第28話

 渡航先のシンガポールでの環境の変化は広木にとっては適用しやすいものであったが、クリスマスや年末年始を夏の装いのまま過ごすという点についても新鮮そのものであった。日本でいうところの花火大会などの夏祭りで街が賑わっているような、広木にとってはそんな様子に捉えればしっくりと来た。また、中華系の民族が多数を占めるシンガポールでは、年末年始ではなく旧正月にしっかりと休みをとるということもあり、暦上の何てことの無い週末を越すように新年を迎えた。


 インターン先では日本人スタッフに連れられて現地の顧客先を回りながら、Windows OSの初期設定やPCのセットアップやセキュリティソフトのアップデートを掛けるといった単純作業のヘルプや、実際にデータセンターを出入りし、サーバーラックの前でのメンテナンス作業への立ち合いに追われた。データセンターを出入りする日には長袖を持参するようにと告げられていたが、年中蒸し暑いシンガポールで長袖を羽織ることを想定していなかった広木は、シャツのままその場に臨んだのだが、空調の効いた室内では確かにそれまで汗で湿らせていたシャツが冷たくなりながら乾いて肌寒かった。

 外回りをしない日には予め与えられていたWindowsサーバーのインストールされたPCにActive Directoryを設定してみるであるとか、参考書やWeb上の情報を漁りながら、この機能が実際にどのように利用されるのかも分からないまま設定や動作確認の検証に勤しんだ。

 現地のスタッフと共に外回りをする際には、彼らがコンフィグ作業に勤しむ横に立ち日本語OSの翻訳を任された。現地の顧客とはいえ、日本企業に仕事を依頼してくるくらいということは則ち、日本人スタッフの使う日本語のPCやシステムに関わるメンテナンス作業が業務の大半を占めていた。


 平日は毎朝7時前には起床し、シリアルにミルクを掛けたものとコーヒーといった簡単な朝食を取り、インターン先のオフィスに出社した。8時過ぎに宿舎を出て、最寄り駅となるMRTのドーヴァー駅まで歩く頃の時間帯は日中猛暑になるのが嘘のように、日陰の続く涼しい道のりであった。

 ドーヴァー駅からオフィスの最寄りのラッフルズ・プレイス駅まではMRTで15分ほどで、都市部のオフィス街というものを広木は日本ではなくシンガポールで初めて経験した。スーツ姿の男性スタッフ達は通学時にも日本でよく目にしたものとそう大差はなかったが、肩から腕の先までを晒したノースリーブや華麗な柄のワンピース姿の女性スタッフ達はいずれも年齢が分からない様子で華やかに見えた。会議室に移動する際に彼女達が席の前を行き来する度に、広木は手を止めてその姿に目を惹かれた。

 定時を過ぎた頃にはオフィスを引き上げ、オフィス周辺のホーカーズで夕食を取った。カレーやクリスピーヌードル、チキンライスを注文すれば間違いはなかった。食料品の調達が必要な時はMRTの駅を1つ乗り過ごし、ドーヴァー駅の隣で日本人街でもあるクレメンティ駅前のスーパーで買い物をしては、汗を滲ませながらひと駅分を歩いて宿舎へと帰宅した。


 週末は昼前に起床し、昼食は大体ポリテクニックのキャンパス内にあるケンタッキーでチーズフライとチキンバーガーのセットを食べた。ポリテクニックのキャンパス内ではWi-Fiの電波を拾うことが出来たため、ノートPCを開いては日本の馴染みとメッセンジャーでのやり取りも欠かさなかった。夕方になる頃にはオーチャード・ロードの繁華街げ出向き、高島屋内の紀伊國屋書店で平積みにされた2週間遅れのジャンプを立読みした。

 また、交換留学で日本にも滞在経験のあるポリテクニックの現地の学生が何かと声を掛けてくれ、誰かの誕生日パーティーであるとかの催しに招かれれば顔を出して皆で食事を取った。

 海で泳ごうと思えばセントーサ島へ足を伸ばせば、そう人がごった返す訳でもなく、リゾート気分も味わえた。現地の仲間が教えてくれたセントーサ島の最寄のハーバーフロント駅前のフードコートにあるチキンライスの店が気に入り、わざわざそれだけを食べにしばしば一人で足を運んだ。

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