第19話
スパイ映画を見ている途中、ヒロインの元彼がユウリと同じくヤンキーだったと口走ってしまったことがすべての原因。
ヤンキーだという衝撃の事実を聞いた同士二人は、これこそが次なる障害物になりゆる! とまたたく間に居場所を調べ、今タトゥーがたくさん入ってる人たちに囲まれている。
町外れの孤立した大きな倉庫の中なので、逃げようにも逃げれない。
「ふざけんじゃねぇぞゴラァ!!」
つばを撒き散らされている理由は、ギャルがこの場所に来た途端「お前たちのボス、バカ弱いんですけどぉ~」と、喧嘩を売ったからである。
そんな張本人はさっきから俺の背中の後ろで、ブルブル震えている。もう一人の舎弟藤原も同じくして、俺のことを盾にして隠れている。
「は、はん! お前たちなんか兄貴にかかれば、一瞬でけちょんけちょんなんだからな!」
俺のことを棚に上げ、自分だけがこの場から逃れようとしているのでこの舎弟もたちが悪い。
「おいてめぇら! 雅弘様が来られたぞ!」
一人の男の声に、突然周りを囲んでいた男共が一歩下がり静かになった。
奥の方から誰かがこっちに歩いてきている。
「ふ、む。君たちがこの私のことを侮辱した、という愚か者達なのかな?」
金髪でセンター分け。半袖から出ている肌には、ドラゴンのタトゥー。右手には金色に輝くナイフ。くちゃくちゃとガムを噛んでいる音が、この空間を支配し緊縛感を煽る。
男共より一歩前に出てきたのはどこからどう見ても、ゆうりの元彼。このヤンキー集団のボス。
「ふふ。うち、あんたのことめちゃくちゃ怖いヤンキーだって聞いてたのに、ぶっちゃけ全然怖くないんですけどぉ〜」
「ははは。誰が私のことを君に怖い人だといったのかわからないが、そうか、ということは私は君の予想以下だったということか」
「うっ、うん。まぁうちのリーダーである兄貴に勝ててない時点でことが知れてるんだけどねぇ〜。あんたがヤンキーだとかマジウケるんですけどww」
雅弘はギャルの渾身の煽りに動じることなく、「ふむ。面白いな、君は」と言い返した。
それと対照的に、後ろにいるギャルの手はガクガク。恐怖で倒れ込みそうなほど、ガクガクしている。
いくら俺のことを盾にしているからって、流石に言いすぎたのでは?
「それで、君がそこのギャルが言っていた兄貴かい?」
「まぁ、そんなふうな呼び名で呼ばれてるのは俺だけど……。今ギャルが言ったの、鵜呑みにすんじゃねぇぞ。俺、そんな偉大な男じゃないし」
「何を言ってるのですか兄貴!!」
あぁ。また後ろから面倒なやつが話に入ってきた。
「ほう、君は?」
「俺は兄貴の唯一無二の舎弟藤原!! 兄貴のためならたとえ火の中水の中。どんなところにでもついていく!!」
藤原はいつもの定期文を言い満足したのか一息つき、何事もなかったように頭を引っ込めた。
「君はなかなか面白い人間のことを引き連れているのだな。兄貴と慕われるだけある」
「……それはどうも」
ふむふむと深く何かに対して感心しているが、全く嬉しさは感じない。
「で、まぁ君たちがどんな人間なのかはわかった。それで、私のことを侮辱しするほど伝えたいこととはなんなんだ? 今、私は君の前にいるのだから面と向かって言うチャンスだぞ?」
さっきまで微笑んでいた顔が少し引き締まった。雅弘は落ち着いた声で問いかけてきてるが、俺には静かに激怒しているように聞こえる。
これは、言葉に気をつけなければ最悪がありゆる。俺が知ってるアニメの中の雅弘は、気に入らないことがあっただけで八つ当たりとして仲間を複雑骨折させるような人間。迂闊には動けない。
「そうだな……お前って、数ヶ月前までとある女性が彼女だったよな?」
「とあるって言われてもわかるはずないだろ。私は、これまで数え切れないほどの女を手玉に取ってきたんだぞ」
「じゃあ、名前を言うけど俺が言ってるのは西島結梨っていう子のことなんだが」
「ッ。ふむ。なるほど。たしかに私はその名の女性の名前に聞き覚えがある。そいつがどうしたというのだ? 私はもうあの女とは終わったんだ」
雅弘は結梨の名前を聞いた途端、殺気を剥き出しにしたが最後は少しせつなそうに「終わった」と言い切った。
これは未練がある証拠。
その理由として、俺が知っているアニメの中だとこいつは暴れに暴れまくっていた。悪役、と言ったら俺とこいつというほどに。
「終わった、というのはそれは本心からの言葉か? 俺には未練があるように聞こえるのだが……。もし、結梨に会いたいとでも言ってみろ。俺が全力で阻止してやる」
「してやる!」
「してやるぅ〜!」
正直、俺達は勝算なんて一つもない。それくらい「全力で阻止する」なんて無謀な言葉。
俺の後ろにいる二人はまだ覚悟が決まっていないのか、足をガクガクさせている。恐怖でおかしくなりそうなのに立ち向かおうとするその気持ちは、やはり志のため。俺も屈するわけにはいかない。
「ふっふっふっ……」
腰を低く構え、いつでも戦いが始まってもいいように準備していると、突然正面、雅弘が笑い始めた。
「何がおかしい?」
「いや、別に君達がおかしいというわけじゃない」
雅弘は自身の腕に彫られているいかつい入れ墨を優しくさすり、ヤンキーなど一切感じさせない、優しい空気で話し始めた。
「たしかに私は無意識の中で、まだ結梨のことを考えていたかもしれないな。それは認めよう。君が言っていることは正しい」
「だ、か、ら、俺はお前のことをどんな手を使っても止めてやるって言ってんだ!」
「ちょちょ、別に私はもう結梨に会いに行こうだなんて思ってないさ。だからそんなムキにならないでくれ」
「は?」
これは予想外。俺が知ってるこいつは、どんな手を使ってでも結梨に会いに行こうとする、いわばストーカーのような人間。
「私がさっき笑ってしまったのは、ただ結梨は前に進み変わっていってるのに、過去に囚われて進めていない自分が滑稽に思えたからだ。だから君達のことを笑ったわけではないんだよ。誤解させて悪かったな」
雅弘はらしくもなく、頭を下げて謝罪してきた。
おかしい。俺が知ってる雅弘はこんな、こんな人間じゃない。
「あの……どうするぅ? 兄貴ちゃん。あの人、もうゆーちゃんに関わらなそうだけど」
「そう、だな。もういいか。いいな。うん。ふたりとも。帰るぞ」
「うっス」
「はぁ〜い」
「じゃあな。結梨の熱烈なファン君」
「うるせぇ」
勢いよく倉庫の扉を閉め、二人の同志を引き連れ帰りの電車に向かう。
今はものすごく気分が悪い。これは、あれだ。雅弘が俺の思っていた人物ではなかったからだ。俺はあいつとはまだ一度も会っていない。なのに、考え方そのものが変わっていた。
この事実がもたらされ考えゆることは一つ。
『物語が変わり始めている』
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