第53話
春の日差しを浴びながら、社員寮のある住宅街へと向けて桜木東戸塚線沿いをとぼとぼと歩く。スリーエフやオリンピックといった、生まれてからこれまでの生活の大半を送ってきた地元のエリアでは馴染みのないコンビニや、スーパーマーケットなのかディスカウントストアなのか分からない大きな店舗の前を、そのうち足を運んでみようと考えなら通り過ぎる。
何度か目の大きな交差点で桜木東戸塚線を横切って住宅街に入ると、途端にアップダウンが増える。なだらかなカーブを下った先の横長の3階建ての建物がこれから暫くのあいだ根城となる社員寮のようであった。一見病院のようにも見え、近所に住む人や関係者でもなければここが寮であるということは分からないかも知れない。入り口が開いている様子は、日中のあいだに風を通しておこうという意図もあるようにも思えるが、この日に次々と訪れる入寮者を迎えるためなのだという主旨であると、自ら入寮者である広木にとってもそれとなく見て取れた。
汗ばんだ首元を掌でひらひらと扇ぎながら入り口を抜けると、土足エリアとの境界を示すかのように長机がそこに設置されている。どうやらここで名簿と突合しながら入寮者の到着を管理しているようであった。プレミアータのサイドゴアブーツを下駄箱に収めた広木も受付けを待つ2、3人の列へと並ぶと、そう待たされることもなく順番が回ってきた。受付けといっても非常に簡易なもので名前を告げて自分の欄へとチェックが入ると、数枚のA4用紙を手渡され、2階の食堂へと通された。手渡された用紙はこの後の入寮式を兼ねたオリエンテーションに用いるのだろう。2階へと繋がる階段を上がると、大きな戸が開かれた窓際の部屋が視界に入りそちらへ向かう。やはりその部屋が厨房と通じる配膳スペースを備えた食堂であった。
6人掛けのテーブルが5台ほど並ぶスペースはそう狭くもない。空いた席に着きながら荷物を下ろす。周囲を見渡すと、広木よりも少し若い世代の者もちらほらと散見される。全員が男性だ。きっとここは男子寮なのだと広木は認識する。考えてみれば当然のことなのかもしれないが、これからの入社を経て社会人と迎えられるのと同時に、数年前に成人となりながらも改めて男女の区別を明確にされることで、大人になったのだったと自覚も湧くようで不思議だ。
春の陽気の日差しのもと普段以上に歩いたこともあり思いのほか汗が引かない。上着を脱いでロンT姿になると半袖をのTシャツを肩まで捲し上げている者が数名おり、思わず2度見してしまう。確かに天気予報では5月上旬並みの気温とでも言われそうな暖かさではあるが、腕をすべてさらすほど暑いだろうかとも思う。昼過ぎの日差しの差し込み方や食堂の窓の位置からすると、脱いだ上着を早々に着直そうかと思うくらいには、日が当たらないスペースはひんやりと心地良い。
「自分、北海道から出てきたんでこっち暑過ぎます」
「ですよね、僕の北海道なんですよ。夏とかどうなるんだろう」
「どちらですか?自分、旭川です」
「僕は帯広です」
確かに広木のように地方から上京しようという者がこのように入寮者であるわけで、方々から集まってくるというのは当然のことなのかも知れないと、広木も合点する。そうしているうちに、品川の本社で行われた最終面談の際に顔見知りとなっていた坂田が食堂へ入ってくる姿が視界に入った。坂田も確か九州の方の出身だったはずだが、連絡先も特に交わさずその時限りでもあったため、同じ会社に共に入社することも余り考えてはいなかった広木は少し安堵した。
テクノロジーの世界の理不尽な合理主義者達 城西腐 @josephhvision
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