校など終わった過去。紗千と結梨のことをくっつけようと奮闘し、見てみぬふりをしようとてた。


「はぁ〜……」


 どことなく、足が重い気がする。

 家に帰る足が重い。……まさか俺は体育祭に向けて準備をしたがっているのか?


 もしそうだとしたらそれは俊介の方の気持ち。

 俺はもう、というか嫌なんだ。体育祭が。学生時代、何もできずただ端っこで座ることしかできなかったのを思い出しちゃうから。


 帰れば、いいんだ。俺は帰れば。


 学校に背中を向け、早足で足を動かそうとした時。後ろからリュックを引っ張られ、無理やり足を止められた。


「ちょ、兄貴! 体育祭なのに、何もう帰ろうとしてんスか!?」

 

 はぁはぁと息を切らし、顔を赤くしている藤原。


 バレないように帰ろうとしたはずなだけど、バレてたのか。


「いや俺はもうやることやったし」


「だとしてもっス。だとしても、体育祭なんスよ? これからの高校生活、いいや……青春を謳歌するためにも体育祭に向けて皆で汗水垂らして準備しましょう!!」


 藤原は一緒に来てください、と手を差し伸べてきた。準備でうまくいかなかったのか、それとも本気という現れなのか手には大量の絆創膏が貼られている。


 ちょっと前までヤンキー崩れの男が、よく青春を謳歌するとか言う男になれたものだ。


 ここまで変わったことに素直に感心する。


「まぁ、俺はいいさ。お前達で青春とやらを楽しんでくれ」


「兄貴……」


 悲しそうな、しょんぼりした顔になった。

 涙を流しそうな勢い。


 俺、そんな悲しむほどのこと言ったか?


「ね。やっぱり、アリスが言った通りになったでしょ?」


 後ろから腕を組んだ偉そうな少女が歩いてきた。藤原の肩をトントンと、慰めるようにさすっている。


 藤原のオーバーリアクション。

 こいつが何かたらし込んだせいか。


「アリス……。俺の大事な舎弟藤原に何した?」


「アリスは別になにもしてないです。ただ、兄貴くんが帰ろうとしてたところを見た藤原くんが、アリスに止めるのを手伝ってほしいって言ってきたので手伝っただけです。……まぁ、途中で言わなくてもいいことを言ったですけど」


「何余計なこと言ったんだよ。お前まさか……」


 俺が俊介であって、俊介ではないことを言われたとしたら。

 もしそうだとしたら……。でもそうだとしたら、藤原は俺に聞いてくるはずだ。


「兄貴、兄貴が青春が嫌いだというのはよくわかりました」


 なるほど。アリスのしてやった、と言う顔を見る限り言ったことというのは「青春が嫌い」ということらしい。まぁ、間違っていないので訂正するつもりはない。


「で、何なんだお前は。藤原。お前は俺の舎弟なんだから、それ以上は踏み込んでくるなよ……。好き嫌いは人それぞれだろ?」


「そうなんスけど……。なんスけど、それじゃあ絶対未来、いつか後悔することになりますよ」


 そんなことわかってるのは、後悔している俺自身がよくわかってる。


 『あの時こうしておけば……』という場面は、もう山ほどある。今も本当にはこんな駄々をこねずに、藤原と一緒にいるべきなんだ。


 けどこれは俺の人生じゃない。


 俺がどれだけ頑張っても、すべて佐藤俊介のものになる。そのせいですべて線引してしまい、あきらめているのかもしれない。


「はぁ〜……。兄貴くんって以外とバカを通り越して

、アホを通り越してゴミです」


 悩み込んでいる中、当然アリスが前に出てきてゴミと言い放ってきた。


「それはただの悪口なんじゃないか?」


「そんなのいちいち考えてたら無駄無駄。……あのね、兄貴くん。アリスには兄貴くんが考えてること、思ってることをよぉ〜くわかる。けど……」


 稀に見せる、小さな少女だと思わせない瞳を前に何も言えなくなった。


「けど、今兄貴くんは誰? ここがなんなのか。そんなの兄貴くんにとってどうでもいいことなんでしょ? それはアリスも同じ。……だけど、だからと言って諦めていい理由にはならない、です」


 アリス……いや、この女性は乗り切ったんだろう。別の人間になった、ということに。俺はそうはなれない。


 過去は過去。過去に人が死んだら生き返ることができないように、過去過ごした日々を塗り替えることなどできない。


「なんか説得してもらってるのに悪いな。俺はお前みたいに器用に生きれないんだ」


「兄貴くん」


 そんな哀れむような、同情するかのような目で見られたとしてもなんの意味はない。


「じゃ藤原。体育祭の準備……青春を謳歌しろよ」


「う、うっス……」


 いつもなら図太く、元気な返事が今日は寂しそうな震えた声だった。


 それから3日後。

 藤原との周りとの空気が悪い中、とうとう体育祭当日がやってきた。

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