第25話

 ゆっくりするといっても一夜を共にするまでではないだろう。何処かで一緒に泊まれでもすればもちろん良いが、そうでなくても今からゆっくり過ごして帰ろうと思えば深夜か明け方未明の帰宅は必至に思えた。だが、いずれにせよ数十分で引き上げるという最短コースは免れそうでほっとせずにはいられない。


 テーブルに出されたオーダーしたそれぞれのメニューに手をつけながらも、普段の生活についてであったり、S高出身の共通の友人が最近どうしているかといった話題で十分に場が和んだ。

 広木にしてみれば、常日頃からストリートでのナンパで初対面でありながら初めて会ったことを感じさせないような会話を展開させることは相手が誰であれ、余程その相手がこちらに敵意などを抱いているでもなければ容易いことであった。共通の話題があることもそうだが、更に実際に時間を取って会っているということも追い風になってか、何故もう少し早くこういった機会を持たなかったのだろうかと、自ら不思議に思えるくらいにうんと距離を縮めたような手応えも感じた。

 ナンパで初対面で意気投合する度に思うのだが、学校や職場、住んでいる地域が同じであるなど、もう一つ絶対的な共通点でもあればタイミング次第で、もしかしたら恋人同士のような関係に発展しても不思議ではないと思う。初対面で体の関係を結ぶに至る大体の場合は、広木の方からその様な問いを投げ掛けてみると、確かにそうかも知れないと相手も納得するように唇や体を許してことに至るのだった。

 もちろん最初からこのようなトーンで誰とでも会話が出来た訳でもなかった。寧ろ広木は元々はクールに構えては、余り積極的に会話を切り出したり間違っても自らがわざわざボケて見せながら会話を盛り上げたりする柄でもなかった。ストリートで色々なキャラの女性と会話を繰り返す中で、これくらいはおちゃらけてみるくらいの方が良いのではないか、少しくらいは自分から馬鹿になって会話を弾ませた方が場が和むのではないか、そんな手応えを重ねて得ながら、いつしか適度な冗談を言うなどしてその場に合わせて会話を発展させることが出来るようになっていった。


 メールをしている間の合流する前の時点では、もしかしたら無理に時間を作って会うことが叶ったとしても、愛の負担になって笑顔も見せないくらい気が沈んでいることもあるのではないかと、広木は若干の覚悟をしていた。そういう状況からスタートして少しくらい場を和ませることが出来れば十分だろうとこの場に臨んだ。

 だが会話が弾み、食事が進むにつれて次第に口数も増えていく愛を目の当たりにしながら、当然それに越したことはないのではあるが、広木は拍子抜けしたように安堵した。

「私はこれくらいにしておこうかな。思ったより食べちゃった。残りだとか気にならないならこれも食べて?」

「お、何それ。カップルみたいじゃん。良いよ」

 スプーンを置いてテーブルの中央に皿を差し出した愛に対して、広木が声を抑えながらも大袈裟にリアクションを取りながら、その皿を手前に引く。皿の上には3分の1ほど食事を残された状態であったが、元々何も口にしたくないと言っていた愛にとっては十分だろう。広木にしてみても、想定以上に雰囲気が良いことに安心したからか小腹が空いていた。自分の皿を綺麗に平らげたその勢いで愛の方の皿のものも平らげてグラスの水を口にふくんだ。


「コンビニで飲み物買ってドライブでもしよっか?」

「どうしようかな…」

「何なら車は出さなくても良いけど、音楽でも聴きながら喋っていようか。それとももう少しここにいても良いけど?」

「…うーん」

「それとも今日はこれくらいでお開きにしよっか。全然無理はしなくて良いよ」

「そうじゃなくて、ウチに来ない?」

「え、家行っちゃって良いの?」

「お店休んでいるから、出歩いているよりはやっぱ家で静かにしていようかなって思って」

「それはそうかもね。愛ちゃんの良いようにしたら良いよ」

「そう思って部屋片付けて来たから。そうしよ?」

「お持ち帰られるみたいなの初めてなんだけど」

「車ここに置いておいて大丈夫かな?」

「何日も放置するわけじゃないし、深夜に数時間くらいなら良いんじゃないかな。混雑時に妨害するわけでもないし」

「私の車で動こう。明日のお昼にでもまたここまで送るから」

「おっと、それってお泊りじゃん!」

「この時間からならそうなるでしょ。深夜に帰らせて事故にでも遭ったらどうするの?週末からシンガポールでしょ?(笑)」

「もちろん。何かやらかして行けなくなるのは困るな」

「じゃあ、ゆっくりして行って」


 最初からそのつもりだったという愛にリードされるように、この後の予定が想像以上に好転する形で落ち着いた。こうなった時の広木は自分のリズムを維持出来るかは非常に怪しかったが、これ以上の展開は有り得ないと思いながらもどうしたものかと、伝票を摘まんで席を立った。愛が後ろを付いて来ながら千円札を出すのを制止し、2人分の料金を支払い店を出た。

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