第9話



「兄貴俺、ちゃんとやれますかね?」


「あぁ。大丈夫だ。なんたって藤原は俺の舎弟なんだからな」


「兄貴っ……。ぐす。俺、俺絶対上手くやって兄貴のお役に立ってみせます!」


 俺は観覧車の中から、気合を入れている藤原のことを見守っている。


 藤原のお手伝い。もしこれがうまくいったら、紗千と結梨の仲は今よりもっと良くなるはず。


 ちなみにあのおじゃま虫こと、ギャルは……。


「えぇ〜やばやば!! 観覧車から見える夕日まじきゃわいい〜!! って、ちょっとまって。海に夕日が照らされてるの、まじ映えてるんですけど!!」


 俺と同じ観覧車の中に乗っている。

 実質、隔離である。


 ターゲットである紗千と結梨は俺たちのことを探しているのか、お化け屋敷の周りをうろちょろしている。


 舞台は整った。


「藤原。いいぞ」


「うっス」


 藤原の緊張した声が聞こえてきた。

 

 ちなみに観覧車の中まで声は聞こえないが電話を繋げているので、どんな状況なのかわかる。


「なんかこっちも緊張するな……」


 深呼吸をして心を落ち着かせる。


 そんなことをしていると藤原は、二人のすぐ側にまで行っていた。


「おい、そこの嬢ちゃんたち」


「……えっと私たちのことですか?」


「お前ら以外に一体誰がいるっつうんだよ」


「紗千ちゃん。――下がってて」


「う、うん」


 結梨はいきなり絡んできたチンピラ(藤原)を警戒して、紗千のことを下がらせた。


 普段決して見せない、威圧感のある声。

 

 上から見ていて、若干藤原は気迫に押されてる気がするが流石にこの程度で食い下がるほどやわな男じゃない!


「はっ! か弱そうな女を後ろに隠して……てめぇ、俺とやるつもりかあぁん?」


「黙れ、三下。お前のような女にしか突っかかれない、ヤンキー崩れなんてくたばりやがれ」


 結梨は藤原に負けじと言い返した。


 藤原はどことなく、さっきより体が押されてる気がする。


 そういや結梨が元ヤンだってこといい忘れてたな。

 

「負けるな藤原。あともうひと押し」


 俺の言葉が届いたのか、藤原は堂々と胸を張りながら一歩前に出た。


 それでこそ俺の舎弟だ。


「なぁ、姉ちゃん。俺はお前のことなんてどうでもいいんだよ。俺はなぁ……お前の後ろにいる、そっちの姉ちゃんと一発シてぇんだよ」


「あぁん?」


 結梨は藤原の言葉にキレたのか、ドス黒い声を発しながら一歩前に出た。


 ちょうど観覧車が一番上まで到達していてどんな顔をしているのかわからない。けど、声を聞けば大体どんな顔をしているのかわかる。


「ちょっと黙れよ姉ちゃん。俺はお前みたいな、女っ気がねぇやつが大っ嫌いなんだよ」


 藤原の言葉に、結梨は顔を下に向けて黙り込んだ。


 これは……完全に怒ってる。


 元ヤンである結梨にとって、女っ気がないという言葉は死語。


「ありがとう藤原。お前の有志は決して忘れないぞ!」


 右手でぎゅっ、と握りこぶしを作って電話を切る。


 そういえばアニメでは死語を言ってしまったモブAは、エンドロールの中でボコボコになった姿を晒していた。今がその時なのだろう。

 

「藤原……」


 俺は藤原のことを尊い犠牲だと思い、考えるのをやめた。


 ポジティブ思考。

 それが大事さ!


「ねぇ兄貴ちゃん! うちと夕日をばっくにマジ映え写真とろぉ〜!!」


 そんなこんなで一人の男の犠牲により、紗千と結梨の仲はより一層深くなった。

  

    

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