第4話



「ぐすっ、ぐすっ……」


 紗千は人気のない、屋上に続く階段で一人泣いていた。


 このシーンは、アニメ1話のエンドロール後に流れる、人付き合いが上手くできず泣くほど辛く感じている紗千と、人付き合いが上手くいっている結梨を比較するように流される切ないシーン。


 本当はここでアニメは終わるのだが、俺は一歩前に出る。


「なぁ、大丈夫か?」


「ぐしゅ……ひゃ、ひゃい」


 俺が言葉をかけながら隣に座ると、紗千は体をビクリと震わせて反応してきた。


 泣いてたら急に知らない男から、声をかけられたらビックリするのは当たり前か。


 「ふぅー……」と一息ついて、口を開く。


「俺はな、最近気になってるやつがいるんだ」


「ひゃひ?」


 紗千は目を丸くして、首を傾げた。


 涙目でそんな疑問そうな顔をされると、ついつい言っちゃいけないことを口走りそうだ。

 

「まぁそんな動揺せず、ちょっと話を聞いてくれ」


「わがりまじだ」


「うん。よろしい。で、俺は最近気になってるがやつがいるんだ。……そいつは、一歩踏み出そうとしてるけどその勇気がなくて心が折れそうになってる」

 

「しょれは何と言うか……大変そうでしゅね」


 紗千は俺の話を聞いて泣き止んでいるが、滑舌が上手く回ってないようだ。


 これだけの情報じゃ、俺が気になってるやつというのが自分だというのに気づいてないらしい。気づきそうにないのでもう少し行けそうだ。


「そ、大変だ。まぁ俺はそいつとまだ知り合いでもないから横から見ることしかできないし、口出しなんてもっての他。……君ならこんな人を目の前にして、どう声をかける?」


「しょうですね……」


 紗千は顎に手を当てて、「むむむ」と首を曲げながら真面目に考えてくれている。


 こんな真面目な姿、すれ違いが多いアニメの中で見たことがない。もしかしてアニメ以外では、こういうのが多かったのではないだろうか。


「もし私が、その知らない人で横から見てて心が折れそうになってたらとりあえず、一言「大丈夫?」と声をかけると思います」


「そのあとは?」


「そうですねぇ〜……。でもうん。とりあえず、一言声をかけるだけでいいと思います」


「いやそれだけじゃ、その心が折れそうになってる人が前に進めないんじゃないか?」


 俺は紗千の言葉が、全然問題の解決になっていなかったので反射的に聞いた。


「いえ、前に進むかはその人次第です。声をかける。心が折れそうになってる人には、それがなによりの救いになると思います。声をかけられ、人に心配されていると気づけるので」


 紗千の経験があるように重い言葉を聞いて、何も声が出なくなった。この言葉は社畜時代の俺にも響く。


 さっきも感じたが、こんな真面目な紗千知らない。知っているのはドジで、だけどひたむきに頑張る少女。


 もしかしてこの姿はアニメで描かなかった、いや描けなかった裏設定なのだろうか?


「そっか、そうか……」


 立ち上がって、足を前に進める。


 知らない姿を見たのだが、俺がすべきことは変わらない。紗千の背中を押す。


「君は、優しいね。あと、とても勤勉だ」


「あ、ありがとうございます?」


 紗千は言われたことがよくわかってないのか、疑問に思っているように言ってきた。


「ははは……俺は、何か頑張ることに対してもし失敗したら自分が無知だからといって言い訳にはしたくない」


「…………」


「まぁ、何を言いたいのかっていうとその……なにかに向かって頑張る人を心から応援してるってことさ」


「?」


 やっぱり紗千は、自分のことを言われてるのに気づいてないらしい。


 真面目なのに、こういうところは鈍感なのだろうか。一人になって俺の言葉を覚えててくれたら気づいてくれるだろう、と思って続ける。


「――誰も、君のことを攻めない。もし裏でなにか言ってたら俺が叩きのめす。だから、だから君は君の進むべき道、やりたいことをやってくれ」


「やりたいこと……」


 俺は紗千の、つぶやく言葉を聞いて満足しその場を去った。


 このとき、何も知らなかった。

 アニメの筋書きを変えることの重大さを……。

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