第27話
腕を引き上げるように椅子から立たせながら、至近距離に近付く愛の顔をじっと窺うと愛も意図が分からぬといった様子で似たようなまなざしをこちらへ向けて来る。唇にそっと唇を近付けると、接触する瞬間だけ目を閉じながら愛がそれに応じる。店の外だからと拒絶されて突き放されるようなことは無さそうだ。
広木は先にベッドの上へと上がり、上から愛の手を引くようにそこへと招いた。自分の家のベッドに招くように堂々とそうすることが出来た。寧ろ愛の方が緊張した面持ちでこちらの様子を窺うのが分かる。広木は横向きに体を倒しながら、愛を仰向けにさせて肩とも胸ともなく愛の体に触れながら、今一度顔を近付けて唇を合わせた。
上着のカーディガンを剥ぎ取るとやはり肩から先が露わになるような軽装であった。愛の肩からキャミソールとブラジャーの紐をずり下げると、形の良い乳房が揺れながら顔を出した。
そうするためにここへ来た訳では無いのだと、広木は自分へと言い聞かせながらも、このような状況に至ってはことを止めるよりは前へと進める必要がある、そのような使命感のような感覚を覚えた。あるいは店の中ではサービスを受けるに徹する側の広木も、この期に及んでは下に横たわった愛へと愛撫をすることを意図せずとも本能的に望んでいたのかも知れない。
愛が最後まで受け入れてくれるのであればと、広木も普段他の女性と寝る時のように上から愛に重なった。
「優しくしてね」
「もちろん。激しいのは苦手?」
「激しいのも好きだけど、余り激しくしちゃうと痛くなっちゃうから」
「わかった。大丈夫だよ」
「ごめんね。気を付けていないとお店で生理扱いになっちゃうの」
「それは大変だ」
冗談で何度か店の中でも「こっそり挿れてしまおうか」と言う度に「見つかったら怒られるから」と制止されていたことを思えば、それは望まないと時折り自分に言い聞かせながらも無意識に求めていたことなのかも知れない。
ことを終えてどちらからともなく寝息を立てながらも、目が覚める度に広木は露わになった愛の体へ何処ともなく愛撫を重ねた。出来るだけ下腹部の摩擦を避けたがる愛も、それであればと店でそうしてくれるように利き手と唇で広木を弄びながら、まだ眠いといった様子で広木の胸の上に顔を乗せて虚ろな表情を浮かべた。
深夜から未明にかけて何度かそうしたことを繰り返しながら、気が付けば窓とカーテンの隙間から朝陽が射していた。愛が目を覚ますまでは暫くこうしていようと、広木は暗がりで目を開いたまま、隣で寝息を立てる愛の首へ腕を回し、密着するようにそこに佇んだ。
また少し広木が微睡み始めた頃に、今度は愛が目を覚まして体を起した。下着を穿きブラジャーを付けないままでキャミソールを身に付けベッドの下に降りた。トイレの扉が閉まり、またベッドの方へ近付いて来ると下から囁くように広木に声を掛ける。
「ココアならあるけど飲む?」
「頂こうかな。今何時だろう」
「9時過ぎだよ」
「ありがとう。10時過ぎにはここを出ないと」
「分かった。温かいものでも飲んで少しゆっくりして行こう」
「ありがとう」
「帰国はいつ?」
「はっきりとは決まっていないんだけど、2月の下旬から3月の上旬の間になるかな」
「決まったら教えてよ。私空港まで迎えに行く」
「本当?良いの?」
「それでまたここに泊まって帰れば良いじゃん」
「そうして良いのならそうさせてもらうよ」
「じゃぁ決まり」
思いがけない調子で愛と不思議な距離感が生まれたと感じながら、昨晩とは打って変わり、黒縁の眼鏡にスウェットの上下姿でハンドルを握る、生活感のある愛の横顔を時折り眺めていた。車の停めてある書店の駐車場へ到着すると、人目も憚らずにどちらからともなくキスを交わし、広木は愛の車を後にした。
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